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第35話 女神と魔王と勇者、共闘す

総務部のドアには、こう書かれていた。


《総務部なのです⭐︎》


「……ふざけたプレートだかつて破壊神と呼ばれた神がいた。

その名を口にすれば空が裂け、思い描けば大地が崩れる。

神々すらその存在を畏れ、滅びこそが唯一の“真理”だとされた時代——


だが、その破壊神は、ある少女に滅ぼされた。


理由も、理屈も、武器すら明らかになっていない。

ただひとつ伝わるのは、

**「デコピン一発で消し飛んだ」**という、信じがたい結末だけである。


神々は震えた。

「彼女こそ、本物の破壊神だ」

「真なる“滅び”が、形を持ったのだ……」


そして神話は幕を閉じた。


———現代。


社内の一室。 


薄明るい蛍光灯の下で、ふわふわと小さないびきが響いていた。

鼻提灯をぷくりと膨らませ、椅子の上でくるまって昼寝しているひとりのOL。


その名は——

篠宮佳苗(しのみや かなえ)。

ピコリーナ・カンパニー総務部所属。

現在、絶賛・勤務中(仮眠モード)。


神々が最も恐れ、世界が一度その手に滅ぼされかけた少女は——

今日も社内でゆるく生きているのであった。



ぱちくり⭐︎


匂いに釣られて目を覚ます佳苗。

この匂いはふわふわオムライスなのです!


三階の休憩室へ走る佳苗。


社内の憩いの場である休憩室は、観葉植物とふかふかのソファに囲まれて、どこか別世界のようにゆったりしている。

テレビからは昼ドラの再放送。キッチンの奥からは、ふわっと立ち昇る香ばしい香り。


「この匂いは……ふわふわ、とろとろ、ケチャップ多めの……っ!」


佳苗は、ドアをバーンと開け放つ。


「魔王さーん! オムライスなのですかーー!?」


「む、佳苗か。ちょうど良いところに現れおったな」


そこには——エプロン姿の魔王がいた。

黒と赤のオーラが微かに立ち昇るその背中は、いままさにフライパンを巧みに操っているところ。


「今日の献立は、魔王流・極限とろとろオムライスだ」


「ひゃああああ!! 魔王さん、すごいのです! 魔王がエプロンとか、もうそれだけで写真集が出せるレベルなのです!」


「やめろ、照れるではないか。余の魔力がバターに混じる」


「それ絶対おいしいやつなのです!!」


魔王は最後の一振りで卵をふわっとライスの上に滑らせ、ケチャップで描くは、謎の魔法陣。


完成した一皿は、見るからに神々しい輝きを放っていた。


「できたぞ、特製・滅びのオムライス」


「ぜ、ぜったい滅びたくなるほど美味しいやつなのです……!!」


佳苗は、両手でフォークを握りしめた。


魔王は、静かに皿を差し出す。


「さあ、受け取れ」


「ま、魔王さま……! 佳苗、生まれてきてよかったのですぅ〜〜!」


──オムライス、実食──


「……っ! ふわふわで! やさしい甘さ! ケチャップの酸味がまるで恋のように胸をくすぐるのです……!」


「恋をしたことなどなかろう」


「食べ物への愛は無限なのです!」


魔王は、感心したように頷く。


「ところで、魔王さん」


「なんだ」


「魔王って、どうして料理できるのですか? もっと、こう……ドカーンとかメラメラとか……」


魔王は遠くを見つめ、静かに語った。


「余はな……かつて世界を滅ぼそうとしたとき、気づいたのだ。

**“腹が減っていては世界など滅ぼせぬ”**と」


「ふ、深いのです……!」


「料理は破壊と創造の基本。食材を壊し、構築し、最高のかたちで提供する——

それは、ある意味で魔術にも似た儀式よ」


「なるほど……つまり、ごはんは正義なのです!」


「それは少し違うが……まぁよい。正義も悪も、うまいオムライスの前では無力よ」


「魔王さんって、もしかして……本当はすごいやさしいのです?」


「そうかもしれんな……だが」


「だが?」


「その優しさを破壊で隠しておるだけかもしれん」


「なるほど……つまり、ツンデレなのです!」


「……っ、なんだその分類は」


「魔王さん、デレ多めのツン少なめで、もっとふわとろになると完璧なのです!」


「卵か、余は卵なのか……」


ふたりの会話は、昼下がりの光の中に、ほんのり溶けていった。


佳苗は残りのオムライスを丁寧に平らげると、フォークを置いてひと言。


「ごちそうさまなのです⭐︎ また明日も作ってほしいのです〜〜〜」


そして、満足そうに鼻提灯を膨らませながら——椅子に再びくるまり、午後の仮眠モードに突入した。


魔王は、そっとフォークを片付けながら微笑む。


「……今日も、世界は平和である」




勇者は渋い顔でドアを見つめた。


(いや、油断するな……これは敵の心理撹乱かもしれん)


そう思いながら、勇者は意を決してノック。


返事は、ない。


(……罠か?)


