札幌駅前の廃ビル。その実態はピコリーナ・カンパニー。
会議室っぽい何かに、今日も事件の予感が訪れていた。
「社長さんは……おられますかの?」
ドアの隙間から、恰幅の良い中年男性が“そろ~”っと顔を出す。スーツ。ネクタイ。あとたぶん、無駄に丁寧な腰。
ピコリーナ・カンパニー社長、千歳(元・就活全敗OL)は、インスタントコーヒー片手に立ち上がると、満面の営業スマイルでこう言った。
「はい、社長です! たった今〝余ってた”ので就任しました!」
「え、余りもの?」
「うち、人材はいるんですけど、責任者は常に不在なんです」
「すごく不安になる会社だな……」
男性は苦笑いしながらも、どこかに“救い”を求めるような目で千歳を見る。
「じ、実は……うちの会社に、最近、夜な夜な“幽霊”が出ましてな……」
その瞬間――千歳が「はい、始まったよー」感に包まれた。
「もしかして、そちらに……助けていただけるような方がいらっしゃるのではと……」
「いや、なんで!? うち、コスプレイベント会社でも心霊番組の事務局でもないですよ!?」
「でもあの……そちら、なんか……人間以外の方、多くないですか……?」
「っッ……(見抜かれてるッ!?)」
千歳の脳内で“異世界人はコスプレイヤーに見える”理論が、今にも崩壊しそうだった。
「実はうちの社員、全員……趣味がハロウィンコスなんです(強引)」
「なるほど、コスプレ……!」
よし、通った。何も問題はない。
「ただ……ウチの除霊って、基本、物理と埴輪グッズと女神の火力に頼ってて……」
「でも! こちらの報酬で……」
男性は、そっと見積もりを差し出した。
桁が多い。
数字が輝いて見える。
うちの会社の財布が、今、ノドを鳴らした音が聞こえた気がする。
「任せてくださいッ! やりましょうッ!」
千歳は固い握手を交わした。冬のボーナスが視界に見えた。
⸻
数分後、「しゃちょーしつ(書いたばかり)」と貼られた部屋に二人の影が呼び出された。
ひとりはレミット=イアソール。呪われた姫巫女。口癖は「……」と「ツヤが下がります……」
もうひとりはキリ。聖属性の幽霊。人間と夜が怖い。寝不足のせいで目の下にクマ。
「というわけで、二人に除霊をお願いしたいんだけど」
千歳が状況を説明した直後――
「……その前に、こいつを除霊したいです……」
とレミットが隣のキリを指差した。
「ひどい!? それに同胞を退治するなんてできませんッ!!」
とキリが震えた。
「……あきらかに幽霊です……」
「えっ!? 今気づいたの!?」
「……夜に突然ふわっと現れて……無言でキッチンの中を徘徊して……冷蔵庫開けて食べ物を取って去っていくんです……」
「それは私の“夜の徘徊ルーティン”です……」
「不気味度高すぎるよ!?」
千歳は頭を抱える。が、すぐに“切り札”を取り出した。
「……まぁ、仕方ないよね……せっかくの依頼だったんだけどなぁ……ボーナス、払えるくらいの……」
「ボーナス……!?」
「聞いたことがあります……年に二度だけ選ばれし者に降り注ぐ……伝説の褒賞……!」
「それがあれば、墓に……装飾が……!」
「持ち込むな墓を!」
千歳が全力でツッコんだ。
「社内に墓って何!? セレモニー会社じゃないんだよ!?」
キリはおずおずと小声で呟く。
「……でも、金ピカの卒塔婆……かっこよくないですか……?」
「やめろ。やめてくれ。除霊どころか除名されそうだよキミ」
依頼の現場は、夜間無人になる中規模オフィスビル。
しかし、警備システムには謎のログが残っていた。
──毎晩、2時。誰かがキッチンに立っている。
千歳たちは社員のノリで現場に潜入し、隠しカメラを設置した。
幽霊の正体を突き止めるのだ。
そして、事件は起きた。
「いたッ!!」
カメラに映っていたのは──
ボロボロのマントを羽織り、勇者っぽい剣を携えた男。
「え!? 人!?」
深夜の社食スペースで、男は堂々と冷蔵庫を開け、
まるで自分の家のようにカップ麺をすすっていた。
「だ、誰……?」
「……俺か……? 俺は……かつて異世界を救った伝説の勇者……」
「えぇ……」
「だが……転移後に就職活動に失敗し……いまはこの辺のビルで寝泊まりして……その……ちょっと冷蔵庫とか……」
「ただの不法侵入者じゃねぇか!!!」
「動くなッ! 食らえ!暗黒魔法!」
「ちょっと待って!? あんた神に仕える巫女さんでしょ? なんで暗黒魔法とか言い出すわけ?」
「呪われてますから。それに大丈夫です。この魔法は周囲の人間のニキビを2つ増やすだけです!」
なんかいつもと変わった興奮気味のレミットを阻止する千歳。
「もうちょっと私に被害のないことをしてよ」
「仕方ありません。コンビニでコピーしてきたこれを使います」
レミットが霊符を投げ、キリが神聖なスポンジで相手の頭をペチン。
勇者、瞬殺。
「……彼、幽霊じゃなかったですね」
「むしろ一番“生きてた”よね……」
「でも異世界人ではありましたね。ということは……仲間?」
「いや犯罪者だよ」
翌朝。
ピコリーナ・カンパニーのメンバーは、警察から“感謝状”を受け取る。
が、テレビのニュースには──
《深夜に社内をうろつく謎のコスプレ集団が、不審者を取り押さえるも、視聴者から「こっちの方が怖い」との苦情が殺到──!?》
「……なんで!?」
「いやはたから見たら私たち怪しいコスプレイヤーだし。しかも1人半透明」
札幌の夜は今日も騒がしい。
そしてピコリーナ・カンパニーは、明日も元気に、非日常を営業中。
千歳は思った。
やっぱ心霊部はやめて普通に受付とアパレルにしようと。