年が明けた札幌の空は、透き通るように澄んでいた。
「こたつ……最高なのです……」
佳苗がほわんとしながら、みかんを千歳の口に押し込む。
「おっと、苦しいって。……あぁ~正月って、こうでなきゃなぁ……。今年こそ会社、軌道に乗りますように」
「フリーター時代よりツヤ落ちてる気がするのですけど~?」
「寝正月で肌もたるむわ!」
その頃、近所の小さな神社では、ひっそりと初詣が行われていた。
「……お賽銭箱、こちら……です……」
巫女装束に身を包んだ少女──レミットが、いつものぼそぼそ声で参拝客を誘導していた。
彼女は“呪われた姫巫女”という異名を持ち、見た者の気配を自然に遠ざけてしまう存在だ。なのに、なぜか今、神社の受付に立っている。
「これは業務命令なのじゃ! 巫女なら神社で働くのが筋であろう!」
女神リィナの強権発動である。
「巫女姿、似合ってるよ! やばい! 祀りたくなるレベル!」
巫女マニアの男性がデジカメを連射していたが、ことごとく心霊写真になっていた。
──そんな中、ある異変が起きる。
「え、なんか……参拝したあと、肌のツヤが……?」
「鏡で見たら、明らかに“くすみ”が……これ、前より-1されてない?」
「うそっ……!? 昨日までは潤ってたのに……!」
「お清めどころか、呪われた!? えっ、なにこの神社!?」
口コミは一気に燃え広がった。
「呪われる神社!?」「肌が荒れる!?」「祈願したら逆に乾く!?」
SNSでは「肌呪神社」「賽銭デバフ」などのワードがトレンド入りし、夕方には神社前にテレビ局まで来る騒ぎに。
当のリィナは、自分の力が失われたままであることを思い出していた。
「……あっ、我、まだ神力をほとんど取り戻しておらん……てことは、この神社……“呪いの巫女”の力だけで回っておるのでは……?」
「……そう……です……。この神社には聖なる埴輪の結界がございませんゆえ」
レミットが申し訳なさそうに目を伏せる。
「祈願された分……少しだけ……“呪い”が流れて……肌の生命力を……もっていってしまうみたいです……」
「こらレミットよ、なんとかせい!」
「わたしに……そんな細かい制御力……ないです……」
「呪いで肌が荒れる神社」という唯一無二のブランドが誕生してしまった。
だが、意外なところから客がついた。
「厄落としに、これ最適なのでは?」
「逆に“悪いモノ抜ける”感あるよね」
「肌が1下がったあとにスキンケアすると、効きがすごい!」
「参拝→くすむ→再生の流れで、リバウンド美肌が得られる」
オカルト美容勢がこぞって来訪し、神社はなぜかリピーターで溢れた。
こたつでぬくぬくしていた千歳は、事態を聞いて絶句する。
「……つまり、“呪いでマイナス→再生でプラス”の美肌エコシステムができあがったってこと?」
「まるで業の深い……地獄の美容スパなのです……!」
「うちの社、どこへ向かってるんだ……」
だが女神リィナは、晴れやかな笑みでこう言い放った。
「うむ、良き参拝であった。信仰とは、まず“代償”があってこそ成り立つのじゃ!」
「その代償が肌ってのが、問題なんだよ!!」
──こうして、呪いと美肌がせめぎあう冬の奇祭は、静かに幕を下ろした。
教訓:美容と信仰は、紙一重。