目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第29話 干し柿爆発!? ピコリーナ温泉珍道中 後編

露天風呂の騒動がようやく収束し、宿に静けさが戻ったのは、すでに夜も更けた頃だった。


「さあ~~、寝ましょ寝ましょっ♡」


佳苗がパジャマに着替えて、お布団に飛び込む。


「ふかふかなのです~♡ そして当然のごとく女子部屋♡ そして当然のようにイケメンは隣の部屋♡」


「こっちの布団にナチュラルに入ろうとするのやめて」


千歳が佳苗を蹴り戻しつつ、自分の枕を整える。


「じゃあ女子組、点呼いくわよー! 千歳!」


「いる」


「佳苗!」


「いるのです~♡」


「レミット!」


「い、い、い、いまーす……っ(震)」


「キリ!」


「…………」(ふよふよと浮いてる)


「リィナ!」


「我はこの空間の守護神なり。霊的バリアも完了したぞ」


「いや、リィナさんの分の布団、なんか玉座っぽいの持ち込まれてるけど!?」


「神だからな」


「誰がそれを設置したんだ……」



一方、男子部屋。


「……zzz」


ショージは寝袋に包まれ、柱の陰で早々に就寝。


「ショージくん、どこでも眠れるタイプなんですね……」


ネロがそっとメモを取る。


「……zzz」


そして、セラスも、毛布一枚で壁に寄りかかったまま静かに眠っている。


「セラスさん寝るの早っ!? しかも枕無しで立ったまま微睡んでるって仙人か何か!?」



そのとき──ダークエルフ部屋から、ひそひそ声が聞こえてきた。


「作戦、実行?」


「作戦・夜這い大作戦、開始でーす♡」


「いやいやいや、開始しないで!?」


ネロが部屋を飛び出そうとするが、布団に足を取られて転ぶ。


「がっ……! この布団、どこから持ってきた!?」


そこには埴輪型の抱き枕がぎっしり並べられていた。


「ヨモツのせいだよ!」



──女子部屋、深夜2:00。


「……眠れません……」


「寝て」


レミットがもぞもぞと寝返りを打つ。


「だって……壁の隙間から、黒い手が……」


「それ、キリさんの霊体」


「だが安心せよ。我の結界により悪霊は入れぬ」

リィナが神々しく光を発しながら、布団で正座していた。


「リィナさん、寝る気ゼロじゃない!?」



──男子部屋、深夜2:17。


「ふふふ、あの夜の夢を……!」


ダークエルフの1人がそろりと男子部屋に忍び込む。


「まずは……寝てるセラスさまの筋肉に……ふれ……♡」


ガシッ。


「い゛だァッ!!?」


セラスの寝ている姿勢から発動された**防御反射スキル【硬直鉄壁】**が炸裂し、ダークエルフごと吹き飛ぶ。


「なんで寝ながらパリィできんの!?」



──翌朝、5:30。


「…………」


キリが空中を浮遊しながら、部屋の掃除をしていた。


「……ホコリ……」


「キリさん、寝てた?」


「……霊は……寝ない……」



6:00。


廊下には、焼き芋泥棒を捕まえる罠として張り巡らされた埴輪トラップが並び、

ヨモツは一人で「フムフム、埴輪警備……ヨシ……」と頷いていた。


「これ、誰も寝れないやつでは……?」



朝日が差し込む頃、皆の寝不足とぐちゃぐちゃな布団の中で、リィナが高らかに宣言した。


「良き夜であったな!」


「いや、一睡もできてないよ!」


朝の光が差し込む頃。


寝不足顔の一行は、ふらふらと大広間に集まっていた。


「お、おはようございます……。ね、寝たような……寝てないような……」


レミットは目の下にクマを浮かべて、湯飲み茶碗を抱えている。


「さ、ささ、さっそくお雑煮を作りますね……!」


エルファはやたら気合いが入っている。前掛けまでしている。


「正月の朝は……やっぱりこれよねっ♡」

佳苗が、おせちの黒豆をつまみながらウインクする。


「どこから持ってきたの、それ……?」


千歳が静かに指摘するが、もう口に含んでしまった佳苗は笑って誤魔化す。


「だってこの旅館、謎の冷蔵庫が二十個くらいあるのです♡」


「それぜったいヨモツの……」



「というわけで、ピコリーナカンパニー社員総出で朝食の支度だッ!!」


と謎の号令をかけたのは、まさかのネロ。


「なぜ料理経験ゼロのおまえが……!」


千歳がツッコミを入れると、ネロは得意げにメモを見せた。


「『錬金術的調理法の実践:湯気の味を可視化する試み』という実験をしたくて……!」


「科学で飯を作るなァ!!」



一方、厨房。


エルファがエプロン姿で神々しく包丁をふるっていた。


「さあ、下ごしらえ完了。鰹節は神域の風で削り、昆布は異次元水で戻す……。そしてこれを神の出汁と名付ける」


「命名が大げさなんよ」


そこへ、ヨモツが土器を持って乱入。


「ワシの土器で蒸せば、何でも旨くなる!」


「それただの蒸し器じゃないの!?」



その頃、レストランホールでは──


「わー! バイキング形式にしてみたのです~♡」


佳苗とダークエルフ20人が、どこからか持ち込んだ回転寿司コンベアの上に「おせち」を並べはじめていた。


「なんで数の子が回ってくるの!? あとその寿司ロボどこから調達したの!?」


「ショージくん、持ってきてくれたのです~♡」


ショージは巨大な保冷バッグを抱えていたが、何も言わず、ただ親指を立てていた。


「(ぐっ……ありがとうショージ……)」



一方、セラスは隅でプロテイン入り雑煮を黙々と作っていた。

湯気の中、彼だけ別のジムの気配が漂う。


「……たんぱく質、摂取完了……」


「誰も頼んでないけど異様に完成度高いな!?」



さあ、いよいよ全員揃っての朝食タイム!


