12月。札幌の空気は、しんと凍てつき始めていた。
ピコリーナ・カンパニーの廃ビルにも、じわじわと“年末の空気”が忍び寄っている。
「そろそろ、クリスマスなのです~♡」
佳苗が、ハート形のキラキラシールをホワイトボードに貼りながら、うっとりとつぶやいた。
「……くりすます?」
受付のレミットが、毛糸のマフラーにくるまりながら小首をかしげる。
「それは何かの祭礼か?」
筋トレ中だったセラスも、ダンベルを肩に担いだまま不思議そうに問いかけてくる。
「異世界民、全滅……!」
佳苗がショック顔でがくんと膝をついた。
「いい子にしていると、サンタさんが枕元の靴下にプレゼントを置いてくれるのです~。世界中の子どもたちの希望、夢、それがクリスマスなのです♡」
「……おとぎ話でしょ、それ」
クロエが紅茶を啜りながら、さっくりぶった斬る。
「まぁ……普通はそう思うよね」
千歳がぽりぽりと頭をかきながら、急に思いついたように口角をあげた。
「でも、どうせなら――試してみようか」
数分後、千歳の手にはプリントアウトされた一枚の求人票。
「“サンタクロース募集。プレゼント配達。枕元経験者優遇”っと……異界求人ルート、送信っと」
「千歳、それ本気で言ってるの?」
クロエの視線がじとっと冷たい。
「もちろん本気。うちだし。もうなんでもアリでしょ?」
千歳がピースを決めた直後――
ガラガラガラッ!!!
重たい鉄扉が音を立てて開き、冷気と共に“何か”が入ってきた。いや、くぐってきた。
「おれが、サンタだ」
――と、その声が言った。
全員、固まる。
そこにいたのは、2メートルを優に超える巨体の男。
全身、筋肉の塊。肩には毛皮も何もなし、ただただ裸の上半身と、腰に巻かれた粗末な布。
「え、服、着てない……冬なのに!」
「っていうか……でっか!!!」
「セラスより大きいじゃん!」
「配達なら任せろ。俺に運べぬものはない」
ショージと名乗ったその男は、部屋の隅にあったボロボロのソファに目をつけると、――
ひょい。
持ち上げ、そのままスタスタと階段を下りていった。
「……サンタ、ちょっと違う……よね……?」
佳苗の声が震えていた。
──その直後。
「ぎゃああああああああああ!!!!」
一階の食堂から、女たちの悲鳴が響く。
千歳たちが急いで駆けつけると、光景は壮絶だった。
ふかふかのソファに満足げに腰かける“裸の巨人ショージ”。
その周りには、震えながら床に座り込むエルファと、20人のダークエルフスタッフ。
「……な、なに……あれ……」
「ソファ担いで、笑って……こっち来た……!」
「笑顔がこわい……無表情よりこわい……!」
「まぁ、そりゃびびるよね」
千歳が冷静に現実を受け止めた。
そこへ、セラスも静かに到着。
ショージの隣に立つと、威圧感が倍増。
「やめて! 二人並ばないで!」
エルファが半泣きで叫んだ。
「……とりあえず」
千歳が両手を広げた。
「服を着ようか、ショージさん」
「服……?」
「そうなのです!」と佳苗が声を張る。
「サンタさんは、赤いもこもこコートを着て、白い帽子をかぶってるのです!」
「……着るもの、大事」
レミットもぽそりと頷いた。
「じゃあ、用意しましょうなのです~!」
佳苗がキラキラしながら布地の棚に走るも――
「わっ、いたっ……! す、滑ったのですぅ……」
転倒。華麗に。
「……じゃあ、私が」
キリがすっと浮きながら前へ出る。
「アルケミーで即席サンタコーデ、作ってみました」
手には赤くふわふわした特大コートと帽子。金の刺繍まで入っている。
「特注……ですね……」
クロエがぼそっと突っ込む。
ショージが興味深そうに手に取ると、もこもこのコートを羽織って、ぽすっと帽子をかぶる。
――うん。ちょっとサンタっぽい。
見た目は“山の聖獣サンタVer.”だが、裸よりは圧倒的にマシ。
「ほう……あたたかい。ふわふわだ」
ショージは満足げに頷いた。
ダークエルフたちも、徐々に落ち着きを取り戻す。
「……服、偉大……」
「さすがアルケミー製……」
「さて」
千歳が手をパンと叩く。
「これでサンタ業務を受けて大儲けと思ったけど、無理だよね!」
「確かにピンポーン→俺がサンタだ→ぎゃあ→おまわりさん。あの人ですって通報パターンは避けられないのです」
