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第24話 プレゼント配達、それは破壊の始まり

12月。札幌の空気は、しんと凍てつき始めていた。


ピコリーナ・カンパニーの廃ビルにも、じわじわと“年末の空気”が忍び寄っている。


「そろそろ、クリスマスなのです~♡」


佳苗が、ハート形のキラキラシールをホワイトボードに貼りながら、うっとりとつぶやいた。


「……くりすます?」


受付のレミットが、毛糸のマフラーにくるまりながら小首をかしげる。


「それは何かの祭礼か?」


筋トレ中だったセラスも、ダンベルを肩に担いだまま不思議そうに問いかけてくる。


「異世界民、全滅……!」


佳苗がショック顔でがくんと膝をついた。


「いい子にしていると、サンタさんが枕元の靴下にプレゼントを置いてくれるのです~。世界中の子どもたちの希望、夢、それがクリスマスなのです♡」


「……おとぎ話でしょ、それ」


クロエが紅茶を啜りながら、さっくりぶった斬る。


「まぁ……普通はそう思うよね」


千歳がぽりぽりと頭をかきながら、急に思いついたように口角をあげた。


「でも、どうせなら――試してみようか」




数分後、千歳の手にはプリントアウトされた一枚の求人票。


「“サンタクロース募集。プレゼント配達。枕元経験者優遇”っと……異界求人ルート、送信っと」


「千歳、それ本気で言ってるの?」


クロエの視線がじとっと冷たい。


「もちろん本気。うちだし。もうなんでもアリでしょ?」


千歳がピースを決めた直後――




ガラガラガラッ!!!


