「──さっぽろ雪まつり、始まりますねっ!」
冬の札幌は、煌びやかな氷像と寒さと、ピコリーナ・カンパニーの社内騒乱で彩られる季節。
「……なんで、うちだけ別ベクトルで忙しいの……?」
社長室のデスクに埋もれるようにうずくまる千歳の指先には、分厚い報告書の束。そしてそこに添えられたひと言。
「『環境衛生上、深刻な問題が発生しております』……って、抽象的すぎるでしょ!!」
何が起きてるのか全然わからない。だが全部署の報告に共通して“問題発生”と記載されている。
つまり──全社規模で何かが起きているのだ。
「なんでこの会社、人数増えたら問題も倍増するの!?」
雪まつり期間中の人手不足を見越して、千歳は各部署に人材を大量投入していた。
だが──。
ジムにはセラス以外に筋肉エルフが五人加入。誰もが異常に胸筋を震わせながら「プロテインは裏切らない」と連呼している。
アパレル部門には何故か幽霊が六人加入。エクトプラズムまみれのショーウィンドウは風情があるが、マニアだけにしか売れない。
生産部にはアンドロイド二十体が導入され、昼夜問わず埴輪を増産している。なお、彼らの埴輪は全て「ヨモツ監修の審美基準」によって再チェックが必要らしい。
「増やして良かったの……これ……?」
「よくなかったのですっ♡」
ハート付きで否定してくる佳苗を無視して、千歳は再び頭を抱える。
これはもう……誰か一人で一括して対応してくれるスーパー人材でもいないと無理だ。
「求人票……出すか……?この問題専門のスーパーエース。つまりエキスパート」
悩む千歳。
「求人票なら、魔王様がぴったりじゃないかしら」
コーヒー片手に現れたのは、黒スーツ(ゴスロリ風)の広報・クロエ。元・小悪魔、今は会社員。
「……魔王?」
「そう。強くて賢くて何でもできる、我らが魔王様! いま地下に封印されてるけど、たぶん元気よ!」
「いやいやいやいやいやいや、魔王はダメでしょ」
「でも、優秀な人材が欲しいんでしょ? 実績もあって、責任感もあるし、封印される程度には有名だし」
「悪名やないかい」
「ちなみに魔王様、求人票読めるから。たぶん、内容次第では自分で出てくると思うわ」
「それほんとだったら絶対ダメでしょ」
千歳が困り果てていると、奥から厳かな声が響く。
「ふむ。魔王か」
部屋の隅で温泉饅頭を食べていた金髪の女神──リィナが頷いた。
「魔王が来たところで何も変わらぬ。我は常に上から目線の女神である。そなたも変わらぬ小娘。クロエも変わらぬ小悪魔。大体、異世界人雇用機会均等法の通知が来た時点で、魔王だけを除外する道理はなかろう」
「なんの均等法!?」
「異次元人材センターからの通達じゃ。魔王でも、バケモノでも、筋肉でも、差別してはならぬ。さぁ、書け、千歳よ」
「軽々しく『書け』って言わないで女神!」
結局、千歳は悩みに悩んで求人票を記入し、異次元人材センターに提出した。
すると──
「なんか……ビルが揺れてない?」
「それ、求人票が刺さった合図ね♡」
ドドン!!
突如、ビル全体が震度6クラスの揺れに見舞われた。
が、外の雪像はまったく無傷。揺れているのはピコリーナ・カンパニーの入る廃ビルだけだ。
「ちょっ……マジで来るの!? 魔王、来ちゃうの!?」
「うふふふふ! 魔王様、降臨よ~~~!!」
⸻
そして、やってきた。
黒いマントを翻し、異様なオーラを纏って、社長室のドアを開けたのは──
「余を呼んだのは貴様か、人間の顔だけ良くて性格が悪い女」
「どこの誰!?」
──顔に落書きされたままの、魔王だった。
「お久しぶりじゃのう、魔王」
「久しいな、女神」
まさかの、敵意ゼロの再会。
リィナと魔王は頷き合い、何事もなかったように横並びになる。
「魔王様~~っっ!」
号泣しながらクロエが飛びつく。
「ウム。良く働いたな、クロエよ。余はこの求人票に感銘を受けて参った。これは戦場に匹敵する地獄ぞ」
「やっぱりヤバいんだ……」
「千歳とやら。余を雇うがよい。その身で後悔せぬよう忠告しておこう」
「ちょ、ちょっと待って! 仕事内容もまだ──!」
「契約内容は把握している。余はこれに応じ、働こう」
「魔王様! そんな、働くことなんてなさらなくても!」
「黙れ、クロエ。これは余とこの性格の悪い人間との契約。ならば余は完璧にこなすまでよ」
「……で、結局さ。仕事内容ってなに?」
──クロエは神妙な顔できくと、千歳は
「トイレ掃除よ」
「……………………」
社長室に、静寂が満ちた。
「え、ちょっと待って、今なんて言った……?」
「わかりやすくいうと便所掃除」
「魔王様に……便所掃除!」
「ふふ……まさか求人票で魔王を呼び出して、トイレ掃除させるとは……」
千歳は思わず天を仰いだ。あらゆる部署が謎の問題を報告していたが、すべての元凶は──
「社員数、客数、急増、倍増によるトイレの劣悪化!!でも自分らはやりたくない!」
そして、今。魔王がそこにいる。
「余は余の役目を果たす。便所の一、二、三階──完璧に浄化してみせよう」
「浄化っていうか、掃除っていうか……もうなんでもいいや……」
魔王が浄化?
札幌雪まつりの喧騒の裏で、魔王がトイレを磨く。
ピコリーナ・カンパニー第三部、ここに開幕──!