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第22話 社長。やっと誕生

九月中旬、札幌駅前の廃ビル二階、ピコリーナ・カンパニー“会議室”。


いや、単なる空き部屋にテーブルと椅子を置いて、お菓子とお茶を並べたらなんとなく会議室っぽくなっただけなのだが。


でもここが、いつも騒がしく未来を決める場所であることに間違いはない。


「……あのぅ、社長さんは、おられますかね?」


恰幅のいい中年男性が、部屋のドアをそろりと開けて顔を覗かせた。スーツにネクタイ、見るからに“ちゃんとした人”である。

一方、部屋の中にいたメンバーはというと――


「……しゃ、社長?」


千歳が目を泳がせながら、周囲を見回す。隣には佳苗。ぴょこんと手を挙げて、


「私は総務部の肩書を持っているはずなのです」


「わたしは営業&広報。たぶんね」とクロエが紅茶をすすりながら言う。


「我は神である」とリィナ。


「ジムのトレーナーだ」とセラス(無口)。


「受付。あと喫茶。あと祓い……」レミットはぼそぼそと口にする。


「いや、つまり社長いないじゃん!」


千歳が慌てて声を上げる。確かに、今までなんとなく流れで仕事を振って、なんとなく進んでいたが――


「そろそろ、そういうの無理があるのです」と佳苗が冷静に突っ込む。


「そ、そうね……あ、じゃあ」


千歳は立ち上がり、おじさんの方を向いて深く頭を下げた。


「はい! 私が社長です! 今、余ってたので、急遽就任しました!」


「いやそんな軽いノリで……」


おじさんが口をぱくぱくさせる。


「だって誰もやりたくなさそうだったし……なんか申し訳なくて……」


「“余ったので社長”って日本経済の縮図すぎる……」クロエが呟いた。


私が社長。最近まで無職だったのに。


泣きそうになった千歳だった。


おじさん帰ったら再度話し合おう。



千歳が「余ったので社長に就任した」その日の夕方。


ピコリーナ・カンパニーでは空前の事務的混乱が巻き起こっていた。


「――というわけで、組織表って、作った方がいいんじゃないかって」


千歳が会議室のホワイトボードに、マジックで「ピコリーナ・カンパニー 組織図(仮)」と力強く書き始める。


「かっこ仮……」クロエがつぶやく。「もうこの時点で不安しかないのよね」


「いやでも、必要よね、ちゃんと役割決めておかないと。お客さん来たときに“社長誰?”ってなってたらマズいし。あのおじさんメチャ疑ってたし!」


「それ以前に、昨日ハクジョウさんに“予算表って何ぞ?”って聞かれたのです」


佳苗がさらっと報告した。


「え、予算表って何ぞ!?」と千歳が大声で復唱した。


「彼、唯一の財務部なのに……」クロエがこめかみを押さえる。


ハクジョウ。忘れてる方も多いかも。私も忘れていたがかつて伝説の経理マンと呼ばれ、複数の企業で財務改革を成功させたらしい男。だが現在は、だいたい床に寝ている。


「zzz……ん? なんじゃ? 今日は肉の日か?」


「違います。会議です。しかも会社の存続に関わる大事なやつです」


千歳がハクジョウを足でつつくように起こす。


「む……会議……? ああ、会議か。昔はよくやったのぅ。あのときの財務部長はな、指を動かさずにエクセルを操る術を使っておってな……」


「その話10回くらい聞きました」


「うむ、じゃがそのたびに新鮮じゃろ?」


「はい、もうカビが生えるくらい聞いてます」


彼の記憶力は芳しくないが、帳簿だけは完璧だった。


電卓の音はほとんど聞こえないのに、数字がすべて合っているという、もはやオーパーツ的存在。


「まぁ、寝てても仕事ができるのが本物というやつじゃ」


「でも寝てる間に書類、食べてましたよね? その帳簿、いつ作ったんですか?」


「ん……5月の夢の中じゃな」


「5月って、去年ですよね?」


「時空を超えて働くのが、老いの技よ……いやあれは、ただの夢じゃ」


「夢オチやめてください」


「で、組織図なんだけど……やっぱり全体をまとめるポジションが必要だよね。えっと、社長と、あと副社長とか」


「副社長……やる?」


「やらないのです」


佳苗と千歳のやりとりは早かった。


「じゃあ副社長は空席で。あと、部署ごとの責任者も必要ね。えーと、総務は佳苗ちゃん」


