「ねぇねぇクロエちゃーん、これって……お祝いのお菓子代、経費で落ちるかなぁ?」
佳苗がニコニコしながら持ってきたのは、スーパーの袋にみっちり詰まった――
うまい棒100本セットと、ピカピカ光るパチモノのシャンパン風ジュース。
「……それ、完全にお祝い会用でしょ。ダメに決まってるじゃん」
「えぇ~~!? だってお祝いって、大事な文化じゃない?」
「文化は大事。でも神託には“余計な糖分は経費にならぬ”って書いてある」
「なにそのピンポイントな禁忌!?」
「補助金って、事業に必要な支出だけOKなの。どう見ても糖分の無駄打ちじゃん」
「でもでも!『糖分の摂取は脳の活性化に寄与し、経営判断力を向上させる』って、どっかの論文に書いてあったよぉ?」
「……じゃあ、その論文を神様に提出しなよ。審査通ればうまい棒代くらい出るかも」
「リィナぁああ!女神的にはどうなのっ!?」
佳苗がリィナに泣きつくと、神々しい羽を揺らしながら女神は静かに首を横に振る。
「神託は絶対なのじゃ……わしでさえ、お菓子の申請を出したら却下されたことがあるのじゃ」
「女神でもダメなのかい!!」
「ちなみに、神託ではこう明記されておる」
──“菓子は己の愉しみ。会社の愉しみではない”──
「固いな!!神様、やわらか頭じゃなかったのかよ!!」
そのとき、ふらりと現れたレミット=イアソールが、ぼそっと囁く。
「……闇の呪いで、糖分に触れると指が焦げるの……」
「そ、それはまた別の問題だね!!」
「むしろそっちの方が怖いッスよ!?」
一同が呆然とするなか、セラスが黙々とプロテインバーを齧りながらぽつりとつぶやく。
「こうなると思って……ジム用の“試供用おやつ”って申請出しておいた」
「えっ、まさか──」
「うん。通った」
「通ったのかよ!!??」
クロエがばっと神帳を確認すると、そこには:
──試供用栄養補助食品(用途:顧客向け体験イベント)
予算:2,800ヴェル(日本円約1,100円)
「神、ガチで仕事してるな……」
千歳は、なぜかそこにしみじみと感動したのであった。
その日も、千歳たちはいつも通り――いや、ちょっと浮かれ気味におやつ会議をしていた。
「リィナ、今日のスクラッチ占いってどんな感じ?」
「ふむ……神通力では“7”と出た。7番売り場じゃな」
「よし、行ってくる!」
「おい千歳、あれ経費じゃないからな」
セラスの声が響くが、千歳はもうスニーカーを履きながら走っていた。
その瞬間――。
「……ピコ」
空間に、パチンという乾いた音が響いたかと思うと、突然天井から“なにか”が降りてきた。
体長20cm。黒いローブを羽織り、電卓を持った小さな生物。
「……ピコピコピコ、ピコリーーーー……」
「きゃあ!? な、なにこれ!? 小さい!! カワイイけど怖い!!」
「見たことがある……アレは神の使い、“帳簿監査使ピコリリム”。」
クロエが真顔で呟く。
「な、なんで来たの!? 急にファンタジー要素ぶっ込まれたんだけど!!」
「補助金を受けた企業には、神の使いが**“減点査察”**に来る決まりがあるのよ」
「なにその神の査察官制度!」
「しかも減点形式で、累積20点になったら――」
リィナが神妙な顔で続ける。
「──補助金を無効化されるんじゃ」
「ぎゃああああああ!!!?」
ピコリリムは、すでに事務机の上の書類を高速でめくっていた。
電卓が凄まじいスピードでカタカタ鳴っている。
「……ピコ(※書類にプリンのレシートを発見)」
「それは!それは!佳苗が持ってきたやつです!!」
「へっ? だって甘いものって必要じゃない? 女の子だもん!」
「その女の子発言がまるごと減点対象なのよ!!」
ピコリリムは、ノートに
“不正経費疑惑:おやつ -3点”
“主観的福利目的発言 -1点”
と丁寧に記録した。
「どんどん減ってくぅ~~~!!」
「な、なんとかならないの!?」
そこへ、セラスがそっと差し出す。
