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第33話 勇者、来襲す

札幌──冬。


空を覆う灰色の雲が、ビルの谷間で冷たい雪をまき散らす。

白い吐息をひとつ、男が吐いた。


鉄の門が、音もなく閉じる。


男──エリオス=ライトロード。 


かつて“勇者”と呼ばれた者は、長い拘留期間を経て、この世界に再び放たれた。




「……終わったな」


彼は振り返らなかった。


この世界に来てから、まともなことなど何一つなかった。


言葉は通じず、文化は異なり、魔法は無効。


そして初めて食べたプリンに魅了され、空腹に負けて──手を出した。


逮捕。拘留。再教育。この世界の理解講座。労働体験。


そして、仮釈放。




「だが……終わってなどいない」




夜、夢の中で聞こえた。


禍々しき魔王の声。


──《封印は、間もなく解ける》




「そうか……ここだったのか」




彼の足は、自然とあるビルへと向かっていた。



札幌駅前。


再開発の目印として放置された、古びたビル。


『近々建て直します!』という貼り紙。


だが、勇者の目はごまかせない。




「この気配……この濁った魔のうねり……魔王、間違いない。いる」


彼は真っすぐにその扉を見据える。




かつてのような仲間はいない。


信頼も、民の声援も、もう届かない。


だが、彼にはまだ使命がある。




「行くぞ……この命にかけて」




ジャケットを整え、髪を撫で、口元を引き結ぶ。


エリオス=ライトロード。


この世界に生きる者として、再び運命を歩むのだ。




そして──




ギュイィィィィン……(音だけ威圧的な自動ドア)




「いらっしゃいませぇ……あっっ!!?」




受付カウンターでお茶を飲んでいたレミットが、まるで幽霊でも見たような顔になる。


彼女は──かつて彼を逮捕した“あの”巫女である。




「お前はッ!!あの時の黒きオーラの巫女ッ!!」




「ち、違いますっ!その話はもう、あの、あの……更生済みですからぁあああ!!」


レミット、テンパりすぎて机の下に隠れる。


背後の棚がカタカタ鳴って、観葉植物が倒れた。




「貴様……なぜこの場所に……! あ、違う、そうじゃない。お前が問題じゃない」


エリオスは額に手を当てて、目を閉じた。


「このビルだ……この中に……魔王がいる!!」




ガララッ。


奥の扉が開く。


「レミット、また観葉植物倒したの~? あー……ってあれ?」


スーツ姿のOL──千歳が顔を出す。


「え、あのプリンの人じゃん」




「違う!今は“買って”る!買ったのだ!」




「えらいねー」




千歳は書類の束をテーブルに置き、受付簿をめくる。


「来訪理由は?」


「魔王討伐だ」




「なるほどね。でも今、勤務中なんで静かにお願いしまーす」


「貴様、正気か?魔王がこの中に──」


「千歳。我は良いことを思いついたぞ! このビルに温泉を作るのじゃ」


奥から風呂桶を持った銀髪の女──リィナが乱入。


「勇者!そなた、また逮捕されたいのか!?神は記憶しておるぞ!?あの『プリン返せ』と全国ネットで泣き叫んだ姿を!」




「違う!!今はもう立ち直ったッッ!」


「ならば静かにせい!ここは職場じゃ!」


「くっ……なぜ魔王が、なぜ魔の者どもが、オフィスで働いているんだ……!?!?」


レミット(机の下)「それ、わたしも最初ビックリしたのですぅ……」


千歳「はい、業務に支障をきたしてますので、魔王討伐は予約制でお願いしまーす」


「予約……?」


「最短で木曜の午後2時、魔王対応の枠あいてます」


「……だがその間に何かあったら……」


リィナ「その場合は社内LINEで報告が流れる。神も監視しておる。たぶん」




千歳「あと、当日応接室対応するけど社員証ない人は立ち入り禁止なんで、はいこれ通行証~。当日のみ使えるから注意してね」


「……討伐に通行証……応接室」




エリオスは一歩、後ずさる。


「やはり……この世界は狂っている……」


千歳「こっちは普通に働いてるだけなんだけどね」


勇者は静かに頭を下げた。


「……お世話になりました」


そして背を向け、敷地から出た。




彼の使命は、変わらない。


だが、この世界では“手続き”が必要なのだ。


「フッ……予約だと……必ず戻ってくるぞ……魔王」



通行証のプリントには、「ピコリーナ・カンパニー 見学者・エリオス様」の文字と笑顔のイラストが描かれていた──

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