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第7話 営業トップは段ボール寝ですか?

 朝の空気が冷たい。


 なのにわたしたちは、会社の会議室に置かれたこたつで雑魚寝していた。


 経営再建中のピコリーナ・カンパニーでは、社員寮などという概念は存在せず、暖を取る手段がこのこたつしかなかったのである。


 カーペットの上に広がるダンボール布団たち……。なんという現実味。


「むぅ~……」


 耳をつんざくようなうめき声がこたつの奥から聞こえた。


 黒いフリルを身にまとい、ツインテールのように跳ねた赤髪を振り回すゴスロリ少女、クロエ・ディアノスが不機嫌そうに身体を起こした。


「この会社、どうなってるのよ。会議室に寝かせるなんて人権ないの? 小悪魔の私でもブチ切れるレベルよ?」


 起き抜け第一声からクレームである。しかもそれが正論なのがつらい。


「せめて……せめて、個室がほしい……! そして暖房! あと、ベッド! マットレス! 羽毛布団! ぬいぐるみ!」


「欲望が膨らみすぎてるよ!」


 私は速攻で突っ込んだが、クロエはそれでも不満そうに頬をふくらませていた。


「女神がいるっていうから来たのに、寝床が会議室で、毎晩足が誰かの腹に刺さる生活なんて聞いてないわよ!」


 隣では、今日も我らがエルフ・セラスがこたつの中でスヤスヤと眠っていた。


 顔はいつもどおりの無表情。美しすぎるイケメンがダンボール枕で寝ているこの絵面、だいぶバグっている。


 と、その時。


「皆さん! 見てください!」


 女神リィナがスマホを掲げて現れた。相変わらず神っぽさは皆無で、パジャマ姿である。神、寝癖ひどい。


「SNSで昨夜のセラスさんがバズっています!」


 画面には、「#ハニワ王子」「#無言で埴輪渡してくる男」などのタグが躍っていた。


 写真は、会社前の歩道で無表情のセラスが埴輪を手に立っているシーン。


 どこかの一般人が撮って投稿したらしい。


「……これがバズるの、世の中どうかしてない?」


「ビジュアルの力、恐るべしなのです」


 私は深くため息をついた。そもそもなんでうちの会社、埴輪売ってるんだっけ?


