「……オムライス、原価1円。これぞ文明の極み……!」
厨房の隅に設けられた“社員用隠しドア”からこっそり入ってきた千歳は、スプーン片手に幸福の溜息をついていた。
「これで社員価格1円はズルいのです。私、3食ここでいいのです」
「佳苗、ほんとそれ。社員は原価でいいって神対応よね」
「オムライスの卵、ふわとろ完璧。厨房メンバーの育成が行き届いているのです。エルファの指導も完璧なのです」
立地は駅前。メニューは異次元食材でコストカット&味は満点。
客層は学生からサラリーマン、そして怪しい人まで多種多様。
開店からわずか2ヶ月。いまや行列必至の大繁盛店である。
「……異次元食材、すごいわね。人参らしきものも、玉ねぎっぽいやつも」
「じゃがいもは“ポテモ”って名前だったのです。パッケージに顔描いてあって可愛いのです」
「なのに煮崩れない。マジで最高じゃない?」
エルファが帳簿を眺めながら小さく頷いた。
「仕入れコストは十分の一。売上は四倍。粗利率は……異常なレベルだな。これでは税務署にマークされるのではないか?」
「そういうこと言うのやめて! 不安になるから!」
ちなみにバイトも増員し、かつての“5人ダークエルフ部隊”は今や20人に増えていた。
交代制・週休2日・制服自由。社員割あり。まさに神環境。
電気、水道、Wi-Fi完備。屋上のプレハブには温泉(風の湯船)までできた。
――千歳は、ある日ぽつりと呟く。
「……あの頃が、ウソみたいだね」
「雑魚寝、段ボールの生活……もう戻りたくないですの」
「つらい。リィナの寝言が『カレー……カレーが食べたい……』だったの、今でもトラウマだわ」
「仕方ないじゃろ! 我、神なのに神棚がなかったのじゃ!」
笑いあう空気の中、ふと千歳は、テーブルに肘をついたまま呟いた。
「でもさ……」
「……?」
「みんな、ほんとは帰りたいんだよね? 元の世界に」
――その言葉に、空気がふっと静かになる。
クロエが視線を落とし、ポツリと答えた。
「……あきらめたよ、私は。200年、あっちで足掻いて、どうにもならなかったもの。でも、もしかしたら……って、思っちゃうんだよね」
千歳は言う。
「ここって異世界の人、呼び出せるじゃない? だったら……みんなで知恵出せば、そういう装置とか、魔法とか、作れるかもって」
セラスが、筋トレの手を止めた。
「夢を見るのは……悪くない。ただ、叶わなかったときの絶望も大きい」
佳苗が、小さく頷く。
「だからなのです。みんな、自分の世界のこと、あんまり話さないのです」
「……思い出すと、帰りたくなっちゃうから?」
「違うのです。思い出したくないのです。置いてきた家族や、大切な人が、もう手の届かないところにいると、わかってるから」
千歳は、胸の奥に熱いものがせりあがるのを感じながら、そっと言った。
「……うん。わかった。ありがと、話してくれて」
「でも、言っておくのです」
佳苗が、いつものようにぶりっこっぽく笑う。
「夢見るのは自由なのです。少なくとも、諦める理由が“まだ何も試してないから”だったら、そんなの、悔しいのです」
千歳は、ふっと笑った。
――帰れるかわからない。けど、それでも前を向こうとしているみんながいる。
ここには、確かな希望があった。
⸻
「では、本日の議題。次に売り出すスイーツはなににするか、でございます!」
お菓子を囲む会議、
場所はいつもの裏のミーティングルーム。
テーブルには昨日の売れ残りや試作品のクッキー、異次元マシュマロ、幻の干しブドウ(?)が並び、空気は甘ったるく、そしてなぜか真剣。
「昨日のマンドラゴラプリンは、わりと好評でしたね」
「耳を塞いで食べる必要がある点を除けば、なのです」
「あとやっぱり鳴くのよね……“わたしをたべないで~”って」
「うっかり共感しそうになるのやめてくれる?!」
そんな微妙な反省点を挟みつつ、いつものように話が進んでいく中――
千歳が、ふと席を立ち、前に出た。
「……ちょっと話したいことがあるの」
みんなの視線が集まる。
その空気を、千歳は正面から受け止めて言った。
「この会社、ピコリーナ・カンパニー。もともとは、仕事がなくて、寝る場所もなくて、なんとかしなきゃって思って始めた会社だったけど……」
「……うん?」
「でも、私は今、こう思ってるの。この会社の最終目的は――元いた世界に帰る手段を作ることだって」
場の空気が一瞬、静かになった。
千歳は構わず続ける。
「それが装置でも、魔法でも、神の信託でもなんでもいい。わからないけど、その方法をいつか作り出すために、会社をもっと成長させたいの」
「きっと、国家予算くらいかかるよ? でも、無理って決めつけるのは、やめたい」
クロエが小さく笑った。
「……なるほど、夢に向けて現実を積み上げるわけね。いい目標よ。投資家が泣いて喜びそう」
「現実主義ぶってるけど、ちょっと泣きそうな顔してるのです、クロエ」
「ちょっ……佳苗、それ今は言わないで」
エルファは静かに頷いた。
「そのために今の店舗をもっと拡張する必要があるな。財務も再編する。異次元の仕入れは拡大可能。売上もさらに倍にできる」
「心強いなぁ、うちのダークエルフマネージャー……」
リィナも笑顔を見せる。
「その目標、我も乗ったぞ。神である我が言うのじゃ、叶わぬ夢ではない」
「いや、あなただいぶ力失ってるって言ってなかったっけ?」
「細かいことは気にするでない」
こうして《お菓子会議》は、思いもよらず会社の最終目的を明文化する会議へと進化した。
テーブルの上には、クッキーと干しブドウと夢。
甘い香りに包まれて、彼女たちはひとつ、未来に向かって動き出した。