「……とにかく、これじゃ仕事にならないよ」
私は両手を腰に当てて、元会議室の“聖域”を見渡す。
セラスはガラステーブルの上で静かに正座し、ヨモツは床に敷いた新聞紙の上で粘土をこねていた。
女神リィナはというと――
「では、光明の神式、発動っ!」
ピシィッッッ!!
突如、リィナの両手が白く光った。
会議室の天井を照らす神々しい光。
「おおっ!? すご……! っていうか、これ持続するの!?」
「ふふん、神であるが故、光を宿すことなど造作もない……。ただし……」
バタリ。
「持続時間、約三秒だった模様……」
「短い!!!!」
リィナが床に倒れ、座布団を抱えたままくるっと転がる。カーペットの上に落ちた。
「エネルギー効率、悪すぎじゃない!? さっきの消費でどれくらい使ったの!?」
「……3時間分の神気をチャージしたものを、一気に放出したのです……」
「だからって照明3秒って何!? 神、効率悪すぎ!」
「それでも我は、光をもたらす者である……」
「あと10秒以内にその発言もう一度言ったら、マジで怒るよ?」
女神はだんまりになった。
──
「で、さっきから気になってたんだけどさ」
私はヨモツの作業スペースを指さす。
「これ、粘土……どこから持ってきたの?」
「駅前の植栽から拝借してきた。実に良き土だった」
「こらああああああああ!!?!?!? 勝手に掘るな!!駅前!交番あるの知ってる!?」
「大丈夫だ。丁重に戻してきた」
「戻すな!! 戻したらバレるわ!!」
「ふむ……ならば、今夜は地上の土に還りつつ、野営という形で……」
「屋上に窯は作らないからね!! 寝袋も焚火も禁止!!!」
私はビシッと指を突きつける。ヨモツは、粘土の埴輪をなでながら口をすぼめた。
──
「……というか、これからどうするのです?」
佳苗が、寝癖だらけの頭をかきながら口を開いた。
「まさか、会社に住むとか言い出さないよね? 電気止まってるのに」
「……いや、実はさ」
私は天井を見上げる。
「このメンバーがもう4人いるでしょ。3LDKの私の家、もう限界なんだよね」
「ということは……?」
「そう。セラスもヨモツも、ちゃんとした“住む場所”を考えないといけない。でも……」
ポケットから財布を取り出して、開けてみる。
中身:972円。
「……社宅作るにしても、お金が……ないんだよねぇ……」
──
一瞬の沈黙。
そして、セラスが静かに口を開いた。
「……ならば我は、この会議室に段ボールを敷いて、仮の“野営の館”としよう」
「かっこよく言ってるけどそれ、ただの雑魚寝だよね!?」
「……我も、それでよいのです……布団の奪い合いに疲れたので……」
「待って待って、女神も寝る気!?」
「我に社屋は“聖域”なり……泊まり込みも致し方なし……」
「誰か、まともな感覚の人いないの!?」
「佳苗……! 頼む!!」
「えっ、私? ……あー、でも会社に泊まって通勤なくなるの楽じゃない?」
「裏切ったなああああああ!!!」
──
その日、ピコリーナ・カンパニーの会議室には段ボールが持ち込まれ、4人でこたつを囲んで、どうにか雑魚寝する体制が整えられた。
電気の止まったビルで、照明は懐中電灯、明かりはろうそく。
魔法と技術と埴輪が共存する、世界で最も混沌とした“仮の住まい”が、そこに生まれたのだった。
そして私は、段ボールの上で寝袋にくるまりながら、また天井を見つめた。
(……このままじゃ、マジで終わる)
(絶対なんとかしなきゃ。……でも今はもう、眠い)
ぼんやりと思いながら、私は目を閉じた。
その夜、会社の天井には、星空のプロジェクションがリィナの魔法で映っていた。
「……きれいだね」
「うむ……これは、神の余力である……」
「電気の代用って、やっぱり神頼みなんだなぁ……」
カオスで、ヘンテコで、だけど少しだけ――楽しい夜だった。
翌朝。
「では、私は街へ赴くとしよう」
スーツを着こなしたセラスが、一本背筋を伸ばし、堂々とそう言った。
「え、スーツ持ってたの?」
「これは昨日、佳苗殿がネット通販という神技を用いて与えてくれた。サイズは問題ない」
「当たり前です~。イケメンは何着ても似合うのです」
「うむ、営業に必要なのは第一印象ゆえ」
セラスの手には、丁寧に梱包された埴輪の一体。段ボールに「取り扱い注意」とでかでかと書かれている。
「……これ、営業で本当に売れるのかな」
「売れるさ。セラスはなにせ営業神だからな」
「自称ね」
「神でも自称から始まるのです」
私は冷めた顔で見つめながら、内心ほんの少し期待していた。
セラスは確かに妙に説得力があるし、弥生テイストの埴輪というのも、この混沌とした現代ならどこかでバズる可能性はある……のかも?