 と混乱しかけたが、今さらそこに突っ込んでも意味はない。


 そしてクロエが、突然ポーズを取った。


「チャンスよ……これはビジネスチャンスの香り!」


「……え?」


「通販よ! 我が社、オンラインで世界に羽ばたく時が来たの!」


「いやいや、機材がないし、サイトもないし……」


「だったらまずは路上よ! 駅前で露店販売して、資金を作るの! かわいい私と、イケメンのセラスで売りまくるのよ!」


 めちゃくちゃな理屈なのに、妙に説得力があった。


 クロエがぐっと指を立てて言う。


「ピコリーナ・カンパニー、出撃準備ッ!」


 寝起き5分でいきなり宣戦布告された私たちは、まだこたつの中なのに、妙な勢いで会社の外に連れていかれることになるのだった。


 6月の駅前は、すでに汗ばむ季節。


 蒸し暑い空気の中、「ピコリーナ・カンパニー」ビルの前には、テーブルと埴輪と日傘が並び、妙な存在感を放っていた。


 そして、そのど真ん中でくるくると日傘を回すゴスロリ少女。


 その名はクロエ・ディアノス。営業経験1,000年以上の実力者(異世界換算)。


「お客さーん♡ 本日限定っ! “謎の埴輪”一点モノよ~♡」


 声のトーンと笑顔だけで通行人の足を止めるその技量は、もはや芸術の域。


 道行く人々が次々にスマホを取り出し、撮影を始める。


「えっ、何この子、コスプレ? やば、クオリティ高っ」


「ちょっとあのイケメンエルフの再現度、完全にプロじゃない?」


 ……問題は、通行人たちがクロエとセラスを“コスプレイヤー”と完全に勘違いしていることだった。


 いや、実際は本物なのだが、それを正直に言っても理解されない自信がある。


「クロエちゃん、めっちゃ人呼び込んでるね……」


 私は汗を拭きつつ、段ボールから追加の埴輪を取り出す。


「なんかもう……営業っていうか、カリスマの神なのです」


 佳苗がぼんやりとその光景を眺めていた。


 その隣では、リィナ(本物の女神)が黙々とラッピング作業を担当。緊張感のない顔で、ちょっと楽しそう。


「それにしても……ほんとに売れるのか、これ」


 ぽつりとつぶやいたのはセラスだった。両手に埴輪を持って、静かに立っている。


 それだけで、観客から「うわ~真顔がガチ」「このキャラ好き」と歓声が飛ぶ始末。


「セラスくん、もっと角度つけてみよっか! はい、そのまま! 完璧!」


 通りがかりの女子が彼を撮影しながら、勝手に演出していた。


 セラスは完全に「静かにしてるだけでバズるイケメン枠」として機能している。


「いや、これ普通に天才じゃない……?」


 私は、感心するしかなかった。


 ヨモツがこつこつと作った埴輪は、次々に売れていく。


 客たちは「謎の露天商が出してる限定品」的なテンションで、財布の紐がゆるい。


「リィナちゃん、売上……すごいよ、今だけで軽く三万円超えてる」


「うふふ、さすがクロエ様ですね。神の啓示すら超えていくわ……」


 リィナが女神の癖に感心している。いや、実際すごいんだからしょうがない。


 私は、思わずクロエの背中を見つめてしまった。


「ほんとに……この子、営業のトップだったんだな……」


「うん、なんかもう異世界の上司感ある」


 ぶりっ子で小悪魔で、変な笑い方をする変人だと思っていたけど、営業のスキルは本物だった。


 異世界でもトップ営業マンだったという話は伊達じゃない。


「ふふ、こう見えて私、千年間“成約率100%”の伝説を持ってるの。悪魔契約だけど♡」


「こわっ!」


 私たちは思わず距離を取ったが、同時に妙な安心感もあった。


 ――この会社、案外なんとかなるかもしれない。


「ヨモツ~! 在庫あといくつ!?」


「埴輪、あと2体! 釉薬が間に合わねぇッス!!」


「もうちょいだけ踏ん張って! 通販の機材、あと少しで買えるから!」


 クロエは、スマイルを保ったまま人混みに手を振り続ける。


 ――彼女が営業トップだったことを、いま全員が納得していた。



 ――それは、唐突にやってきた。


「千歳さーん! 文明の香りがッスー!!」


 朝のピコリーナビルに響き渡るテンション高めの叫び声。


 叫び主はもちろん、我らが埴輪職人ことヨモツだ。両手には段ボール、背中には誇り。


「何その爽やかな配達業者みたいな登場……って、なに持ってきたの?」


 私が尋ねると、ヨモツは段ボールの蓋を開け、中身を見せてきた。


「レジスターと、スマホ連動の決済端末と、あと通販サイト構築用のノートPCッス! 昨日の売上でポチったんスよ!」


「えっ、もう届いたの!? 早くない!?」


「早朝便ッス! 現代日本、マジでヤバいッスね。弥生じゃ考えられなかったッス」


「そりゃそうだよ……」


 箱を開けてはしゃぐヨモツの隣で、セラスが無言で機材を運んでいく。


その動きはスムーズで美しく、まるで異世界の宅配業者だった。


