札幌駅前の、ひっそりとした廃ビル。
「ピコリーナ・カンパニー」は、今日もそこにある。
オフィスの看板には会社名の下に、妙に多い部門名が並ぶ。
「総務部/人事部/開発部/掃除(魔王管轄)/受付(呪い対応)ほか」
普通の会社ではまず見かけない構成。
けれどここでは、それが“普通”だった。
「……さて、今日の依頼は……と」
就活全敗の末、女神にスカウトされてできたこの会社の代表である千歳は先日から依頼を受けることにした。少しでも利益を上げたいからだ。
「これは……北海道の商店街? “プリン屋が潰れそう”って……えっ?」
千歳は思わず二度見する。
届いた依頼書にはこう書いてあった。
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■依頼内容
『うちのプリン屋、誰も来なくなったの。どうしたらいいの?』
■場所
札幌市内某所・○○商店街
■依頼主
“プリン屋のばーさん”
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「な、なんだろうこのざっくり感……」
千歳は思わず周囲を見回す。
総務部の佳苗(ぶりっ子)、受付のレミット(呪われた姫巫女)、掃除部門の魔王……今日も多国籍かつ多次元的な社員たちが、思い思いに業務をこなしていた。
「ま、いっか。たまには地元支援もアリかも」
千歳は受信した求人票をポンと卓上に置き、口元を緩める。
「……プリン、好きだし」
そして、彼女は小さく叫ぶ。
「リィナいるんでしょ?」
「無論じゃ。我は仕事をしたら負けじゃと思ってるからのぅ」
ニートかよ。
「聞こえておるぞ、人の子よ!」
「だが我、女神にして司会進行役、イベントの女王リィナ! プリン屋の仕事など朝飯前だ!」
あ、声でかい!
「うふふっ、佳苗もついていくのです~♡甘いものは、破壊したくなるほど好きなのです~♡」
「プリンか……かつて、冥府に届けたこともあったのぅ……」
聞こえていたのか、佳苗や魔王が入ってきた。
「いやそれ、誰に需要が……」
そうこうしているうちに、あっという間に出張チームが編成された。
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こうして――
「潰れそうなプリン屋を救う」プロジェクトが、ゆるく、しかし確かに動き出した。
札幌市某所、古びたシャッター街。
かつて活気に溢れたこの商店街も、今では半数以上が空き店舗となっていた。
そんな中、ひときわ年季の入った看板が掲げられている。
『まるやプリン本舗』
出張チーム――千歳、リィナ、佳苗、魔王の4名が、看板を見上げる。
「うわぁ……なんていうか、“昭和”って感じだね」
「ふむ。これは……神器ではないのか?」
「いや、ただのネオンサインなのです~♡」
入り口のベルを鳴らすと、奥からゆっくりと人影が現れた。
細身の小さな体、ゆっくりした歩み。白髪の老婆である。
「……あら、あなたたちが……ピコリーナさん?」
「はい! 『ピコリーナ・カンパニー』です。依頼を見て来ました」
「うふふっ♡プリンと聞いて、つい来ちゃったのです~♡」
「我はリィナ、万象を司る女神にして、プリンはバニラ派」
「我は魔王。便所掃除は得意だ」
老婆は目をぱちくりさせた後、ふわりと笑った。
「にぎやかでいいねぇ。ほんとに、来てくれたんだねぇ」
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奥の座敷に通され、茶を飲みながら事情を聞く。
店主・まるやのおばあちゃんによれば、ここ数年で客足は激減。
スーパーやコンビニのスイーツに押され、若者は寄りつかなくなった。
「でもね、わたしのプリン、ぜったい負けてないのよ」
老婆は誇らしげに言った。
「卵は地元農場、牛乳は低温殺菌。バニラは昔ながらのビーンズ。味だけは、ずっと守ってきたの」
「……なるほど。魂のプリン、というわけだな」
魔王が珍しく真顔になる。
「これは……女神の判断であっても、美味なる予感がするのぅ」
リィナがすでに金のスプーンを構えている。
「まずは試食なのです~♡」
「いや、話を聞いてからにしよ?」