「よ~し、それじゃあ正月らしく──」

千歳が号令をかけようとした、その時!


「ズバァァァァン!!」


旅館の床が突然抜けた!


「ぎゃああああああ!?!?」


一番下に落ちたのはネロ。


「なにこのフロア!!?」


下には「謎の隠し地下温室」が広がっていた。


しかも、なぜか埴輪の苗が大量に植えられている。


「こ、ここは……!? 埴輪畑!? お雑煮のための野菜が全部埴輪から収穫されてるの!?」


「うん、ヨモツの自作自演だよ」



混乱に満ちた朝ごはんタイム。


リィナは神々しくお雑煮を掲げ、


「さあ、我が神粥を食すがよい!!」と演説。


一口食べたレミットが小声で「うす……い……」とつぶやいたのは聞こえなかったことにされる。



こうして、朝食が終わる頃には、コンベアの寿司は全て消え、ヨモツの蒸し器からはなぜか「甘酒味の湯気」が立ちのぼり、セラスのプロテイン雑煮は鍋ごと完食され、

ネロは地下温室で迷子になり、キリは霊的に朝陽と同化して消えかけていた。


「……朝から、やかましすぎない?」


千歳のツッコミが空に吸い込まれていく。


「……で、朝からあんなに騒いで、まだ午前10時」


千歳はロビーのソファに座って、目の前の混沌を遠い目で眺めていた。


ロビーのあちこちでは、ダークエルフたちが「お土産ランキングベスト3」を勝手に発表しはじめ、


「この干し柿が女神の味~♡」と佳苗が騒ぎ、レミットは一人だけ「厄除け縁起飴」を10袋買って後悔していた。


「ち、違うんです……なんか、視線が怖くて、断れなくて……」


「それ、誰から買ったの?」


「よ、ヨモツさんが埴輪姿で屋台やってて……」


ロビーの奥を見やると、確かに埴輪屋台ができていた。しかもネロが売り子で、


「どうです!? この“しゃべる埴輪キーホルダー”、振ると『ウホッ』って鳴りますよ!」


「誰得ッ!?」



チェックアウトの準備中──


「じゃあみんな、部屋の荷物はまとめたね?」


千歳の呼びかけに対して、


「準備オーライなのです♡」


と、佳苗がスーツケースをドン!と床に置いた瞬間──


ボンッ!!


スーツケースが爆発した。


「ぎゃああああああああああああああああああ!?」


「ま、また! また焼き芋か!?」


「……いいえ。今度は、干し柿です」


キリがすっと指さす。開いたスーツケースからは、大量の干し柿が舞い、床に一面の干し柿の絨毯が出現した。



「はい、ちょっとストップ!!!」

千歳が叫ぶ。


「このままだと! 一生ここから出られないからッ!! 今から順番に! 一列に並んでチェックアウトします!」


「ちぇっ、つまんないのです~」


「ヨモツ、屋台撤収して!」


「ぐぬぬ……もうちょっとで“おみくじ付き埴輪チョコ”が売れそうだったのに!」


「それ絶対食品じゃないでしょ!」



チェックアウトカウンターに行列ができる中、ショージが黙々と全員の荷物を運んでいた。


「……しょ、ショージ。いつもありがとう……!」


ネロが涙ぐむと、ショージは照れたように首をかしげ、


「……どいたま」と一言だけつぶやいた。


「(喋った!? ショージが喋った!?)」

全員が一瞬フリーズ。


だがすぐに、埴輪型の荷物が崩れ──


ゴロゴロゴロゴロゴロッ……


「きゃーーーっ!? 埴輪ローリングが止まらないのです~!!」


佳苗が追いかける。セラスが一言、「スクワットで止める」と呟いて踏み込む。


ドンッ!!


完璧に止めた。


「な、なにその無駄な筋力!?」



チェックアウトを終えた一行は、旅館の前で最後の記念撮影へ。


「それじゃあ、全員集まってー! ショージ、シャッターお願い!」


ショージはうなずき、巨大な指でスマホを器用に操作。

30人超、全員ぎゅうぎゅうに並んだ。


「ハイ、ピコリーナっ!」


パシャ!


──撮れた写真は、なぜか後方で爆発する焼き芋スーツケースと、


**空中でくるくる回る“干し柿入り埴輪”**がバッチリ写ったものだった。



千歳は写真を見ながら、ため息をついた。


「……これ、一生の思い出になるな……」


「間違いなくね」 


リィナが神々しく頷いた。


「我が神生の中でも、上位五位に入る混沌だった」



こうして、ピコリーナ・カンパニーの一泊二日の温泉旅行は──


トラブルに次ぐトラブル、爆発に次ぐ爆発を経て、全員無事(?)に帰路についたのであった。


次の日の出勤、千歳は静かに言った。


「絶対、もう、温泉旅行しない……」


「……来年もまた行きたいのです~♡」


「もう言ってるーッ!!?」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?