佳苗も困った顔をしているが、
「そんなことはない」
自身ありげに胸を張るショージ。
「え?」
「ぎゃあ。おまわりさん、あの人ですと叫ぶ無礼な奴を捻り潰せばいい」
「本当におまわりさん案件だからダメ!」
ショージは分厚い胸板に手を当てると、ぐっと顎を上げて言った。
「冗談だ。ちゃんと知恵はあるぞ」
「……ほんとに?」
千歳の目が疑いに満ちている。
「お前たちは、サンタというものを、ただの“物運びの人”と思っているようだが」
「え、違うのです?」
佳苗が目をぱちぱちさせる。
ショージは、ポン、とその場に正座した。大男が正座すると床がちょっとミシッと鳴った。
「サンタとは、“時間と空間を超え、指定された場所に贈り物を届ける術”を持つ者だ。伝説の配送士。神託を受けし贈与者。笑顔の裏に地獄のスケジュールと、鉄のルート管理を持つ」
「なんか……語彙だけすごい」
クロエが、じわりと額に手を当てる。
「俺が修めしは、“七次元配送術・トナカイ行”だ」
胸をどん、と叩くショージ。
「なにそれ怖い」
千歳がぼそっとつぶやく。
「お、おぉぉ……なんかちょっとかっこいい響き……」
佳苗の目がキラキラしている。
「それって……どういう技なの?」
千歳が、半信半疑のまま尋ねると、
ショージは懐から――いや、布の腰巻きのどこにしまっていたのか――
小さな銀色の鈴を取り出した。
「これを鳴らすと、配達先が浮かぶ。届けるべき者、モノ、時。すべてが直感として降りてくる」
「い、今どきの宅配アプリより高性能じゃん!」
「さすが異界……なのです!」
「そして届け終えるまで、俺の動きは誰の目にも映らない」
「は?」
「俺が“本気で配達している時”、世界は俺を見失う。これが『瞬移巡行・聖夜の風』の力だ」
「いやちょっと待って、それ完全にステルス忍者サンタじゃん……」
「……すごい」
レミットがポツリとつぶやいた。
「それなら、ちゃんと“サンタ”できる……?」
「できる」
ショージは短くうなずいた。
「ただし、贈り物の指定と、配送先情報は完璧でなければならない。“良い子”の条件や希望も、はっきりしていなければ、サンタは動けない。心に迷いがあれば、道は閉ざされる」
「……わかってきたわ」
千歳が軽く鼻をならした。
「ただの筋肉じゃない。あんた、筋肉と共に“プロ意識”も持ってるんだね」
「俺は、“届けること”しかできない。だが、それだけは、誰にも負けない」
少しだけ――本当に少しだけ、場が静かになる。
そして、
「すごいのです……本物のサンタ、見つけてしまったかもしれないのです~!」
佳苗が目をうるうるさせて叫んだ。
「それじゃ、やることは一つね!」
千歳がぐっと指を立てる。
「営業用のパンフレットに載せるための、サンタっぽい記念撮影よ!」
「お任せくださいなのです~♡ 衣装、照明、小道具、演出、ぜ~んぶそろえてあげます♡」
佳苗がピョンと立ち上がった。
「ダークエルフの皆さんも! 手伝ってくださいね! “無表情でも笑顔が怖くない写真の撮り方”を研究するのです!」
「わ、わかりました……」
「無表情でも怖くない笑顔って……存在するんでしょうか……」
「存在してほしいわ……」
こうして、
ピコリーナ・カンパニーは年末商戦に向け――
まさかの“サンタ業務本格展開”に乗り出すのだった。
「プレゼントの仕分け、完了しました~♡」
佳苗がホワイトボードの前に立ち、ハート形の付箋がびっしり貼られた“配達希望リスト”をドヤ顔で掲げる。
「見てください、この要望の数! さすがに〝子どもたち”相手だけあって、クオリティが高いのです~!」
「ほんとにこれ子ども向けなの……?」
クロエが眉をひそめる。
リストにはこんなものが並んでいた。
• 殺人クマのぬいぐるみ
• 羽の生えたかまぼこ
• 会話をする和風人形
• 埴輪
「こわっ」
千歳が真顔でツッコむ。
その間、ショージは――
サンタコートを翻し、ソリ(代わりにヨモツの埴輪が引く)に荷物を積み込みながら、静かに身支度を整えていた。
「よし、準備は整った。あとは……笑顔の練習だな」
「それが一番の課題!」
千歳が即答する。
「ぎゃあ!って言われない“やわらかい表情”を作ってみて!」