千歳がスプーンを制しつつ、考える。
(どうしたら、ここに人を呼べるか……)
イベント。話題性。SNS映え。
千歳はふと、佳苗を見る。
「佳苗、バズらせる企画って何かある?」
「ないのです!」
「あれよ。魔王、なんかない?」
「灼熱地獄のプリン祭りなんかどうだ?」
「地獄ってつける必要ある? てか何よそれ」
「焼きプリンを燃やす祭りだ」
「いやダメだって!さらに焼いちゃダメ!」
千歳は両手で頭を抱える。
リィナはふむと頷いて、立ち上がる。
「よし。ではこれより、我が司会を務める**“復活!まるやプリンフェスタ”**を開催する」
「え、もう開催決定なの?」
「今決めた」
女神による、超即決である。
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翌日から、店の前に特設ブースが設置される。
リィナが神の声で呼び込みを始めると、通行人がふらふらと吸い寄せられてくる。
「ようこそ、至高の甘味へ! 魂が震えるプリンを今ここにッ!」
「ま、まさか神の言葉で客を引き寄せてるのでは……?」
「佳苗、チラシ配布してくるのです。こない者は地獄の業火に焼かれよって言っておくのです」
「だからその“地獄”やめてって言ってるだろ てか怖い!」
千歳の突っ込みも空しく、イベントは異常な熱気で幕を開けた。
リィナがマイクで盛り上げる中、千歳が裏でスマホを確認している。
「……ん? 本日のプリン、お祭りセール価格で通常の20倍の値段にしておいた?」
佳苗がぶりっ子笑顔でニヤリ。
「えへへ~♡ みんな甘いものには弱いのです~♡」
魔王が眉をひそめてぽつり。
「20倍……つまり、プリン一個で村一軒買えるレベルか?」
リィナは輝く笑顔で。
「高額だからこそ、価値は倍増! これぞ女神の戦略、神聖価格じゃ!」
通行人のサラリーマンが価格表示を見て、固まる。
「え、これ一個5,000円!? プリンなのに!?」
佳苗は追い打ちをかけるように。
「でも甘いから仕方ないのです~♡ 人生の贅沢はプリンからなのです~♡」
客の一人が財布を見つめながらポツリ。
「財布の紐が爆発しそうだ…」
千歳が小声で。
「これ、セールって言っていいのかな…?」
リィナは誇らしげに胸を張って。
「値段の話は甘味の神秘の闇に葬ろうぞ!」
そしてその場に爆笑が起き、奇妙に和やかな雰囲気でプリン祭りは進んでいった
その高額プリンが飛ぶように売れる……かと思いきや、客たちの反応はまちまちだった。
「あの……このプリン、本当に美味しいんですか?」
若い女性が怪訝そうに尋ねる。
佳苗がにこやかに答える。
「もちろんなのです~♡ 破壊的に甘くて、もう幸せ爆発なのです~♡」
「破壊的に甘いってなんだよ!」
千歳が思わずツッコむ。
一方、隣で魔王がコソコソとリィナに話しかける。
「甘いのは認めるが、客の財布のダメージも破壊的だな……。さすが破壊神」
しかしリィナが大声で。
「甘味の神秘は、時に残酷! されどプリンは我らの魂!」
そんな中、店主のまるやばあちゃんが小さく笑いながら言った。
「みんな、ありがとうねぇ……こんなに大騒ぎになってしまって」
千歳は感慨深げに。
「まるやさんのプリンが、こんなに注目されるなんて……」
佳苗が照れ隠しにポーズを決める。
「このぶりっ子パワー、無敵なのです♡」
すると突然、子どもたちが騒ぎ出した。
「あれ? プリンがもう少ししかないよ!」
千歳が慌てて厨房を覗くと、確かに残りはわずか。
「やっぱり20倍にしても数が足りなくなったか……」
千歳は頭を抱える。
佳苗はニヤリと笑い。
「これも愛の奪い合いなのです♡ 甘い争いもまた、祭りの華なのです~♡」
リィナは司会を続けながらも、焦った表情で。
「次のプリンを急げ! 神の力はなくとも、我らの情熱は無限大!」
魔王が黙って追加プリンを運び込むと、会場は再び盛り上がった。
会場の熱気は最高潮──だが、プリンの在庫は最小限。
「おい……残り5個って聞いたんだけど!?」
千歳が叫ぶ。
「プリンの数……それは幻、まぼろし。つまり争いを生む運命の果実……!」
リィナ、よくわからないポエムで現実逃避中。