「では、行ってくる」
「いってらっしゃい。……割らないでね、埴輪」
「破損させたら職人に土下座する」
「それ、土に埋まりそうで逆に怖い」
⸻
一方その頃、社内。
「今日も我、土に命を吹き込まん……!」
ヨモツは会議室の隅に陣取り、机にブルーシートを広げて粘土をこね始めていた。
会社の会議室に土の匂いが漂うのは、もはや日常である。
「拙作、今度は神の怒りを表す像とせん」
「ちょ、怖い方向にいかないで! かわいい系でいこうよ、かわいい系で!」
「神が怒りながらも涙目で許す像としよう」
「……では、我は粘土と対話を続ける」
「心得た。昼までに10体は作る」
「うちの床、大丈夫かなあ……」
ヨモツが土を練る横で、セラスがその埴輪を抱えて去っていった。彼の目はまるで武器商人。ターゲットは、町の陶芸教室から建設会社、霊感ショップまで。
そして私はというと――
「佳苗、行くよ。電気、契約しに行く」
「ほぇ~。電気屋さんって直接行くんだっけ?」
「違う。電力会社に連絡して、契約者を登録し直して、復旧手続きしてもらうの。これ会社のビルってことで登記も必要だし、色々面倒だから、今日は覚悟してよね」
「うぇぇ……今からもう眠いのです……」
「行くよ」
私は佳苗を引きずるようにして、ピコリーナビルを後にした。
⸻
電力会社。
「……で、こちらの建物が、現在“無契約状態”でして?」
「はい、以前の契約者が数年前に解約したようで、その後ずっと空きビルでした。でも、今はうちが会社として入ってて、“ピコリーナ・カンパニー”という法人名で契約したいんです」
窓口の女性は、ちょっと困ったような顔をしながら、書類をめくる。
「この“ピコリーナビル”……えっと、旧名“第七北栄ビル”で間違いないですか?」
「間違いないです」
「法人名義の新規契約ですね。登記簿謄本と、使用開始届、それから初回の保証金……だいたい十万程度にはなりますが……」
「じゅ、十万!?」
「法人契約なので……」
後ろで佳苗が、すでに椅子に座って白目をむいている。
「……あの、分割は……」
「可能ではありますが、審査があります。あと、配電盤が古い場合は、そちらの点検・改修費用も別途で――」
(……やばい。全然、電気どころじゃない)
私は必死に笑顔を貼りつけながら言った。
「だ、大丈夫です……なんとかします……たぶん……」
⸻
ビルに戻る頃には、私の財布は干からび、佳苗は魂を抜かれたような顔をしていた。
「ちとせ……十万って……払えるの……?」
「……払えない。けど、今さら帰れない。ビルもう“ピコリーナビル”って名乗っちゃったし」
「うち……ブラック企業じゃないよね……?」
「最初からブラックってわかってる分、むしろ透明企業だよ」
そうやって冗談を言い合いながら階段を登っていると、上からセラスの声が響いた。
「千歳殿! ヨモツ殿の新作、五体も売れたぞ!」
「えっ、マジで!?」
「地域の老舗旅館が“風情がある”と評価し、庭先に飾るとか……。一体2万円の契約で、領収証もいただいた」
「なにそれ、すごすぎる! えっ、五体って、十万円!?」
佳苗がピクリと反応した。
「い、今から電力会社戻るのです……!」
「それ! 審査用の保証金に回せる!」
まさかの、土の奇跡。ピコリーナ・カンパニーの、最初の事業収益だった。
第6話(改訂版)
――そして、その夕方。
「はい、こちらで保証金のお振込み確認できました。最短で、今夜中には開通工事に入れるかと思います」
電力会社の法人契約窓口の女性職員がにっこりと微笑む。