ゆっくりとドアを開けると、そこには——


「すぅ……すぅ……なのですぅ……」


椅子にもたれ、口を開けて爆睡するOL風の女がひとり。


「っっ……! な、なぜこいつがここに!? 見間違いか? 幻覚か? それとも俺、異世界を超えて異次元に!? 」


勇者の精神が混乱する。その刹那——


「なにしてんのよ、勇者」


「ビクゥッッッ!!??」


背後からの不意打ち。飛びのく暇もなく、反射的に構えを取る勇者。


が、そこにいたのは……


「……お前、クロエか! ど、どうやって背後を取った!? 魔力感知も気配遮断も一切引っかからなかったぞ!」


「普通に歩いてきたけど?」


「嘘だッッ!!! そんなことが……いや、まさかこの空間自体が精神操作型の……ッ」


「早く入れっての。始業時間よ」


そう言いながらクロエは爆睡している佳苗に近づき、肩をゆさゆさ。


「ほーら佳苗~。起きなさい。始業時間すぎてるわよ~」


「ん~~~……あと5分寝たいのです~……むにゃむにゃ……」


「ダメ。起きる。お仕事」


「は~いなのです~……」


ぬるっと起きて、ぬるっと椅子に座り、ぬるっとパソコンを立ち上げる佳苗。


(……今のは一体……? なぜ誰も突っ込まない……?)


周囲には何人かの社員がいるが、誰も気にしていない。


これが、日常風景なのか……?


「……よ、よかった……今のところ大きな被害はない……いや、あるにはあるけど……」


そんな勇者の心の声を無視して、佳苗がにっこりと近づく。


「はいこれ~。勇者は営業部クレーム処理班に任命なのです~⭐︎」


「えっ」


差し出されたのは賞状だった。そこには達筆な筆文字でこう書かれている。


『営業部・クレーム処理班 任命書』

勇者 殿

栄誉をもってクレーム地獄に挑むことを命ず。


「えっっ!!?」


「ふふふ、栄光の第一歩なのです~」


「お前に任命権があったのか!? ていうかなんだこの賞状!? 印章が《にゃんこ判》なんだが!?」


「さぁ、これからたくさんクレーム処理、がんばるのです~!」


勇者はぐらりと立ちくらむ感覚を覚えながら、しかし姿勢を正す。


「はいっ!! 全力であたらせていただきます!!」


——その敬礼は、王から叙勲を受けた時と全く同じだった。



数時間後:勇者、疲労困憊


「はぁぁぁ……おかしい……スライムなら100体倒せる俺が、電話一本でHPゼロ……」


休憩室でぶっ倒れる勇者。


だが、そこに誰かが紙コップを差し出した。


「飲め」


「ッ!? 魔王……!!」


立っていたのは、掃除当番中の魔王だった。モップを握っているが、目は全く笑っていない。


「何のつもりだ、魔王。貴様、会社を乗っ取る気か……」


「違う。俺は掃除担当だ。あと時給制だ」


「……俺たち、なんでこんなことに……」


「聞きたいことがあるんだろう?」


勇者は顔を上げた。絞り出すように問う。


「……何故、“破壊神”がいる?」


魔王も静かに応じた。


「余もそれが最も恐ろしい。神すら一撃で粉砕する存在が、ここに“社員として”いる」


「千歳は……知っているのか?」


「知らんらしい。女神リィナ曰く、『てへ⭐︎』だそうだ」


「ふざけてんのか……!? あの女神……!」


「だが……今はそやつも、ただのOLとして過ごしているらしい。自覚があるのかも定かではない」


「……誰も気づいていないのか?」


「誰もだ。知っているのは我らと、女神くらいだ。だが忠告はしておこう」


「忠告?」


魔王は真顔で言い放った。


「喧嘩は……やめておけ。もし“お尻ぺんぺん”などされたら、死ぬぞ」


「……ッ」


勇者は、絶句した。


「“死亡理由:お尻ぺんぺん”。貴様、それが勇者の末路であって良いのか?」


「……末代までの恥だ……ッ!」


その日、勇者は誓った。


——二度と社員をなめない、と。



エンドロール的モノローグ


クレームは今日も届く。


・踊り狂う埴輪

・奇跡が出ない美容液

・脱げないミイラ服


モンスターはもういない。


いるのは、“面倒くさい顧客”と“ノリだけで生きてる社員たち”。


勇者は、剣をマウスに持ち替えた。


これが、

異世界最強の元勇者による——


《クレーム処理という名の戦い》である。


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