朝。こたつの中はぬくぬく、部屋の空気はぎりぎり人類が活動できるレベルの寒さだった。
「……さて、本日の神託を申し上げます!」
いつもどおり朝の女神タイムを始めたリィナが、ドヤ顔で紙を掲げた。
「ラッキーアイテムは! 埴輪!」
「また埴輪!?」
「あと、ラッキーフードは干し芋、ラッキー方角は北北西、ラッキースピリチュアル動物はナマズです」
ぶれぶれにもほどがある。
「っていうか、埴輪に関してはそろそろ冷静に考えたほうがいいと思うんだけど」
私はため息をついて、こたつの中で丸くなったヨモツを見やった。
神像開発部・主任代理。見た目は完全に縄文系だが、中身はれっきとした弥生人。得意分野は土。
「ヨモツさん……最近、ずっと埴輪しか作ってませんよね」
「うむ。我が神像、いまや土偶をも超え、神代の気配を宿す……」
誇らしげに頷くヨモツ。今朝もすでにこたつの横に3体、完成品が並んでいる。
よく見ると、ひとつは顔がセラスそっくり、もうひとつはリィナ、そして……最後は、妙に目つきの悪い私?
「ちょ、待って! 私をこんな魔除けみたいな顔にしないで!」
「事実を反映したのみじゃが」
「失礼な事実やめて!!」
隣でぶりっ子声が混ざったあくびが聞こえる。
「はぁ~、今日も会社、始業時間ギリギリなのです……っていうか、ぶっちゃけ今のうちの会社ってさ、埴輪屋さんなのです?」
「え、ちょっと待って」
私は箸を止める。
「佳苗、それ、言ったら負けなやつ」
悲しくなった。私は埴輪会社を作った覚えはなかったからだった。
その日のお昼、リィナがいつものように寝転がりながら、拾ってきたポータブルテレビをいじっていた。
「おおっ! 見よ、千歳! ほれ、これ!」
画面にはワイドショー風の番組が流れており、派手なテロップが飛び込んでくる。
《令和のミステリー!? 突如人気爆発・謎のリアル埴輪!》
「……へ?」
「今、テレビで特集してるのです。見てください、これ!」
佳苗がすかさずスマホでSNSを開き、タイムラインを見せてくる。
《『家にあったら神が宿った』『マジで夢に出た』『なんか運気上がった気がする』――リアルすぎる“謎の埴輪”が話題に》
「……ちょっと待ってこれ、絶対うちのやつじゃん」
画面に映っていたのは、どう見てもヨモツ作の埴輪だった。
独特の泥くささと、絶妙に現代人の顔に寄せてくる仕上げ。
誰がどう見てもあの“ヨモツ・タッチ”である。
「この前セラスが手売りに行ったやつかも。なんか、駅前でおばあちゃんに勧めてたし」
「つまり……!」
女神リィナが立ち上がり、謎の女神ポーズを決めた。
「我らの時代、来たのでは!? 来たる埴輪元年! ピコリーナカンパニー、世界に名を轟かす!」
テンションがぐんぐん上がっていく一同。
しかし、その盛り上がりに冷や水を浴びせるような続報が画面に流れる。
《ただいま問題となっているのが、“販売元が不明”という点。ネットオークションなどには模造品とみられる類似品も出回っており……》
「販売元不明……?」
「うちらの名前、どこにも出てないのです」
「そりゃそうだよ。セラス、名刺すら持ってないし」
「あとお釣りの計算できないです」
私たちはしばし、テレビと現実の狭間に沈黙した。
売れ始めているのに、うちらの会社名は出てこない。つまり――
「……なんか、すごい機会損失してない?」
ひんやりとした沈黙が、部屋を包んだ。
会議室。正確には元・会議室、現・段ボールベッド付き埴輪陳列所にて。
「――というわけで、現在、我が社の神像(埴輪)は巷でバズり中。しかし!」
ホワイトボードにマーカーで【現在:売れてる】【問題:うちの名前出てない】と書き殴った私は、腕を組んで全員を見渡した。
「セラス1人の手売りじゃ限界あるよね?」
「……申し訳ありません」
申し訳なさそうなセラスが神妙にうつむく。が、その横でリィナは「顔がいいのにもったいないよなー!」と謎の採点をしていた。何の話だ。
「ていうか、セラス。売ってるとき、なんて言ってんの?」
「“どうでしょう、おひとつ。家に置くと安眠できます”……と」
「キャッチコピー、弱くない?」
「エルフの美声とオーラで押しきるつもりだったのです」
佳苗が冷めた声でツッコミを入れた。
「じゃあ何? 今のうちら、完全に口コミと謎バズ頼りじゃん」
「もはやバズ神の加護だな」
ヨモツが陶器のかけらを磨きながら口を挟む。
違う、そういう神じゃない。
「これからは、売り方をちゃんと考えなきゃいけない時代なのよ。戦略が必要、戦略が!」