重たい鉄扉が音を立てて開き、冷気と共に“何か”が入ってきた。いや、くぐってきた。




「おれが、サンタだ」




――と、その声が言った。


全員、固まる。


そこにいたのは、2メートルを優に超える巨体の男。


全身、筋肉の塊。肩には毛皮も何もなし、ただただ裸の上半身と、腰に巻かれた粗末な布。


「え、服、着てない……冬なのに!」


「っていうか……でっか!!!」


「セラスより大きいじゃん!」


「配達なら任せろ。俺に運べぬものはない」


ショージと名乗ったその男は、部屋の隅にあったボロボロのソファに目をつけると、――


ひょい。


持ち上げ、そのままスタスタと階段を下りていった。


「……サンタ、ちょっと違う……よね……?」

佳苗の声が震えていた。




──その直後。




「ぎゃああああああああああ!!!!」


一階の食堂から、女たちの悲鳴が響く。

千歳たちが急いで駆けつけると、光景は壮絶だった。


ふかふかのソファに満足げに腰かける“裸の巨人ショージ”。


その周りには、震えながら床に座り込むエルファと、20人のダークエルフスタッフ。


「……な、なに……あれ……」


「ソファ担いで、笑って……こっち来た……!」


「笑顔がこわい……無表情よりこわい……!」


「まぁ、そりゃびびるよね」


千歳が冷静に現実を受け止めた。




そこへ、セラスも静かに到着。


ショージの隣に立つと、威圧感が倍増。


「やめて! 二人並ばないで!」


エルファが半泣きで叫んだ。


「……とりあえず」


千歳が両手を広げた。


「服を着ようか、ショージさん」


「服……?」


「そうなのです!」と佳苗が声を張る。


「サンタさんは、赤いもこもこコートを着て、白い帽子をかぶってるのです!」


「……着るもの、大事」


レミットもぽそりと頷いた。


「じゃあ、用意しましょうなのです~!」

佳苗がキラキラしながら布地の棚に走るも――


「わっ、いたっ……! す、滑ったのですぅ……」


転倒。華麗に。


「……じゃあ、私が」


キリがすっと浮きながら前へ出る。


「アルケミーで即席サンタコーデ、作ってみました」


手には赤くふわふわした特大コートと帽子。金の刺繍まで入っている。


「特注……ですね……」


クロエがぼそっと突っ込む。


ショージが興味深そうに手に取ると、もこもこのコートを羽織って、ぽすっと帽子をかぶる。


――うん。ちょっとサンタっぽい。

見た目は“山の聖獣サンタVer.”だが、裸よりは圧倒的にマシ。



「ほう……あたたかい。ふわふわだ」


ショージは満足げに頷いた。


ダークエルフたちも、徐々に落ち着きを取り戻す。


「……服、偉大……」


「さすがアルケミー製……」




「さて」


千歳が手をパンと叩く。


「これでサンタ業務を受けて大儲けと思ったけど、無理だよね!」


「確かにピンポーン→俺がサンタだ→ぎゃあ→おまわりさん。あの人ですって通報パターンは避けられないのです」


佳苗も困った顔をしているが、


「そんなことはない」


自身ありげに胸を張るショージ。


「え?」


「ぎゃあ。おまわりさん、あの人ですと叫ぶ無礼な奴を捻り潰せばいい」


「本当におまわりさん案件だからダメ!」


ショージは分厚い胸板に手を当てると、ぐっと顎を上げて言った。


「冗談だ。ちゃんと知恵はあるぞ」


「……ほんとに?」


千歳の目が疑いに満ちている。


「お前たちは、サンタというものを、ただの“物運びの人”と思っているようだが」


「え、違うのです?」


佳苗が目をぱちぱちさせる。


ショージは、ポン、とその場に正座した。大男が正座すると床がちょっとミシッと鳴った。


「サンタとは、“時間と空間を超え、指定された場所に贈り物を届ける術”を持つ者だ。伝説の配送士。神託を受けし贈与者。笑顔の裏に地獄のスケジュールと、鉄のルート管理を持つ」


「なんか……語彙だけすごい」


クロエが、じわりと額に手を当てる。


「俺が修めしは、“七次元配送術・トナカイ行”だ」


胸をどん、と叩くショージ。


「なにそれ怖い」


千歳がぼそっとつぶやく。


「お、おぉぉ……なんかちょっとかっこいい響き……」


佳苗の目がキラキラしている。


「それって……どういう技なの?」


千歳が、半信半疑のまま尋ねると、


ショージは懐から――いや、布の腰巻きのどこにしまっていたのか――


小さな銀色の鈴を取り出した。


「これを鳴らすと、配達先が浮かぶ。届けるべき者、モノ、時。すべてが直感として降りてくる」


「い、今どきの宅配アプリより高性能じゃん!」


「さすが異界……なのです!」


「そして届け終えるまで、俺の動きは誰の目にも映らない」


「は?」


「俺が“本気で配達している時”、世界は俺を見失う。これが『瞬移巡行・聖夜の風』の力だ」


「いやちょっと待って、それ完全にステルス忍者サンタじゃん……」


「……すごい」


レミットがポツリとつぶやいた。


「それなら、ちゃんと“サンタ”できる……?」


「できる」


ショージは短くうなずいた。


「ただし、贈り物の指定と、配送先情報は完璧でなければならない。“良い子”の条件や希望も、はっきりしていなければ、サンタは動けない。心に迷いがあれば、道は閉ざされる」


