9月。空が少し高くなり、秋の気配がビルの窓から差し込んでくる。
喫茶五分亭は開店から順調に黒字を伸ばし、ジムとの相乗効果も抜群。
駅前の立地もあって、昼時は満席続き。
さらには埴輪グッズまでもが爆売れ中で、なぜか巷では“札幌で一番謎な店”としてSNSバズりしていた。
そして今日も、千歳は頭を抱えていた。
「空いてる部屋、どうにか活用できないかな……」
周囲のメンバーが、ぞろぞろと意見を出し始める。
「アパレルとかどう? 衣食住の最後の砦だよ!」と千歳。
「仕入れて販売なのです? それって案外難しいのです」と佳苗が眉をひそめる。
「おしゃれって一歩間違うと迷子なのです」
千歳はうなだれた。
ファッションセンスに自信は皆無。
佳苗はセンスはあるがぶりっ子方面に偏っているし、他のメンバーも“クセ強”ぞろいだ。
「巫女服以外はよく分かりません……でもおそろいの法被とか、ちょっと興味あります……」と姫巫女レミット。
「俺が着てるのは動きやすさ重視だ。筋トレの敵は服の締め付けだ」
無口なイケメンエルフ、セラスも珍しく口を開いた。
「……服より筋肉が着たい」
「着るな」
千歳が即ツッコミを入れた。
ゴスロリファッションのクロエが書類をパラパラめくりながら、冷静に言う。
「つまり“普通の服屋”は無理。逆に、うちの個性を活かした“コスプレ系ファッション店”なら勝機あり。ぶっ飛んだ服なら、私たちの方が強いわよ」
「おお……!」
千歳が目を輝かせる。
「よし、じゃあこの部屋は“個性派ファッション&コスプレショップ”にしよう!」
レミットは静かに手を合わせて言った。
「お客様に巫女装束、祈願済みでお届けいたします……」
「……それはどうなの?」
⸻
その夜。
「いでよ、求人票!」
千歳がビシッと手を掲げると、空間がぐにゃりと歪んだ。ビルの前に、もはや恒例行事となった異次元ホールが出現する。そして求人票を入れる。
今回の募集は――織物職人!
材料は異次元商人から破格で仕入れる。
だったら服もこっちで作ってしまえばいい。まさに衣食住の“衣”を制する好機!
しかし、現れたのは……
「……え、幽霊?」
ホールから、ふわりと浮かぶ透明な存在が現れた。しかも一人ではない。何体も、スー……っと床から数センチ浮いたままビルに入っていく。
悲鳴がビルの中から聞こえてきた。
「ねえ、今回の求人間違ってない?」とクロエがビビりながら指摘する。
「……お化け屋敷じゃないよね?」佳苗が千歳の背中にくっついてくる。
幽霊たちはこっちを見て、震えながらつぶやいた。
「夜が怖い。人が怖い――」
「逆じゃね!?」
千歳が即座に突っ込む。
それでも、幽霊たちは無言でふわりと集まってきた。そしてスッ……と手を合わせ、千歳の足元で土下座(空中で)。
リィナが小声で解説する。
「どうやら神を信仰しておるようじゃな……我の気配に惹かれてきたのじゃろう。採用じゃ」
「霊になっても神信じてるの!? 」
恐る恐る千歳が続けて聞く。
「で、服って作れるの? 織物っていうか……」
すると一体の幽霊が、スッと裁縫道具を取り出して、空中に刺繍を始めた。
「……幽霊服、死装束、ミイラ服なら任せて」
「……それ、需要ある?」と千歳。
「ホラーイベントくらいしか浮かばないのです」と佳苗。
リィナが首をかしげながら尋ねた。
「その姿では、さすがに販売には不向きじゃ。それに魂じゃお互い怖かろう。実体化はできぬのか?」
「かしこまりました」
ひときわ濃い霊気をまとった幽霊が言うと、ふわりと姿が変化していった。パチンと音がして、そこには――
「……お、女の子?」
透き通った長い髪に、くすんだ古布のような服。年齢は見た目で二十代くらい。ちょっと影薄め。目の下にクマ。たぶん死んでから寝てない。
「名前……忘れました」
「じゃあ、キリでいいよ。適当だけど」
「……はい、キリです」
こうして、実体化した幽霊・キリが加わった。
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作業部屋に案内され、幽霊職人は一心不乱にミシン(もしくは空中で縫う技術)を動かしはじめた。
その手つき、いや魂つきは実にプロフェッショナル。
「えっと、普通の服って……作れます?」
「……それは……ちょっと練習させてください」
「やっぱり死装束なのです……」
だが、ミイラ布を大胆にアレンジした**“包帯ファッション”や、スケスケ生地を生かした“透明巫女装束”、闇夜に映える“禍々しいゴス和装”**など、逆に唯一無二のスタイルとして商品価値が出始めた。
クロエが売上表を見て言う。
「売れてるわよ。謎に人気。たぶんTikTokあたりでバズった」
セラスが、包帯ファッションのマネキンを見つめながらボソリと一言。
「これは……筋肉の邪魔をしない。良い」
筋トレ基準で評価される服飾店、ここに誕生。
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そして数日後、「ピコリーナ衣料部」は晴れてオープン。
『異世界ファッション × 幽霊縫製 × 筋肉対応設計』というジャンル不明のショップは、SNSで爆発的に広まり――
「包帯ゴス和装」が10代の間で流行語になった。
なぜかレミットもノリノリで“呪い祓い済みタスキ”を販売し始めた。
余談だがレミットがキリを始めてみたとき、
「おのれ聖なる幽体よ。私レミットが闇巫女として除霊してあげるわっ」
属性逆じゃね? と思ったがとりあえずレミットを止めておいた。しばらくすると2人は打ち解けていた。
こうしてまた一つ、謎の扉を開けてしまった千歳。
「もう、どこに向かってるの、この会社……」
と空を見上げながらも、笑っていた。
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