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第20話 原価1円のオムライスから始まる次元突破計画


「……オムライス、原価1円。これぞ文明の極み……!」


厨房の隅に設けられた“社員用隠しドア”からこっそり入ってきた千歳は、スプーン片手に幸福の溜息をついていた。


「これで社員価格1円はズルいのです。私、3食ここでいいのです」


「佳苗、ほんとそれ。社員は原価でいいって神対応よね」


「オムライスの卵、ふわとろ完璧。厨房メンバーの育成が行き届いているのです。エルファの指導も完璧なのです」


喫茶五分亭は――もはやちょっとした人気観光地になっていた。


立地は駅前。メニューは異次元食材でコストカット&味は満点。


客層は学生からサラリーマン、そして怪しい人まで多種多様。


開店からわずか2ヶ月。いまや行列必至の大繁盛店である。


「……異次元食材、すごいわね。人参らしきものも、玉ねぎっぽいやつも」


「じゃがいもは“ポテモ”って名前だったのです。パッケージに顔描いてあって可愛いのです」


「なのに煮崩れない。マジで最高じゃない?」


エルファが帳簿を眺めながら小さく頷いた。


「仕入れコストは十分の一。売上は四倍。粗利率は……異常なレベルだな。これでは税務署にマークされるのではないか?」


「そういうこと言うのやめて! 不安になるから!」


ちなみにバイトも増員し、かつての“5人ダークエルフ部隊”は今や20人に増えていた。


交代制・週休2日・制服自由。社員割あり。まさに神環境。


電気、水道、Wi-Fi完備。屋上のプレハブには温泉(風の湯船)までできた。


――千歳は、ある日ぽつりと呟く。


「……あの頃が、ウソみたいだね」


「雑魚寝、段ボールの生活……もう戻りたくないですの」


「つらい。リィナの寝言が『カレー……カレーが食べたい……』だったの、今でもトラウマだわ」


「仕方ないじゃろ! 我、神なのに神棚がなかったのじゃ!」


笑いあう空気の中、ふと千歳は、テーブルに肘をついたまま呟いた。


「でもさ……」


「……?」


「みんな、ほんとは帰りたいんだよね? 元の世界に」


――その言葉に、空気がふっと静かになる。


クロエが視線を落とし、ポツリと答えた。


「……あきらめたよ、私は。200年、あっちで足掻いて、どうにもならなかったもの。でも、もしかしたら……って、思っちゃうんだよね」


千歳は言う。


「ここって異世界の人、呼び出せるじゃない? だったら……みんなで知恵出せば、そういう装置とか、魔法とか、作れるかもって」


セラスが、筋トレの手を止めた。


「夢を見るのは……悪くない。ただ、叶わなかったときの絶望も大きい」


佳苗が、小さく頷く。


「だからなのです。みんな、自分の世界のこと、あんまり話さないのです」


「……思い出すと、帰りたくなっちゃうから?」


「違うのです。思い出したくないのです。置いてきた家族や、大切な人が、もう手の届かないところにいると、わかってるから」


千歳は、胸の奥に熱いものがせりあがるのを感じながら、そっと言った。


「……うん。わかった。ありがと、話してくれて」


「でも、言っておくのです」


佳苗が、いつものようにぶりっこっぽく笑う。


「夢見るのは自由なのです。少なくとも、諦める理由が“まだ何も試してないから”だったら、そんなの、悔しいのです」


千歳は、ふっと笑った。


――帰れるかわからない。けど、それでも前を向こうとしているみんながいる。


ここには、確かな希望があった。



「では、本日の議題。次に売り出すスイーツはなににするか、でございます!」


お菓子を囲む会議、通称スイーツ戦略会議は、今や週一の恒例行事である。


場所はいつもの裏のミーティングルーム。 


テーブルには昨日の売れ残りや試作品のクッキー、異次元マシュマロ、幻の干しブドウ(?)が並び、空気は甘ったるく、そしてなぜか真剣。


「昨日のマンドラゴラプリンは、わりと好評でしたね」


「耳を塞いで食べる必要がある点を除けば、なのです」


「あとやっぱり鳴くのよね……“わたしをたべないで~”って」


「うっかり共感しそうになるのやめてくれる?!」


そんな微妙な反省点を挟みつつ、いつものように話が進んでいく中――


千歳が、ふと席を立ち、前に出た。


「……ちょっと話したいことがあるの」


みんなの視線が集まる。


その空気を、千歳は正面から受け止めて言った。


「この会社、ピコリーナ・カンパニー。もともとは、仕事がなくて、寝る場所もなくて、なんとかしなきゃって思って始めた会社だったけど……」


「……うん?」


「でも、私は今、こう思ってるの。この会社の最終目的は――元いた世界に帰る手段を作ることだって」


場の空気が一瞬、静かになった。


千歳は構わず続ける。


「それが装置でも、魔法でも、神の信託でもなんでもいい。わからないけど、その方法をいつか作り出すために、会社をもっと成長させたいの」


「きっと、国家予算くらいかかるよ? でも、無理って決めつけるのは、やめたい」


クロエが小さく笑った。


「……なるほど、夢に向けて現実を積み上げるわけね。いい目標よ。投資家が泣いて喜びそう」


「現実主義ぶってるけど、ちょっと泣きそうな顔してるのです、クロエ」


「ちょっ……佳苗、それ今は言わないで」


エルファは静かに頷いた。


「そのために今の店舗をもっと拡張する必要があるな。財務も再編する。異次元の仕入れは拡大可能。売上もさらに倍にできる」


「心強いなぁ、うちのダークエルフマネージャー……」


リィナも笑顔を見せる。


「その目標、我も乗ったぞ。神である我が言うのじゃ、叶わぬ夢ではない」


「いや、あなただいぶ力失ってるって言ってなかったっけ?」


「細かいことは気にするでない」


こうして《お菓子会議》は、思いもよらず会社の最終目的を明文化する会議へと進化した。


テーブルの上には、クッキーと干しブドウと夢。


甘い香りに包まれて、彼女たちはひとつ、未来に向かって動き出した。


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