「……わかってきたわ」


千歳が軽く鼻をならした。


「ただの筋肉じゃない。あんた、筋肉と共に“プロ意識”も持ってるんだね」


「俺は、“届けること”しかできない。だが、それだけは、誰にも負けない」


少しだけ――本当に少しだけ、場が静かになる。


そして、


「すごいのです……本物のサンタ、見つけてしまったかもしれないのです~!」


佳苗が目をうるうるさせて叫んだ。


「それじゃ、やることは一つね!」


千歳がぐっと指を立てる。


「営業用のパンフレットに載せるための、サンタっぽい記念撮影よ!」


「お任せくださいなのです~♡ 衣装、照明、小道具、演出、ぜ~んぶそろえてあげます♡」


佳苗がピョンと立ち上がった。


「ダークエルフの皆さんも! 手伝ってくださいね! “無表情でも笑顔が怖くない写真の撮り方”を研究するのです!」


「わ、わかりました……」


「無表情でも怖くない笑顔って……存在するんでしょうか……」


「存在してほしいわ……」


こうして、

ピコリーナ・カンパニーは年末商戦に向け――


まさかの“サンタ業務本格展開”に乗り出すのだった。



「プレゼントの仕分け、完了しました~♡」


佳苗がホワイトボードの前に立ち、ハート形の付箋がびっしり貼られた“配達希望リスト”をドヤ顔で掲げる。


「見てください、この要望の数! さすがに〝子どもたち”相手だけあって、クオリティが高いのです~!」


「ほんとにこれ子ども向けなの……?」


クロエが眉をひそめる。


リストにはこんなものが並んでいた。

• 殺人クマのぬいぐるみ

• 羽の生えたかまぼこ

• 会話をする和風人形

• 埴輪


「こわっ」


千歳が真顔でツッコむ。



その間、ショージは――


サンタコートを翻し、ソリ(代わりにヨモツの埴輪が引く)に荷物を積み込みながら、静かに身支度を整えていた。


「よし、準備は整った。あとは……笑顔の練習だな」


「それが一番の課題!」


千歳が即答する。


「ぎゃあ!って言われない“やわらかい表情”を作ってみて!」


ショージは黙って立ち上がると、眉毛をグッと下げ、口角をゆるやかに上げる。


――にゅわっ……


「やめて! 顔の筋肉だけで威圧感出るタイプだこれ!」


「やさしく笑ってるはずなのに、ヒグマが“こっちに気づいた”感あるのです……」


「むぅ……難しい」


「じゃあ、“届け終えたときに笑う”方向で! いきなり来て笑ってるより、その方がマシだよね?」


千歳が必死に調整を図る。


「なるほど……納品完了笑顔か。よし、やってみよう」




その夜。


ショージは、初の“現代のサンタ業務”に出発した。


空に浮かぶ満月の下、赤いコートをなびかせ、埴輪ソリがゆっくりとビルを飛び立つ――


「いってらっしゃ~い♡」


佳苗が手を振り、


「おまわりさんに捕まらないでねー!」

千歳が叫び、


「……お気をつけて」


キリが静かに見送る。




――数時間後。


バンッと音を立てて、鉄扉が開いた。


「……戻った」


ショージがゆっくりと中に入り、肩にかけたソリの縄をほどく。


「完了、完璧だ」


「ほんとに全部配ったの!?」


千歳が思わず立ち上がる。


「配った。……届け終えた時、笑顔を試した。……ぎゃあ、と叫ばれなかった」


「それすごい!!!」


佳苗が飛び跳ねる。


「しかもこれを見ろ」


ショージはポーチから何枚ものお手紙を取り出す。


「ありがとう、サンタさん」「また来てね」「おとうとの声、戻ったよ」など、つたない文字で綴られたメッセージたち。


「……」


しんとした空気。


「……まさか、ピコリーナの仕事で泣かされる日が来るとは思わなかった……」


千歳が、そっと目元を拭った。


「しょ、ショージさん……あなた……本当に……」


「伝説の、配送士……!」


「サンタって……いたのですね……」


クロエですらそっと口元に手を当てる。



「……うむ、だが」


ショージは言った。


「途中で1件、煙突が詰まっていて入れなかった家があった」


「……あるあるなのです」


「いや、だから――一部屋だけ、天井を壊して入った」


「やめてぇぇぇぇぇぇえ!!!」


全員の絶叫が響く。


「……笑顔で納品はしたぞ?」


「だめぇぇぇえええええ!!!!」



こうして、“伝説の配送士ショージ”によるサンタ業務は、ほんの少しの賠償と引き換えに、無事に終了した。


でも、プレゼントを抱きしめて眠る子どもたちの夢の中には、ちゃんと、優しい顔の大男が、そっと立っていたのだった。





…プレゼント配達完了から一夜明けて。


札幌はしんと雪に包まれ、ピコリーナ・カンパニーにも静かな朝がやってきた。


「ふあぁ……あれだけ騒いだあとは、ちょっとさみしく感じるのです~」


佳苗がホットココアを両手で抱えながら、ソファでぐでっとしている。


「まぁ、怪我人ゼロで終わっただけで奇跡でしょ……天井以外は」


クロエが隣で新聞を読みながらつぶやいた。


「ショージさん、ほんとに伝説になったね」


千歳も笑って頷く。


そこへ、受付からレミットが、ひょこっと顔をのぞかせる。


「……荷物、届いてる……“差出人:リィナ様”って……書いてる」


「え? リィナから?」


3人が顔を見合わせる。


巨大なダンボールには紅いリボン。中を開けると――


「……ふつうに怖いんだけど!!」


千歳が叫んだ。


中に入っていたのは……


巨大な、満面の笑みを浮かべたショージの抱き枕。


しかも、赤いもこもこコートを着た“サンタバージョン”。人数分。


「なんの嫌がらせよぉぉぉぉぉぉ!!!」


千歳の絶叫が響き渡る。


「ひ、ひどいのです、ひどいのですぅぅぅぅ!! こっち見てるのですぅぅぅ!!!」


佳苗が抱き枕から這うように逃げていく。


「笑ってるだけなのに、なんでこんな圧があるの……」


クロエは目を伏せながらつぶやいた。



そして、その頃。ビルの屋上にて。


「ふむ、どうじゃったかの。ショージ印の高級抱き枕、我の小遣いで作って贈ったのじゃが」


リィナが、お供えのお団子をつまみながら、満足そうに言った。


「最高の笑顔、最高の肌触り、神の加護つき……完璧じゃろう」


隣にいたレミットは小さくぼそりと呟いた。


「……呪物としても優秀そう……」




――こうして、ピコリーナ・カンパニーの年末は、最悪の“サプライズギフト”で締めくくられた。


めでたし……とは、言いがたい。


(ほんとにおしまい)

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