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第34話 勇者、再訪す

民から慕われたかつての英雄、勇者エリオス・ライトロード。


その実態は──


「まさかの、予約制……だと……!?」


札幌・大通公園のベンチで、エリオスは震えていた。寒さではない。いや、寒さもある。だが、それ以上に彼を震わせていたのは──


**“予約がないと魔王のもとへ辿り着けない”**という現実。




彼は握りしめていた見学通行証を見つめる。


「どこまで……ふざけてやがる……」




が──


「あっ、これがないと……入れない!」




一瞬破り捨てかけた通行証を、慌てて両手で包みこむ。霜のついた表面を丁寧にぬぐい、シワを指先でのばしていく。


魔王を討つためだ。これもまた、聖なる務め。




だが、使命感に満ちたその心を、現実が冷たく刺した。




「……しまった。俺には……泊まるところがなかった」


札幌の冬の夜。寝袋すらない勇者は、公園のベンチで小さくなる。


民に慕われた英雄、前科一犯。罪状:プリン窃盗。人生、ハードモード。



一方その頃、


すっかり業務を終えたピコリーナ・カンパニー社長室には、千歳、女神リィナ、そして魔王(清掃部。主にトイレ)の三人が集まっていた。




「私、別に人類代表になったわけじゃないんだけどなぁ……」


ぐったりとソファに倒れ込む千歳。片手にはコンビニおでん、もう片方にはホットワイン。


「ふむ、ならば退くか?」


と、カップを両手で持つリィナが問う。銀の髪と女神の気品をまといつつ、膝掛けを三重に重ねて完全に冬モード。


「いや、ここで帰ったら負けた気がする。ていうか、帰っても暖房代出ないし。あと、これ」


千歳が机にバサッと置いたのは一枚の契約書。


「一応契約して欲しいんだよね、あんたら。人外組として」


「どれどれ……」と魔王(地味メガネ)が読み始め──


「な、なんじゃこれは……ッ!!?」


リィナが凍りついた。


『けんかしたらおしりぺんぺんなのです⭐︎』


佳苗に頼んで作ってもらった、“人外向け和解義務契約書”。


ぶりっ子OL佳苗渾身のデザイン入り。ハートとリボンが踊っている。


「ぺ、ぺんぺん……ぺんぺんなのか……?」


「そなた、まことにやらせる気なのか?」


ガクガクと震える魔王と女神。


そんなに怖いか? これ。


「わ、我に異論はない。我は本来平和の女神だからのぅ。よき隣人関係は歓迎するぞ?」


「よ、余も同意する。数百年封印されて……分かったことがある。暇は、つらい。動けぬ。せめて何かやりがいのあることをして過ごす方がマシじゃ……」


魔王の目が曇る。過去の業績は派手だが、現状ただの自宅警備員(封印物件付き)。


「とはいえ……我が魔王であることに変わりはない。悪を為さずとも命を狙われる。それが定め。どうすればよいものか……」


「我の加護が必要か?」


「いや、加護なくてもいい。が、戦いともなればこの大地も無事では済まん。余が何を言おうと、勇者は耳を貸さぬだろう」


「……うん、実際。昼に来たんだよね。勇者が」


千歳が思い出す。今日の昼、受付で揉めていた金髪マントの若者。


「魔王を倒しに来た!」って、正面から言ってた。


「予約なしだったから、レミットが震えながらお引き取り願ったけど」


「あの勇者…はすでに限界能力値を超えておる」


「いや、戦闘力の話じゃなくてさ。ウチのメンツで考えると──」


千歳は指折り数える。


「女神、魔王、四天王、小悪魔、筋肉エルフ、ダークエルフ20人、巫女、幽霊、あと……埴輪」


「ふむ、負けはせぬな。そもそも負けるなんてありえないのじゃが」


「でもね」


千歳が天井を見上げた。


「建物の損害は……確実なんだよね」


「むっ……それは困るな」


「また、住むとこなくなるのが一番きつい」




雪が屋根を叩く音が、静かに響いた。


社長室に、一瞬の沈黙が流れる。



その頃、公園では。


エリオス「これは何の罰ゲームなんだぁぁぁ!」


震える勇者と、震える通行証。





札幌の夜は、静かに、厳しく、更けていく。


だが──とある男の胃袋と足先には、激しい暴風雪が吹き荒れていた。


「…………ッ!」


勇者・エリオスは、ふらふらの足取りで、廃ビルの前にたどり着いた。


そう、ここが──魔王が潜むという異界の拠点。


ピコリーナ・カンパニー。


「くっ……この俺が……空腹と寒さに屈するとは……!」


手には握りしめた通行証。吹雪でシワだらけになっているが、なんとか読める。


そして、彼は……。


ガンガンガン!


玄関ドアを全力で叩いた。


「頼むッ!! 一夜の恩恵を! 俺は勇者、民に慕われ悪を討つ者!」


その時──


玄関のセンサーが反応し、数台の警備用埴輪がガチャガチャと起動した。


「トウジツ ノ エイギョウ ハ シュウリョウ シタノジャ」


「!?」


エリオスはぎょっとした。なぜ埴輪が喋る!? しかも、女神口調だ!


「ま、待ってくれ! せめて暖を──一食の恩だけでも──!」


「イヤジャ カエレ バカモノ」


「頼む! 人類の明日のために! 俺に──カップラーメンをッ!!」


渾身の土下座。氷の上に。


埴輪は少しだけ沈黙し、「ミナデ ソウダン ジャ」と言って一時撤退した。たぶんグループチャットで何かやっている。


……数分後。


玄関の自動ドアがガチャンと開き、


そこに現れたのは──


「……って、何してんのよ。眠いんだけど」


パジャマ姿の千歳だった。


髪ボサボサ、目は半開き。手には湯たんぽ。


「か、あの時の生意気な女……! 再びの邂逅……!」


「うるさい。大声出さないで。起きたじゃない」


「ああ……! この通行証を見てくれ! 予約済みなのだ。だが、俺には行き場が……!」


エリオスは叫びながら未来の通行証を差し出すが、千歳はため息。


「はあ~……わかったわよ、過去のことは水に流す。だから教えて、あんた。今は魔王と戦う気あるの?」


「……!」


勇者は目を伏せた。


「正直、ある……が、飢えて凍えて……そんな余裕はない。今日だけは、命の炎を守りたいのだ」


「だったら条件付き。魔王と争わないこと。ちゃんと契約書にもハンコもらうから」


「仕方がない……今日のところは、その条件を──」


「語尾が偉そうなんだよ!!」


「ひゃんっ!?」


バシィッと千歳のツッコミが勇者の後頭部を直撃。


リィナから受け継いだ「女神ツッコミ」は健在である。


「で、あんたの寝るところだけど」


千歳は意地の悪い笑みを浮かべ、フリースパーカーのポケットから鍵を取り出した。


「ここね。7階の魔王と四天王の5LDK。」


「………………え?」


「いま空いてるのそこしかないし。あんた、**“魔王と争わない”契約書にハンコ押した”**んだから。安心でしょ?」


「えっ……えっ、あの、待って──」


「行ってらっしゃい♡ 夜は長いよ?」




玄関ドアの奥、エレベーターが開く。


そこには、待ち構える**魔王(スリッパ姿)**と、四天王の数人(全員パジャマと夜食持ち)がいた。


「勇者よ。貴様もまた……我らの同居人か……」


「こ、これは……異世界シェアハウス……!?」


こうして、魔王を倒すべく訪れた勇者エリオスは、

魔王のリビングで雑魚寝するという屈辱を味わうのであった──!


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