「ほんっっとうにありがとうございます……!」
私は深く頭を下げながら、心の中で埴輪に手を合わせた。
すべてはセラスの営業成果のおかげだった。
彼が個人宅に飛び込み営業をかけ、「開運収納つき女神埴輪(夜間ライト付き)」をなんと現金一括で売り切ってきたのである。
十数万円。まさか埴輪で電気を取り戻せるとは。
一方、ヨモツはといえば、一日中会社の隅で黙々と埴輪を製作。気がつけば「体育座りをした女神」や「祈祷ポーズの女神」「何かを見透かしてる目の女神」など、謎のラインナップが廊下にずらり。
「……うん、なんか、着々と“神殿”になってきた気がする……」
「間違っても“オフィス”とは言えないのです~」
「会社なのに、埴輪の在庫数が社員数より多いってどうなんだろ……」
「でも、利益は出てるのです! 現金で!」
「……まぁ、確かにそれはすごい……」
そのまま契約手続きを終えて、私たちはピコリーナビルへと戻ることにした。
⸻
夜。ピコリーナビル・仮オフィス(兼・会議室)。
「で、いつ電気つくって言ってたっけ?」
「18時から20時の間に作業員さんが来るって」
「ぬかりないのです。ポットとカップラーメンは用意済みなのです」
「……準備がキャンプすぎるんよ……」
こたつ、ランタン、段ボールのベッド。
そこに並ぶ謎の女神埴輪たち。
「……千歳」
「なに?」
「このビル、本当に会社になるのかな?」
佳苗が、お湯の沸かない電気ポットを見つめながらぽつりと呟く。
「なるよ。絶対なる。だって、もう社員もいるし、今日だって……」
そこまで言いかけて――
「……いや、うん、社員“っぽい”人たちもいるし……たぶん……」
「うん。たぶん、なのです」
そんな会話をしていたそのとき。
カチッ。
ビルの蛍光灯が、ひとつ、またひとつと点灯し始めた。
「……あれ?」
「来たのですか!? 電気、復活なのですか!?」
ブゥゥゥン……という機械音とともに、部屋が明るくなる。
私たちは思わず顔を見合わせ――
「「……やったぁああああ!!」」
抱き合って喜び合った。
「うわぁぁ、蛍光灯ってこんなに神々しかったっけ!? まぶしっ!」
「ポット! ポットなのです! わたしたち、温かいものを飲めるのです!」
「照明あるだけで人って生き返るんだね……文明バンザイ……」
そこへセラスが会議室に入ってきた。
「光が戻ったか。神の御加護だな」
「違う違う、セラスの営業の成果だってば!」
「我は誇らしいぞ」
「自画自賛がすぎる……」
そのころヨモツは、部屋の隅で作りかけの埴輪に絵の具で彩色していた。
彼のつけた名前は「黎明(れいめい)の女神」だった。
「このビルの光明の象徴となれ……」
「いや、ヨモツがいちばん神職っぽいのよ」
⸻
その夜、ピコリーナビルではささやかな“開通記念パーティー”が行われた。
・ポットで沸かしたお湯で飲むカップスープ
・コンビニのおつまみ(セラスが謎にセレクト)
・なぜか佳苗が用意していた紙コップと紙皿
光の下でこたつを囲んだ私たちは、少しだけ未来の話をした。
「……やっとスタートラインに立てたって感じ、するね」
「うん。まだ貯金はスカスカだけど……電気があれば、なんとかなる気がするのです」
「明日は面接希望者も来るって言ってたな」
「ほんとに来るかな? 会社の名前、検索したら埴輪しか出てこないかもだけど……」
でも、不思議と笑いがこぼれる。
光と、温かさと、仲間がいる。
それだけで、今夜は、ちょっと前よりいい夜だった。