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第30話 クロエの地下調査

「よし、全員出かけたわね」


ピコリーナ・カンパニー社屋、地下通路への重い扉が静かに開く。


休日の朝、社内はしんと静まり返っている。


いや、静まり返っているどころか、あのダークエルフたちの嬌声も、ぶりっ子OLの鼻にかかった声も、聖女霊の無言圧もない。


いつもは神や幽霊やエルフで大賑わいの本社が、今日はまるで人類が滅んだ世界のように無音。


理由はただ一つ。温泉旅行で全員出払った。


「このチャンスを逃すわけにはいかない…!」


スーツの上に動きやすい作業ジャケットを羽織ったクロエは、OL的に計画的な行動力を発揮して地下へと足を踏み入れた。今日この日、彼女が挑むのはピコリーナ社屋地下の禁断の封印区画。かつて仕えていた主、魔王様が封印されている場所だ。


「……ふふ、リィナの奴、ちょっと会社勤めしたからっていい気になってるけど、封印ひとつに私が負けると思ったら大間違いよ」


にやり、と唇を歪ませながらも、慎重に地下の通路を進む。


「さーて、調査開始っと。封印の解読、罠の解除、障害物の排除。今日はきっちり終わらせるわよ。できる女ってのはね、出社してから朝イチで一仕事終わらせるもんなの」


しかしその自信は、すぐに打ち砕かれることになる。



「……はあ!?」


通路の先、いきなり現れたのは――逆さ吊りになったハリボテのドラゴンだった。鼻からはシャボン玉、尻尾の先はタンバリン、そして口からは「うぉぉおぉ!誰だ我を起こしたのはあああ!」と、明らかに録音音声。


「なにこれ!?罠!?……いや違う、ただの悪ノリ……!!」


本物の封印区画までの道は、意味不明なアホ罠のオンパレードだった。


・踏むとクラッカーが鳴る床タイル

・ミストサウナのように霧が出る部屋(中からはリィナの「働かぬ者、温泉に行くべからず」という音声がループ再生)

・なぜか途中にある試着室(中には巫女服とバニー服と埴輪スーツ)

・「クロエの顔がブスに見える魔鏡」(ネロ作)


「……私がこんな茶番に屈するとでも思った?」


正直ちょっと心折れそうだったが、クロエはなんとか前へ進む。途中、「封印に近づく者、まずは心を清めよ」と書かれた石碑を発見するも、清める手段は水道の蛇口しかなかった。しかも冷水のみ。冬なのに。


「くっ……冷たッッ!!くそリィナ……ッ!」


誰がこんな罠を仕掛けたのか――聞くまでもない。あのアホ女神しかいない。ピコリーナ・カンパニーの現女神。無駄に威厳だけはあるリィナ。



そしてついにたどり着いた、地下最奥部。


その中央に――封印されし魔王の棺があった。


「……やっと来た……!」


クロエの目が輝く。棺の周囲には魔法陣が七重に張られ、封印の波動はびりびりと肌を刺す。これはただの封印じゃない。結界・封呪・時封・時空転移防止・人格干渉結界・乙女心封印術・二日酔い予防結界……


「えぇええ!? なにこの意味不明な組み合わせ!? どこで覚えたのよこんな魔術!!」


そして極めつけに、魔王の棺の上には一枚の張り紙。


まるでキョンシーのように、ででんと魔王の額に貼られていた。



《クロエへ》


我が封印の間に来るとは、よほど暇なのであろう。

温泉にも来られぬ者に、封印が解けるはずもない。

働け。以上。


リィナ・ウル・ディヴィーネより



「……ッッッッあああああああのアホ女神!!!」


クロエは叫んだ。思いっきり叫んだ。地下に響き渡る絶叫。


「しかも手紙、まるで私が来るって分かってたみたいに書いてあるしッ!ほんと腹立つ!なんなの!?未来予知!?透視!?センスが悪すぎる!!」


イライラしながら、封印を調査するクロエ。しかし、何重にも重なった封印はあまりに高度で、手出しできる部分がひとつもない。


「……これ、まるで……閉じ込められてるような……?」


そう思った瞬間、クロエの脳裏にふとよぎるアイデア。


「まさか、求人票で出すことは……できない……か?」


その瞬間、遠く離れた温泉地で、あるOLがくしゃみをしていた。



「いや、ないな。うちの求人票って、基本的に“採用”が前提だし」


クロエはすぐに頭を振った。


「魔王様を社内で雇用するって……どんな業務につかせるつもりよ。会議?営業?温泉掃除係? ……いや無理無理無理無理!!!」


結局――


どれだけ調べても、クロエには封印を解除する手段は見つからなかった。


まるで試されているかのような高度な結界。

そして、リィナの挑発めいた手紙。


「はぁ……私、まだまだなのね……」


肩を落としつつも、クロエは一度立ち止まって振り返った。


魔王の棺は、相変わらず静かに、厳かに、しかしどこかユーモラスに鎮座している。


まるで「焦るな」と言われているようだった。



地上に戻る階段を上りながら、クロエはぽつりとつぶやいた。


「ま、今の生活も悪くないし……」


でもその口元には、小さな意地が残っていた。


「次こそは、絶対に、アホ女神を出し抜いてやるんだから!」


クロエの野望は、まだ終わらない。


了解しました。それでは、今のシーンに繋げて、本編の「第二部完結編」の続きとしてバス内の会話パートをコメディタッチかつ不穏さも含めたトーンで執筆します。分量は約2000文字前後で描写し、そのまま次章に繋がる構成にします。