ショージは黙って立ち上がると、眉毛をグッと下げ、口角をゆるやかに上げる。
――にゅわっ……
「やめて! 顔の筋肉だけで威圧感出るタイプだこれ!」
「やさしく笑ってるはずなのに、ヒグマが“こっちに気づいた”感あるのです……」
「むぅ……難しい」
「じゃあ、“届け終えたときに笑う”方向で! いきなり来て笑ってるより、その方がマシだよね?」
千歳が必死に調整を図る。
「なるほど……納品完了笑顔か。よし、やってみよう」
その夜。
ショージは、初の“現代のサンタ業務”に出発した。
空に浮かぶ満月の下、赤いコートをなびかせ、埴輪ソリがゆっくりとビルを飛び立つ――
「いってらっしゃ~い♡」
佳苗が手を振り、
「おまわりさんに捕まらないでねー!」
千歳が叫び、
「……お気をつけて」
キリが静かに見送る。
――数時間後。
バンッと音を立てて、鉄扉が開いた。
「……戻った」
ショージがゆっくりと中に入り、肩にかけたソリの縄をほどく。
「完了、完璧だ」
「ほんとに全部配ったの!?」
千歳が思わず立ち上がる。
「配った。……届け終えた時、笑顔を試した。……ぎゃあ、と叫ばれなかった」
「それすごい!!!」
佳苗が飛び跳ねる。
「しかもこれを見ろ」
ショージはポーチから何枚ものお手紙を取り出す。
「ありがとう、サンタさん」「また来てね」「おとうとの声、戻ったよ」など、つたない文字で綴られたメッセージたち。
「……」
しんとした空気。
「……まさか、ピコリーナの仕事で泣かされる日が来るとは思わなかった……」
千歳が、そっと目元を拭った。
「しょ、ショージさん……あなた……本当に……」
「伝説の、配送士……!」
「サンタって……いたのですね……」
クロエですらそっと口元に手を当てる。
「……うむ、だが」
ショージは言った。
「途中で1件、煙突が詰まっていて入れなかった家があった」
「……あるあるなのです」
「いや、だから――一部屋だけ、天井を壊して入った」
「やめてぇぇぇぇぇぇえ!!!」
全員の絶叫が響く。
「……笑顔で納品はしたぞ?」
「だめぇぇぇえええええ!!!!」
こうして、“伝説の配送士ショージ”によるサンタ業務は、ほんの少しの賠償と引き換えに、無事に終了した。
でも、プレゼントを抱きしめて眠る子どもたちの夢の中には、ちゃんと、優しい顔の大男が、そっと立っていたのだった。
…プレゼント配達完了から一夜明けて。
札幌はしんと雪に包まれ、ピコリーナ・カンパニーにも静かな朝がやってきた。
「ふあぁ……あれだけ騒いだあとは、ちょっとさみしく感じるのです~」
佳苗がホットココアを両手で抱えながら、ソファでぐでっとしている。
「まぁ、怪我人ゼロで終わっただけで奇跡でしょ……天井以外は」
クロエが隣で新聞を読みながらつぶやいた。
「ショージさん、ほんとに伝説になったね」
千歳も笑って頷く。
そこへ、受付からレミットが、ひょこっと顔をのぞかせる。
「……荷物、届いてる……“差出人:リィナ様”って……書いてる」
「え? リィナから?」
3人が顔を見合わせる。
巨大なダンボールには紅いリボン。中を開けると――
「……ふつうに怖いんだけど!!」
千歳が叫んだ。
中に入っていたのは……
巨大な、満面の笑みを浮かべたショージの抱き枕。
しかも、赤いもこもこコートを着た“サンタバージョン”。人数分。
「なんの嫌がらせよぉぉぉぉぉぉ!!!」
千歳の絶叫が響き渡る。
「ひ、ひどいのです、ひどいのですぅぅぅぅ!! こっち見てるのですぅぅぅ!!!」
佳苗が抱き枕から這うように逃げていく。
「笑ってるだけなのに、なんでこんな圧があるの……」
クロエは目を伏せながらつぶやいた。
そして、その頃。ビルの屋上にて。
「ふむ、どうじゃったかの。ショージ印の高級抱き枕、我の小遣いで作って贈ったのじゃが」
リィナが、お供えのお団子をつまみながら、満足そうに言った。
「最高の笑顔、最高の肌触り、神の加護つき……完璧じゃろう」
隣にいたレミットは小さくぼそりと呟いた。
「……呪物としても優秀そう……」
――こうして、ピコリーナ・カンパニーの年末は、最悪の“サプライズギフト”で締めくくられた。
めでたし……とは、言いがたい。
(ほんとにおしまい)