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第2部 会社拡大(たぶん)編

第12話 クール埴輪。そして過去へ!

――七月下旬。


学生たちは夏休みに入り、世の中はどこもかしこも浮かれムード。


だが、我らがピコリーナ・カンパニーのオフィスには、そんな甘やかな風は一切吹かない。


「だからぁ! 扇風機は私の番って言ったのですら!」


「風向きがいちばん当たる角度は私が発見したのよ。したがって当然私が占有すべきでしょ?」


「神に風を届けることを惜しむとは、いかに信心が浅いかのぅ……」


扇風機1台を囲み、佳苗・クロエ・リィナが壮絶なバトルを繰り広げていた。いや、涼しい風を求めてるだけなのに、なんでこんな命懸けみたいな感じなんだ。


千歳は、その死闘の傍らで、新製品の試作品を試していた。


「これ、ほんとに涼しいんだけど……形が……」


それは、ヨモツが開発したばかりの“クール埴輪抱き枕”。


一見ただの埴輪。中には冷却ジェルと魔力氷が詰め込まれており、ヒンヤリ感は本物だ。ただ、見た目は埴輪。しかも瞳が光る。寝てて心臓に悪い。


「いや、これさ……商品としてどうなの?」


「ヨモツは進化したのだ」


セラスが無表情で頷いたが、それを言うなら“退化”の可能性も視野に入れるべきだと思う。


しかしそんな折、我が社の求人に一人の応募者が現れた。


年若き少年。名はネロ=フィンブリオ。


見た目は中学生くらいで、白衣に魔法陣のような刺繍があるローブを着ていた。


錬金術をたしなみ、転生前は魔導師見習いだったらしい。


今は「新しい発明で人を幸せにしたい」と希望に燃えていた。


だが彼はオフィスの隅にある一体の埴輪を見て、突然目を潤ませたのだ。


「……この埴輪、すごい……! 魂が込められてる……!」


「え? いや、ただのクール埴輪だけど?」


「僕、この埴輪を作った人と一緒に仕事したいです! お願いしますっ!」


まさかの埴輪ルートで入社希望。あまりに真剣なまなざしに、あたしたちは言葉を失った。


……結局、その熱意に負けて、ネロくんはヨモツ直属の開発部門に配属されることになった。


我が社の未来は、また一歩カオスに近づいたのであった。


翌日。


「──このままだと赤字ね」


クロエが帳簿をバサッと机に叩きつけた。そこには真っ赤な数字と、付箋で書かれた《死》の文字。


「ちょ、縁起でもない字つけないでよ!? なんで“死”!?」


「これは赤字を超えた黒字の向こうにある闇よ。財務的終焉」


「終焉って言い方やめて!? まだ始まって2ヶ月も経ってないんだけど!?」


事務所は今日も暑かった。札幌なのに、どういうわけか地獄のように暑い。唯一の扇風機を佳苗とリィナが奪い合っていた。


「あーっ!風が来ないよぉ~!リィナ様ばっかずるーい!」


「ふんっ、我が神格が高いから風が寄ってくるのじゃ。優遇されて当然じゃろ」


「物理的に回転してるんだけど!? 神格関係ないよね!?」


千歳は冷凍庫からヨモツ開発の「強クール埴輪抱き枕」を取り出し、背中に当てる。


「……うん、昨日より冷たくて気持ちいいけど……」


「やはり不気味なのは否定できないわね」


それでも冷気は正義。


社内は会話する気力も溶けるレベルの猛暑。


そんなとき、テレビから耳障りなほど明るい声が響いてきた。


《夏だ!海だ!グルメとお土産で大繁盛♡今年も大賑わいの海水浴場から中継です!》


「これよ!!」


クロエが叫んだ。


「うわ、急に元気になった。怖い」


「海よ、海!この灼熱の札幌にいても金は生まれない!ならば海で売るの!商売よ!」


「いやいや、今から海って……もう7月の後半よ?完全に出遅れじゃん」


「出遅れたなら、抜け道を探すのがプロよ」


「……で、なにを売る気?」


「うーん、たとえば……海の家?」


「は? 申請は? 許可は? 建物は? 物資は? どこにそんな金が?」


千歳のツッコミは最もだった。が、クロエはそれを鼻で笑い飛ばす。


「確かに今からじゃ現代での海の家は無理。でも、“過去”なら?」


「……過去?」


「そう!海の家とかまだ存在しない時代に行けば、私たちが初めての店になるのよ!つまり──」


「独占販売!!」


佳苗が合いの手のように叫び、バチン!と扇風機の風を奪い取った。


「いやいやいや!! 何言ってんの!? 過去ってどうやって行くのよ!?」


「そこがポイントよ。異世界からの転移だって可能だったんだから、時空跳躍だって不可能じゃないはず!」


「何その謎ロジック!!」


そのとき──事務所の片隅から、ひょこっと一人の少年が現れた。あの錬金術少年ネロだ。


「……あの。ぼく、試作品で“過去の気配がする埴輪゛作ったんですけど」


「なにそれ怖い」


「すこしズレてると先祖が夢に出るってだけで、たぶん使えます!たぶん!」


「いや“たぶん”がもう怖いんだけど!!」


しかしリィナが頷いた。


「時を超えるとは、すなわち神意と熱意の融合じゃ。理屈など不要!商魂があれば行ける!!」


「いや絶対神様の発言じゃない、それ!!」


クロエが勢いよく立ち上がった。


「決まりね!目指すは、誰も海の商売を知らない時代!キャンプしか存在しない、店も屋台も何もない──」


「弥生時代とか言わないでね!? 言ったら本当に行く流れになるからね!?」


「行きましょう、ピコリーナ・カンパニー過去進出部、発足よ!!」


「部、じゃないよね!? 会社だよね!? 一応まだ!!」


こうして、“タイムスリップで海商売”という正気の沙汰とは思えないプロジェクトが始動する。


エアコンの代わりに冷凍埴輪を抱きながら、赤字の帳簿を睨みつつ、ピコリーナ・カンパニーはふたたび未来──いや、過去へと突き進むのだった。


⸻いや、ほんとに前回かっこよく未来に!っていったのに!

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