「……で、魔王。どうやってこのビルのトイレ掃除をするわけ? なんだかんだで結構あるし、回数も必要よ?」
千歳が問うと、すかさずクロエが身を乗り出した。
「なんという口答えを魔王様に向かって……ッ!」
「落ち着けクロエ。余はかまわん」
魔王はドシンと腰掛け、うやうやしく頷いた。
「この口まで悪い人間の娘は、今は上司だからな。それを決めたのも余だ。口を挟むな」
「……魔王様がそうおっしゃるのであれば。このクロエ、全力でサポートいたしますわ!」
「ならぬ。クロエは営業広報が仕事だ。自分の責務を果たせ」
「ハハッ!」
やってることだけ見ると王政復古の忠誠劇だが、内容はどう見てもトイレ掃除である。
「……あの、ほんとに魔王でいいの?」
千歳が生暖かい目を向けると、魔王はふむと腕を組んで言った。
「千歳とかいったな。胸だけが取り柄の人間の娘よ。円滑に仕事をするため、四天王を呼んでもかまわぬか?」
「呼んでもいいけど、暴れたりしないでしょうね?」
「それはない。……たぶん」
「たぶんて言ったー!!」
とはいえ、背に腹は代えられない。千歳は渋々許可した。
魔王は立ち上がると、床にスッと指を滑らせ、魔法陣を描く。
「──応えよ、我が配下!」
ビカァァァァッ!!
まばゆい光とともに、ド派手な衣装を着た四人の人物が現れる。
「我が四天王が一人、水の魔導士・ミズリー!」
「風の精霊使い・カザミ!」
「火の呪術師・ホムラ!」
「そして……毒と微生物の支配者・クサレ!」
「魔王様! ご復活おめでとうございますッ!」
「ウム。早速だが、やってもらいたいことがある」
「はっ!」
「その千歳とかいう顔面偏差値高めの人間と雇用契約を結べ。任務は──便所掃除だ」
「「「「……は?」」」」
あまりに予想外の指令に、四天王たちは一瞬時が止まったが、すぐにピシィッと敬礼。
「ハッ……雇用契約、承知いたしましたァ!」
「みんなノリいいな!」
千歳は困惑しながらも、魔王に言う。
「いや、でもこんなコスプレ軍団に掃除させたら……トイレ入ったお客さん卒倒するわよ」
「問題ない。こやつらは人間の姿になることなど容易い」
「そういう設定だったの!?」
そして、魔王はすかさず仕事の割り振りを始める。
「ミズリーは、すべての配管の流れを完璧にする。詰まりとは永遠におさらばじゃ」
「了解。水圧三倍モード、実装済みです」
「カザミは、排出後に最適な風を吹かせる。心地よい爽快感を演出せよ」
「任せてください。ローズの香りと共に、微風でお尻をスッと包みます」
「ホムラは便座を温める熱魔法。冷え性対策は重要だ」
「極暖便座モード、起動しましょう。安全設定は10段階あります!」
「そしてクサレ。お前は……」
「殺菌担当であります!除菌率99.999%保証しますッ!」
「……え、ちょっと待って。これ、もしかして一度整備したら、超快適になるのでは?」
千歳がぽつりとつぶやくと、魔王はニヤリと笑った。
「そう。四天王の術式を組み合わせれば、一度の手入れで五日は自動清掃が可能となる」
「五日……すごっ!」
「だが、床や鏡の磨きは人力だ」
「なんでそこだけ!? 魔法でやってよ!」
「それでは“心”がこもらぬ」
「心いらないよ!!」
四天王たちは各階層に散っていき、光の柱がビル内を縦断する。
ミズリーが配管に微笑みかけ、カザミが香りを乗せて風を送り、ホムラが便座に手をかざし、クサレが小瓶をぶちまけるたび、トイレが神殿へと変貌していく。
「──かくして、魔王と四天王による、便所革命が始まったのである……」
「いやナレーション風に言われても困るわよ」
「クロエ。余は完璧な仕事を遂行する。誇りを持て」
「はいっ、魔王様ッ!」
「……だめだこの組織。誰も突っ込まない」
雪まつりの喧騒の陰で、ピコリーナ・カンパニーのトイレは異常進化を遂げた。
こうして、世界一豪華なトイレ清掃部隊が誕生する──!