私はスマホを取り出し、ネットショッピングアプリを開いた。
「通販サイト、作ろう。商品はある。あとは写真と説明と……」
「発送用の段ボール?」
「それもそうだけど! 在庫が大量にあるのに売れないって一番もったいないじゃない!」
「ほーう、ついに会社らしいことするのです?」
佳苗がこたつから半身だけ出してニヤッと笑う。
「うちら、ピコリーナ・カンパニーって名前でいくの?」
「……他に案ある?」
「“埴輪の館”とか、“神像フェアリーランド”とか」
「やめて、それ絶対どこかの怪しいスピリチュアル通販サイト」
「ふむ。では我が社の使命は、世界に神の像をばらまき、あわよくば利益を得ることにある」
「ヨモツ、それ言い方がちょっと宗教っぽいからやめて?」
とにもかくにも、私たちは本格的に「埴輪を売る会社」として動き始めることになった。
社名はピコリーナ・カンパニー。
事業内容:埴輪の制作・販売。
現状の問題点:営業力不足、知名度なし、全体的に寒い。
でも、誰かが言ったように――
「これ、戦略でいけるかも」
私は心の中でガッツポーズした。
――そのとき。玄関のチャイムが、ちりん、と鳴った。
「はいはーい、ただいま~って、あれ、誰か来る予定だった?」
「いえ、ございません」
「Amazonじゃないのですか?」
「……生きてるAmazon配達員、うちのビル来たことないでしょ」
玄関を開けると、そこには――
黒レースのミニドレスに身を包み、傘を日傘代わりに肩にかけた、小悪魔系の少女が立っていた。
「ごきげんよう♡ 面接に来てあげたわよ、ピコリーナ・カンパニーさん♪」
あからさまに何かのファンタジーから抜け出してきたようなその子は、クルッと回って名刺(?)を差し出してきた。
《クロエ・ディアノス
異世界から来た:販売と宣伝のプロフェッショナル♡》
名刺の最後には、なぜか「♡」マークが3つも並んでいた。
名刺を受け取った瞬間、私は頭を抱えた。
「異世界から来た販売と宣伝のプロ……って、そんな都合のいい人材いる!?」
「うふふっ♡ ちょっと自信ありすぎる子って思った? でも事実なのよ?」
クロエ・ディアノスと名乗ったその少女は、玄関でクルッと回って黒レースのフリルをひらひらさせながら自己紹介を続けた。
「私はね、もともと『地獄市場(じごくいちば)株式会社』のエース営業よ? ブラック企業だったけど、その分修羅場は慣れてるわ♡ 目標達成のためなら、魂を削る営業も、悪魔的プレゼンも、ぜーんぶOKよん!」
「絶対ヤバいところじゃんそれ!!」
思わず素で叫んだ。
クロエは全く悪びれずにウィンクして言う。
「埴輪のバズり、見たわよ。すっごく良い波きてるわよね~。こういうときに一気に展開しないと、あっという間に飽きられちゃう。そこのタイミング、超重要♡」
「……うん、理屈は合ってるけど」
「なので、私が広告塔になってあげる。販売戦略も任せて。かわいいは正義、ゴスロリは武器。しかも私、声も出せるしSNSも得意なの」
「やけに準備いいな!」
「ええ。だって、神の導きで来たんだもの♡」
――その瞬間。
なぜか会議室に、ひゅうっと風が吹いた。
「今、ドア、閉まってたよね?」
「なのです」
「窓も開けてないよね?」
「なのです」
不意に、ビルの中に響き渡る声。
《――この者、神の導きにより来訪した。ゆえに、採用以外の選択肢は認められない》
「来たーーーー!!!」
私は叫んだ。
「またこのルール!? なんで!? どうして!? 採用せざるを得ない制度!!」
リィナが肩をすくめて言う。
「求人票を出したのは千歳だし?」
「出したわよ!? でも“誰でもOK”なんて書いてないもん!!」
「書いてなくても“心の扉がオープン状態”と神が判断すれば、自動的に採用対象になるのです」
佳苗がスマホでお茶を飲みながら、どこかの掲示板に投稿されていた「異世界転職Q&Aスレ」らしき情報を読み上げた。
《Q:神の導きで来た人って断れますか?
A:無理。神だから。》
「いや、Q&A雑すぎない!? 神だからって全部許されると思うなよ!?」
だがもう遅い。
クロエは勝ち誇ったように腰に手を当て、くるりと一礼した。
「それでは、販売促進部・宣伝課のクロエ・ディアノス、よろしくお願いしま~す♡」
セラス、リィナ、ヨモツ、佳苗、私――ピコリーナ・カンパニーの全員が、一斉に机に突っ伏した。
こうして、新たなカオスの風が、ピコリーナに吹き込まれたのだった。
おまけ クロエ