「なのです」


「営業&広報はクロエ」


「もちろん」


「リィナは?」


「我は神である」


「……それいいから。でも求人応募の合格可否をしてるのはリィナなのよね。落とされた人見たことないけど」


「そうじゃな」


「じゃあリィナは人事部ね」


「仕方がない。我は神兼人事部ということにしておこうぞ」


「開発部は……ヨモツとネロ。アパレル部にキリ。喫茶部がエルファに20人のダークエルフ」


「ジムはセラスさんなのです。レミットさんは、受付と祓い担当なのです」


「……あの子、ずっと受付カウンターでお経みたいなの唱えてない?」


「逆に心霊部作れそうよね。幽霊いるし」


一応相談してみるか。


***


翌日。


レミットは、静かに佇む少女だった。


「……朝の祓いが終わりました……開発部、行ってきます……」


「あ、レミットちゃん。開発ってなに作ってるの?」千歳が聞いた。


「……儀式用マグカップ……昨日、爆発しました……代わりの備品をヨモツさんにお願いしに行きます」


「やめよう?」


「……次は、たぶん、爆発しません……」


「“たぶん”やめて」


「……知ってましたか?マグの底に呪を刻むと、飲み物が3℃冷えます……」


「誰が得すんのそれ……?」


心霊部はやめよう。聞いてないけど。いや、うーん。千歳は思い切って聞いてみた。その話はまた次回。


***



「というわけで、各部署の代表は一応こんな感じになりました!」


【暫定組織図】

・社長:片桐千歳

・総務部:篠宮佳苗

・営業&広報:クロエ=ディアノス

・財務部:ハクジョウ

・受付:レミット=イアソール

・開発:ハニべ=ヨモツ&ネロ=フィンブリオ

・トレーニング部門:セラス=ヴァルティリオン

・喫茶部門:エルファ=クレイズ 他ダークエルフ20人

・アパレル:キリ


「……地味にヤバいの多くない?」クロエがつぶやいた。


「でも、これで会社っぽくはなってきたのです」


「組織図さえあれば会社って言えるなら、私も今日から国作れる気がする」


「ところで……この組織図、誰に見せるの?」


「え……わかんない……でも、なんか、あった方がカッコよくない?」




***




その日の午後、急に税務署からの通知が届いた。


「なんか来てるよ! 千歳ちゃん!」佳苗が封筒を振って走ってくる。


「なにこれ……“法人番号が未登録のため、仮登録となっております」


「法人……ってなに? 神の一種?」


「違うのです」


「法人……番号……? え、うちって……」


「法人じゃないのです」


「えぇぇぇぇぇぇ!?」


まさかの非法人。ピコリーナ・カンパニー、まさかの幽霊会社状態だった。


「やばい! 社長って、そういうの全部やんなきゃいけないやつじゃん!」


「まぁ、千歳ちゃん社長だし、頑張ってください」


「えぇぇぇぇぇえ!?」


地味に社長業の洗礼を受ける千歳。


その日の夜、彼女はGoogleで「法人設立 やり方」と検索していた――。




***




それから一週間後。


「法人登記、完了しましたぁぁぁああ!!」


「おおー!」


千歳が役所帰りに叫ぶと、みんな拍手で迎えてくれた。やっとピコリーナ・カンパニーは“実在する会社”となったのだった。


「さぁ、これからが本番ね」とクロエ。


「我らが信仰の拠点……ようやく此の世に具現したのじゃな……」とリィナ。


「お祝いに、3℃冷えるマグを配ります……」とレミット。


「いらないって言ってるでしょ!?」


「筋肉で言えば……ここからが筋肥大の始まりだな」とセラス。


(みんなが一瞬沈黙)


「筋肉の話だよね?」


そして、床の上ではハクジョウが寝たまま言った。


「ふぉっふぉ……これで、やっと“経費精算”の夢が見れるのぅ……」


会社ができたからといって、急に何かが変わるわけじゃない。 


けれど確かに、ピコリーナ・カンパニーは「会社」になったのだ。


「みんな、これからもよろしくね。社長、頑張ります!」


――こうして、“余った”社長・千歳のもと、ピコリーナ・カンパニーは一歩ずつ歩き出したのだった。

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