目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第3章 会社騒乱(いつも通り)編

第31話 魔王、復活す

「──さっぽろ雪まつり、始まりますねっ!」


冬の札幌は、煌びやかな氷像と寒さと、ピコリーナ・カンパニーの社内騒乱で彩られる季節。


「……なんで、うちだけ別ベクトルで忙しいの……?」


社長室のデスクに埋もれるようにうずくまる千歳の指先には、分厚い報告書の束。そしてそこに添えられたひと言。


「『環境衛生上、深刻な問題が発生しております』……って、抽象的すぎるでしょ!!」


何が起きてるのか全然わからない。だが全部署の報告に共通して“問題発生”と記載されている。


つまり──全社規模で何かが起きているのだ。


「なんでこの会社、人数増えたら問題も倍増するの!?」


雪まつり期間中の人手不足を見越して、千歳は各部署に人材を大量投入していた。


だが──。


ジムにはセラス以外に筋肉エルフが五人加入。誰もが異常に胸筋を震わせながら「プロテインは裏切らない」と連呼している。


アパレル部門には何故か幽霊が六人加入。エクトプラズムまみれのショーウィンドウは風情があるが、マニアだけにしか売れない。


生産部にはアンドロイド二十体が導入され、昼夜問わず埴輪を増産している。なお、彼らの埴輪は全て「ヨモツ監修の審美基準」によって再チェックが必要らしい。


「増やして良かったの……これ……?」


「よくなかったのですっ♡」


ハート付きで否定してくる佳苗を無視して、千歳は再び頭を抱える。


これはもう……誰か一人で一括して対応してくれるスーパー人材でもいないと無理だ。


「求人票……出すか……?この問題専門のスーパーエース。つまりエキスパート」


悩む千歳。


「求人票なら、魔王様がぴったりじゃないかしら」


コーヒー片手に現れたのは、黒スーツ(ゴスロリ風)の広報・クロエ。元・小悪魔、今は会社員。


「……魔王?」


「そう。強くて賢くて何でもできる、我らが魔王様! いま地下に封印されてるけど、たぶん元気よ!」


「いやいやいやいやいやいや、魔王はダメでしょ」


「でも、優秀な人材が欲しいんでしょ? 実績もあって、責任感もあるし、封印される程度には有名だし」


「悪名やないかい」


「ちなみに魔王様、求人票読めるから。たぶん、内容次第では自分で出てくると思うわ」


「それほんとだったら絶対ダメでしょ」


千歳が困り果てていると、奥から厳かな声が響く。


「ふむ。魔王か」


部屋の隅で温泉饅頭を食べていた金髪の女神──リィナが頷いた。


「魔王が来たところで何も変わらぬ。我は常に上から目線の女神である。そなたも変わらぬ小娘。クロエも変わらぬ小悪魔。大体、異世界人雇用機会均等法の通知が来た時点で、魔王だけを除外する道理はなかろう」


「なんの均等法!?」


「異次元人材センターからの通達じゃ。魔王でも、バケモノでも、筋肉でも、差別してはならぬ。さぁ、書け、千歳よ」


「軽々しく『書け』って言わないで女神!」


結局、千歳は悩みに悩んで求人票を記入し、異次元人材センターに提出した。


すると──


「なんか……ビルが揺れてない?」


「それ、求人票が刺さった合図ね♡」


ドドン!!


突如、ビル全体が震度6クラスの揺れに見舞われた。


が、外の雪像はまったく無傷。揺れているのはピコリーナ・カンパニーの入る廃ビルだけだ。


「ちょっ……マジで来るの!? 魔王、来ちゃうの!?」


「うふふふふ! 魔王様、降臨よ~~~!!」



そして、やってきた。


黒いマントを翻し、異様なオーラを纏って、社長室のドアを開けたのは──


「余を呼んだのは貴様か、人間の顔だけ良くて性格が悪い女」


「どこの誰!?」


──顔に落書きされたままの、魔王だった。


「お久しぶりじゃのう、魔王」


「久しいな、女神」


まさかの、敵意ゼロの再会。


リィナと魔王は頷き合い、何事もなかったように横並びになる。


「魔王様~~っっ!」


号泣しながらクロエが飛びつく。


「ウム。良く働いたな、クロエよ。余はこの求人票に感銘を受けて参った。これは戦場に匹敵する地獄ぞ」


「やっぱりヤバいんだ……」


「千歳とやら。余を雇うがよい。その身で後悔せぬよう忠告しておこう」


「ちょ、ちょっと待って! 仕事内容もまだ──!」


「契約内容は把握している。余はこれに応じ、働こう」


「魔王様! そんな、働くことなんてなさらなくても!」


「黙れ、クロエ。これは余とこの性格の悪い人間との契約。ならば余は完璧にこなすまでよ」


「……で、結局さ。仕事内容ってなに?」


──クロエは神妙な顔できくと、千歳は


「トイレ掃除よ」


「……………………」


社長室に、静寂が満ちた。


「え、ちょっと待って、今なんて言った……?」


「わかりやすくいうと便所掃除」


「魔王様に……便所掃除!」


「ふふ……まさか求人票で魔王を呼び出して、トイレ掃除させるとは……」


千歳は思わず天を仰いだ。あらゆる部署が謎の問題を報告していたが、すべての元凶は──


「社員数、客数、急増、倍増によるトイレの劣悪化!!でも自分らはやりたくない!」


そして、今。魔王がそこにいる。


「余は余の役目を果たす。便所の一、二、三階──完璧に浄化してみせよう」


「浄化っていうか、掃除っていうか……もうなんでもいいや……」


魔王が浄化?


札幌雪まつりの喧騒の裏で、魔王がトイレを磨く。


ピコリーナ・カンパニー第三部、ここに開幕──!


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?