「はい。これ、昨日のジム見学イベントのアンケート集計。顧客満足度93%。使用経費:プロテイン2,800ヴェル」
ピコリリム、ピコッと一瞬止まり――
“公共性の高い事業活動 +3点”
「戻った!!」
「セラスさん神!!!いや女神じゃないけど神!!」
ピコリリムはくるくる回って満足そうに浮遊しながら、最後に神の帳簿にスタンプを一つ。
──“査察完了。本日分:±0点”
「よっっっしゃセーフ!!」
一同、汗だくでその小さな帳簿の精霊を見送った。
「なんかもう……うまい棒が怖い……」
「世界は、甘くなかったな……」
その日以来、ピコリーナ・カンパニーの帳簿には、**「おやつ専用自己負担項目」**が追加されたという。
──ピコリーナ・カンパニー会議室。
神通力も帳簿も一旦置いといて、今ホットな議題は一つ。
「埴輪が、まったく売れていない」
セラスの一言に、一同が重い沈黙に包まれた。
「ほらぁ~。だって、札幌で埴輪って……ねぇ?」
佳苗が机にうつ伏せになりながら言う。
「そもそも、何に使うんだよあれ……飾るの? 食べられるわけでもないし」
千歳も困惑顔。
「使う? 違う。信じる。埴輪は、現代に蘇った祈りの造形なんだよ」
ヨモツが虚空を見つめながら呟くが、全員から無視される。
そこにクロエが立ち上がる。
「じゃあさ、ブランディングを変えてみよっか」
「ほう……?」
「例えば“開運!風水!置くだけで空間の気が整うスピリチュアル置物”とかにすれば、健康グッズみたいにいけるでしょ」
「おお~! それっぽい!しかも嘘じゃない!」
「……ただのセールストークだがな」
セラスの冷静な一言。
「あとさ、ターゲット層をしぼろう。たとえば“就活うまくいってない大学生向け”とか」
「むしろ呪いの効果を逆手に取って、“嫉妬回避アイテム”って言い張るとか?」
「“彼氏が他の女と話すのがイヤなあなたに。埴輪を信仰するとその女の肌のツヤが-1”……」
「こわっ!!でもちょっと売れそう!!」
「マーケティングが闇に落ちてきてない……?」
リィナが言う。
「そなたらの発想はおそろしいが、わし的にはすきじゃぞ」
「神的な意味でいいの!? それ!?」
──こうして、「スピリチュアル埴輪&闇系お守りグッズ」として再ブランド化が検討され始めた。
そして3日後。
ヨモツが、どこか誇らしげな表情で最後の“進化型埴輪”を棚に並べ終える。
それは“LED内蔵・Bluetooth対応・目が光る埴輪”だった。
「なんでそんな無駄にハイテクなの作ったのよ!」
「需要があるかと思ってのぅ」
「無いよッッ!」
千歳のツッコミが、ビルの壁にむなしく響いた。
「埴輪は……とりあえず、ヨモツさんに進化をお願いして、しばらく倉庫入りね」
「任せておけい。次こそ“しゃべる埴輪”じゃ!」
「こえーよ!」
それでもヨモツなりに現代日本の知識を一生懸命勉強しているのは知ってる。文句を言いながらも、顔に浮かんだのはほんのりとした笑みだった。
それを見て、クロエが言う。
「さて。ここからが本番よ」
「うん。“ピコリーナ・カンパニー”は、これでやっとスタートラインに立ったんだよね」
「受付嬢の私は、運勢予報とかも担当します……まぁ当たる確率は、40%だけど……」
「ワシの会計術は、まだまだこれからが真骨頂じゃぞ!」
「わたしはジムの更なる筋トレメニューを……」
「新しい商品、みんなで考えていこう! 今度はさ、ちゃんと売れるやつ!」
「大丈夫っ☆みんなでやれば絶対うまくいくよ!」
仲間たちの声が重なり合い、未完成なオフィスがにぎやかな熱気に包まれていく。
廃ビルの一角に生まれた小さな会社は、
まだ利益も出ないし、何か大きなことを成し遂げたわけでもない。
でも──たしかに、ここに何かが“芽吹いた”のだ。
「さぁ、行こうか。第二部へ!」
千歳が言うと、皆がうなずいた。
扉の向こうにはまだ何もない。
でも、“未来”は、確かにあった。