「じゃ、誰が行くのよ? この“海の家プロジェクト(仮)”に」
千歳が汗まみれのシャツを引っ張りながら言った。
「俺はは……行けない」
セラスがジムのダンベルを持ち上げながら呟く。滝のような汗、もはや鍛錬の域を超えている。
「セラスさん、ジムの会員対応、あなたがいないと無理だしね」
「むしろ地獄の現代の方が暑さ的に過酷なんだが……」
「レミットは?」
「……この世界線の“蝉の声”が、神の断末魔に聞こえるので、外出したくありません……」
「お、おう……」
「ヨモツは?」
「この“クール埴輪シリーズ”をもっと開発したい……氷属性埴輪とコラボさせる予定……」
「(何言ってるかわかんないけどテンションは伝わる)」
「ネロは?」
「埴輪の調整がまだ甘くて……帰還できる保証が10%しか……」
「そんなので行かせるなよ!!」
ということで、
「行くのは──」
バンッ!
千歳、佳苗、クロエ、そしてリィナが、会社の長机を囲む形で決定した。
「えっ、なんで私が行く流れ!?」
「千歳だからっ☆」
「それだけっ!?」
「わたしも行くわよ。そろそろ現地調査で新しい商機をつかみたい」
クロエのツノがキラーンと光る。
「女神は……なにしに……」
「面白そうだからじゃが?」
(なんかもう、真面目な理由が一人もいない……!)
そして佳苗がウキウキしながら手を挙げた。
「浴衣で行って、イケメンと運命の出会いとか、あったりするのです~?☆」
「うわぁ……いたところでどうしようもできないやつ」
こうして、ピコリーナ・カンパニーからタイムトラベル出張チームが結成されたのだった。
「うちの会社、何屋なの!?」
「とりあえず埴輪でいいんじゃない?」
結局埴輪!?
と、突っ込めたかどうかで埴輪が光出した、千歳たちはその光に包まれる。
「で、どこよここ……」
汗だくの千歳が、うだるような陽射しの中で額をぬぐいながらぼやく。
見渡す限りの草原。目の前には焼け焦げた木々と、遠くでくすぶる煙。
そこにあったのは、見覚えのない異世界感……いや、違う。
「ちょっと、見て! あれ火事じゃないのですは!?」
佳苗が指差した先には、勢いよく燃え上がる茅葺き屋根と、逃げ惑う村人らしき人々の姿。
「村が燃えているようじゃな……」
リィナがまるで天気予報のように淡々とつぶやく。
「いやいや! “ようじゃな”じゃないから! 助けようよ!」
千歳が叫ぶと、クロエがどこからともなく小さな壺を取り出す。
「仕方ないわね。はい。『水吐き埴輪』。一リットル分の水を放出できる埴輪よ。ヨモツの新作」
「一リットル!? 足りるわけないでしょ!? ホースでかけ湯レベル!!」
「デザインは可愛いけど役立たずなのです☆」と佳苗が謎に評価。
「むぅ……この程度では埴輪で鎮火は無理か……。仕方ないのう」
リィナが天を仰ぎ、目を閉じると──
「おいっ、ちょっと待って、またなにかする気でしょ!? あーもー、フラグの音がするー!」
ぽんっ!
空気が揺れ、突然目の前に「藁葺き小屋」が出現した。
「ここをピコリーナ・カンパニー戦国支店とする!」
「ええええええ!?」
「女神すごーい☆ 魔法って便利~!」
「いや、便利だけども! ここ戦国時代じゃないの!? 何してんの!? 村、燃えてるし!!」
「“支店がある=本社もある=組織感がある”という演出じゃ。営業の第一歩よ」
「戦国時代のマーケティング!? 需要どこにあんのよ!!」
そんな混乱のなか、火事の村から駆け寄ってきた住人らしき中年の男が、目を丸くして言う。
「お、おぬしら……もしや、神のつかい……?」
「あ、はい。そうです☆ えっと、神のつかい(営業部)ですっ」
なぜか佳苗が満面の笑顔で肯定した。
「助けてくだされっ! 我らの村が、山賊に焼き払われてしまったのです……!」
「山賊!? 出たよ戦国時代あるある!!」
千歳が頭を抱える横で、クロエのツノがまたピカリと光る。
「……チャンスね」
「なにが!?」
「この状況。つまり“困ってる村”=“救済と支援で信頼獲得”=“のちの取引先化”!」
「どんなビジネスモデルよそれ!!」
「実際、この戦国時代にはまだ“海の家”なんてものは存在しない。競合ゼロ、独占市場、夢のマーケットよ」
「いや、海すら見えてないんだけど!? てかまず消火を──」
「では、募集するのじゃ」
リィナが再び空に向かって何かを念じる。
ぼふっ!