「これは、関ヶ原の戦いを超える争いになるのです~♡」
佳苗がほわほわ笑いながら、肘にナイフのような殺気をまとわせている。笑顔こわい。
魔王が静かに前に出て、宣言。
「よし、こうなったら“プリン争奪じゃんけん大会”を開催する」
「えっ、急に昭和のノリ!?」
千歳がツッコミながらも、すでにじゃんけん大会が始まっていた。
リィナ、マイク片手に絶叫。
「第一試合! 女子高生 vs. サラリーマン! 勝者には至高のプリン一丁、敗者には人生の敗北ッ!」
会場「ジャーンケーン、ポン!」
サラリーマンが勝ち、女子高生が泣く。
「なんでだよぉぉぉ! プリン食べたかっただけなのにぃぃ!」
佳苗がすかさずフォロー。
「でも、泣き顔もプリンみたいにぷるぷるで可愛いのです~♡」
泣いてた女子高生、
「それはどういう意味……?」
微妙に引いている。
そんな中、魔王が手に持ったプリンをジッと見つめていた。
「このプリン……戦場(いくさば)に似ている」
「どこが!?」
会場は騒然とする中、ひとりの子どもがぽつり。
「ねぇ……これって、お祭りなんだよね?」
千歳が即答。
「違うよ、カオスだよ!」
だが、もはや誰も止められない。
じゃんけん大会は魔王の提案により、「負けた方がプリンを配る」ルールに変わる。
「勝った者は貰える。負けた者は厨房へ走れ」
「あれ!? それブラック企業の匂いしない!?」
千歳、全力でツッコむ。
佳苗はマイクを持ち、朗らかにアナウンス。
「さあさあ、汗と涙のプリン配達バトル~♡ もはやスイーツどころじゃないのです~♡」
リィナが空に向かって叫ぶ。
「このイベント、もはや神も魔も笑っておるわああああ!」
子どもたちは大笑い、大人たちもなぜか笑いながら行列に並び、まるやのばーちゃんだけが、しみじみと呟く。
「これが、プリンで救われる世界ってやつかねぇ……」
魔王がポツリ。
「混沌と狂気と糖分、それが今のこの世界」
千歳は冷や汗を流しながら笑う。
「……いいんだよ、うまくいってるなら、たぶん」
日も暮れて、商店街には再び静けさが戻っていた。
プリンを求める客の波が去り、ブースのテントも片付けられたあとのこと。
「ふぅ~……まさかあんなに売れるとは思わなかったな……」
千歳は背伸びしながら、空を見上げる。
「プリン、完売じゃな。甘きは人心をも動かす……良きかな」
リィナは満足げに頷き、金のスプーンを夕日にかざしていた。
……が、それ多分、売り物です。
「うふふっ♡ 甘い祭りだったのです~♡ でも、佳苗の分がなかったのです~♡」
「それ自業自得だよな?」と千歳が冷たく返す。
その横では魔王が、店先の床をモップで無言で磨いていた。
「戦の後は、掃除あるのみ」
さすが掃除部門管轄、徹底している。
そして、まるやのばーちゃんが、静かに千歳の隣に立った。
手には小さなプリンの空き容器と、ひとつの包み。
「……ありがとうねぇ。今日は本当に、夢みたいだったよ」
「いえいえ、こっちも楽しかったですし……うん、なんだか元気出ました」
千歳がそう言うと、ばーちゃんはふっと微笑む。
「これ、持っていきな」
そう言って渡されたのは、昔ながらの紙包み。
中には、ほんのり温かい“焼きプリン”が入っていた。
「売り物にはできなかったやつだけどね。これだけは、孫にあげるつもりで作ってたんだ」
「……孫?」
「昔ね、よく来てたの。プリンが大好きでね。今は都会に行っちゃって……連絡もないけど、元気ならそれでいいと思ってるさ」
千歳は包みを受け取り、しばらく沈黙した。
「……おばあちゃん、そのプリン。今日、みんなが食べた中で、いちばん優しい味がすると思います」
「そうかい。そりゃ、嬉しいねぇ」
そう言って見せた笑顔は、どこか誇らしげだった。
そしてその後ろでは──
「このラストプリン、やっぱり誰のものか決めるべきでは?」
「じゃんけんなのですか?」「力ずくか?」「我、勝利に飢えておる」
──が、3人が食べられていなかったプリンをめぐって密かにバチバチしていた。
「……いやもう帰ろう、ね?」
千歳がそっとおばあちゃんに手を振り、
「また来ます」と言って、にぎやかな連中を引き連れ、商店街を後にした。
商店街の灯が、ひとつだけ、あたたかく光っていた。