ゴスロリ姿のクロエが彼の動きに合わせて、ノートパソコンのセッティングを開始する。


「よし、あとはアカウント登録して、サイトの骨組みを整えれば明日から通販も始められるわ!」


「さすがクロエ……やっぱ営業トップは伊達じゃないね」


「ふふん♪ 当然でしょ。私はただの美少女じゃなくて、売れる美少女なのよ!」


 クロエは得意げに腰に手を当て、ポーズをキメる。


 セラスは無言でうなずいた。佳苗も隣で「さすクロ」とぼそっとつぶやいている。


 そして私は、感慨深く周囲を見渡した。


 みんな、働いてる。頑張ってる。


 始めたころは正直「この会社、大丈夫?」って気持ちもあったけど、今は少しだけ、誇らしい。


「……よし、がんばろう。通販で稼いで、もっとちゃんとした環境を……」


 そう、もっと“ちゃんとした”――


「ところで千歳」


 クロエがくるっとこちらを振り返る。スカートをふわっと揺らしながら、まるで裁判官のような鋭い目。


「寝床の件なんだけど、私たち、ずっと全員で会社の会議室でダンボール寝してるよね?」


「……うん、してる」


「せめて布団欲しくない? 埴輪の間に挟まれて寝る毎日、神経すり減るんだけど? 営業トップに対する扱いとしてどうなの?」


「いや、営業トップじゃなくてもキツいよそれ」


 クロエの口調はどんどんヒートアップしていく。


「昨日なんて、ヨモツが寝返り打った拍子に“ハニべ”って文字が私の顔に刺さったのよ!? あとセラス、あなたのダンボールだけ妙に高さあるのなに!? 王族の棺か何か!?」


「脚が長いからな……」


「知ってるし見慣れてるけど腹立つ!!」


 叫ぶクロエ。誰も反論できない。


 リィナは布団代わりに神の羽衣を巻いていたが、それもただの布だった。


 佳苗は寝る前に「ダンボールの構造は温度保持に優れてますのです」とか言ってたけど、朝には震えて起きてた。


 ……つまり、全員が地味につらい。


「給料出るようになったら、まず寝具ね」


「優先順位、間違えないでよ千歳……私は文明人なのよ……!」


 こうして、通販サイトの準備は万端となったが。


 ピコリーナ・カンパニーの寝床問題は、文明開化にはまだまだ遠いのだった。


 そして翌日――。


「売れた……売れたぞ……!」


 パソコンの前で叫んだのは、もちろんクロエだった。


 通販サイトを開設して数時間、なぜか“神の加護を受けた埴輪”がバズりにバズり、初日から在庫が一掃されるほどの勢いだ。


「なんで!? なんでこんなに売れてるの!?」


 私がうろたえて尋ねると、クロエは自信たっぷりにウィンクした。


「ふふん♪ これが“エモの魔法”よ! レビュー欄に『異世界の神職人による奇跡の逸品』って書いたら、一気に“スピリチュアル好き界隈”に拡散されたの」


「うわ、完全に怪しい通販サイトじゃん……!」


「でも売れてるならいいんですの。利益は正義ですの」


 佳苗がヨモツの湯呑みでお茶をすすりながら満足げにうなずいた。


 セラスは相変わらず無言だったが、ブラウザに「埴輪 転売」と検索していたのを私は見逃さなかった。やめて。


 売上は上々、利益も出た、次は事務所の設備改善――というわけで、私は思い切って「布団セット×6」を通販で購入した。


「ついに寝床が人間レベルになるんだね……!」


 嬉しさで声が震える私に、クロエが振り返って言った。


「当然よ! 布団のないオフィスなんて、営業として機能しないもの!」


「いや、それ完全にクロエ基準……」


 数時間後、宅配便で届いた大きな箱を開けると、中からふかふかのマットレスと枕、そして温かそうな掛け布団が現れた。


「わーっ、これ、いいやつじゃん!」


 リィナが神の羽衣を脱ぎ捨てて飛び込んでいく。女神なのに速攻で人間の文明に屈するの、どうなんだ。


 ヨモツも感涙しながら、埴輪をぎゅっと抱きしめて寝転がった。


「文明って……あったけぇ……」


「言葉のチョイスが弥生すぎる」


 そして、全員分の寝具がぴったり並んだ会議室。


 私たちはようやく、段ボールから卒業したのだ。


「いやあ、これでようやくまともに眠れるな。ありがとう、千歳」


 セラスが言ったその瞬間だった。


「……待って」


 クロエが、マットレスの上でごろりと寝返りながら、ぽつりと呟いた。


「結局、寝る場所は会社の会議室のままなのね……?」


「……うん」


「つまり、私は営業成績トップで、通販で一日数十万円稼いでも、ビジネスホテルすら与えられず、打ち合わせ用のテーブルの横で寝ているわけ?」


「……うん、まぁ、そう……」


「文明って何なのよ!!!!!」


 クロエの怒声が、深夜のピコリーナビルにこだました。


 売り上げは好調、会社も軌道に乗り始めた。

 だが、「寝る場所」だけは、いまだに“仮眠室”という名の会議室だったのである――。


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