──『ピコリーナ戦国支店・求人チラシ』が空から降ってきた。
『あなたの村、守りませんか? 報酬:米・野菜・あと笑顔 ※食費支給』
『勤務地:異世界(仮)/スキル不要/女神います』
「雑すぎィィィ!」
村人たちはわらわらと集まり、「笑顔……だと……!?」とチラシを見て何か感動している。
「おぬしら……我らを守ってくれるのか……」
「……まぁ、とりあえず宿代代わりに働いてもらって、ついでに埴輪を宣伝してもらえば」
「結局埴輪じゃん!?」
「ねえねえ! わたし、浴衣着てきたんだけど! なんか役に立つかなっ☆」
「現地人に混ざれるとか、そういう次元じゃないし!」
「それより、海の場所、わかるのかしら?」
「海? それなら半日ほど西に歩いたところに──」
「行けるじゃん!! そこに支店出せばいいのよ!」
「まさかの地元民ヒアリング成功!?」
こうして、火事に巻き込まれたはずの一行は、なぜか村を助けつつ、海を目指すという謎の支店展開に舵を切ることになった。
戦国支店、開業。
営業内容:未定。
取扱商品:たぶん埴輪。
そして──
「よし! 目指すは海の家──いや、海の“城”よ!」
「拡大しとるゥーー!!」
了解しました!
「で、うちの戦力で山賊って倒せる?」
千歳がツナ缶を開けながらぼやく。
こんなこともあろうかと、缶詰だけは持ってきてよかった。
「この戦国村に剣士の人材とかいないんですか~?」
佳苗がチラシを手に村を見渡すが、集まってくるのは老人・農民・赤子。
「戦力ゼロ!!」
「ふふふ……そこへ、救世主登場よ」
クロエが懐から取り出したのは、またもや例の異世界求人票。
『異世界からの助っ人も歓迎!』
「まさか、また呼ぶの?」
「もちろん。“戦国人材、戦力不足なら異世界へ”ってどっかで聞いたことあるでしょ?」
──ぽわんっ!
空間がゆがみ、地割れが走り、ゴゴゴゴ……と何かが地中から出現した。
「な、なんか出たァァァァ!!」
「拙者……ゴーレム・S型(戦闘特化)……呼ばれて、参上……」
「来たー!!」
土くれまみれのゴーレムが、ガッシガッシと村を歩くたびに、地面が揺れる。
「戦国時代には不釣り合いにもほどがあるッ!!」
「いや、これは採用です!即採用!!」
クロエが書類に勝手に『雇用契約』のハンコを押す。
「……契約完了。ターゲット:山賊」
そして数時間後──
村から現れた山賊たちは、まるでスイカを潰すかのように、ゴーレムS型によって圧倒された。
「うわああああああ!!」
「なんだこの石の巨人はああああ!!」
「人じゃないのおおお!!」
山賊、壊滅。
村人、歓喜!
「さすが我らのゴーレム様じゃ!!」
「ありがとうピコリーナ・カンパニー戦国支店様!!ありがたやありがたや」
──だが、そのとき。
「……ターゲット、排除完了。周辺の“攻撃対象”、スキャン中……」
「え? なにそれ?」
「拠点からの距離20m圏内、全て敵性可能性──99.9%」
「ちょっと待って? 何スキャンしてるの!?」
「再攻撃開始──」
「やめろおおおおおおお!!」
──ドオオオオン!!
ゴーレムが岩を投げた。村の屋根が吹き飛んだ。納屋が崩れた。炊飯場が跡形もない。
「村ァァァァァアア!!」
「まってまってまって!! 助けたのになんで破壊してんのよ!!!」
「自律判断で“敵性存在の可能性”が高かったので……」
「その判断やめてえええ!!!」
──そして30分後。
「ピコリーナ・カンパニー……許さぬ……」
村人全員、しっかり敵に回った。
「い、逃げろー!!」
「戦国支店、1日で閉店~☆」
「たった一話でクローズって何よ!!」
「もう“ピコリーナ難民”って名乗るしかないのでは?」
リィナがぽそりとつぶやく。
「じゃなーい!!」
こうして一行は、村を救い、村を壊し、村から追われて、西の海を目指して歩き出すのだった。
次回、たぶん海!