一方その頃。


旅の帰路を進む観光バスの中は、すでに夜の帳に包まれていた。


「……すぅ……むにゃぁ……んふふ、埴輪カフェ……フレンチトースト……」


「きゃぴ~~ん♡ セラスさんと混浴~♡ わたしのラッキーすけべポイントが爆上がりなのですぅ~……」


「…………」(セラスは無表情で寝ている。むしろ目を開けたまま眠っているというホラー状態)


バスの中は疲労と満腹により、社員たちの大半が爆睡。


ヨモツに至っては、自作の「埴輪型ネックピロー」でぐっすり夢の世界だった。


車内の暖房と走行音に揺られながら、空間には緩い眠気と平和が満ちている。


そんな中――


「……起きてるのは、お主だけか。珍しきことじゃな」


千歳は最後列の窓際で、リィナと並んで座っていた。


「んー、なんか……眠れなくて」


「ふむ、旅の余韻というやつか」


千歳は缶の麦茶を口に運びながら、ふと思い出したことをぽつりと尋ねた。


「……そういえばさ。前に言ってたよね、地下に魔王を封印したって」


「言ったな。事実じゃ」


「え、それってつまり今この瞬間も……?」


「うむ、今も地下に封じられておる。たぶん今ごろクロエが、涙目でアホな罠に引っかかっとるじゃろう」


「え、ええぇ……まずくない!? クロエに解かれたりとか……!」


「問題ない。我の封印じゃぞ。魔力的に、クロエと我では桁が五十違う。クロエは鍋、我はダムじゃ」


「……すごいけど例えが家庭的だな……」


「しかもな」


リィナは少し声を潜め、隣の寝息に耳を澄ませながら続けた。


「実はな、あまりに強大すぎて、我自身ももう解けんのじゃ。封印したはいいが、鍵をどこに置いたか忘れた、みたいなものじゃな」


「ダメじゃん!? 管理できてない神って何!? 業務怠慢でしょそれ!」


「安心せい。その代わり、封印に反応できる者がひとりだけおる」


「え、誰?」


リィナは静かに千歳を見た。


「お主じゃ、千歳」


「……私!?」


「そう。我の力の外側にあり、かつ“人間”であり、“異界と契約可能”であり、“求人票にあらゆる存在を登録できる者”。封印を“解く”可能性があるのは……お主だけじゃ」


「……」


「ふむ、驚いたか」


「……いや、驚いたけど、もっと驚いたのは――」


千歳はゆっくりと後部座席の一点を指差した。


「ねえ、リィナ。なんでさっきから、佳苗のことずっと見てるの?」


リィナの視線は、前方の通路をはさんだ向こうの席。すやすやと寝息を立てている佳苗を、何とも言えぬ顔で――冷たく、鋭く、睨みつけていた。


「……この娘じゃ」


「え?」


「我にとって――魔王より恐ろしいのは、この娘じゃ」


「……え? え?」


千歳はあわてて首を傾げた。


「なんで!? 佳苗だよ? あの、埴輪カフェとか混浴とか変な夢見てる佳苗だよ!? 魔王より上なの!?」


「うむ」


「なんで!?」


「それは……いずれ分かる」


「なんでだよぉぉおおお!!」と千歳が心の中で叫んだその時、


「……んにゃ? 千歳ちゃ~ん? ふぇへ……どこ見てるのですぅ~?」


佳苗が夢の中からふにゃっと顔を起こした。


「こ、こっち見んな寝てろ!今お前がいちばん怖いって言われたとこだよ!!」


「ひどいのですぅ~~!?」



地下通路・その頃


「……へ、へっくしゅん!!」


クロエが地下通路で大きなくしゃみをした。


「誰よ!? こんなときに私の噂してんの!?まさか千歳!? あの女神と井戸端会議してた!?あのやろう……!」


それでもクロエの指は、魔王の封印陣をなぞっていた。


僅かに、ほんの僅かに、魔力の軌跡が揺らいでいる。


「……もうすぐよ、魔王様」


その目は、本当に嬉しそうだった。


あとは千歳に求人票を書かせれば!



第二部 完


クロエ「ここで!?」


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