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第11話 千歳、会社設立に挑む。

「……ねぇ、うちって、会社として、正式に登録してるのかな?」


ある朝。いつものようにセラスの作ったスムージーを飲み干し、口の周りを拭いた千歳が、ぽつりと漏らした。


「ふむ、名刺には『ピコリーナ・カンパニー』と記されてはおりますが……法人番号は存在しませんわね」


クロエがノートパソコンを開いたまま、冷静に答える。画面には“税務署とは仲良くしましょう”のキャッチコピー。


「契約が曖昧なまま共同財布を回すのは、資本主義的に破綻を招くのです~」


佳苗がアイスをくわえたまま、まるで他人事のように呟いた。


「確かに、今んとこ財布は“出した人が偉い”制度だしな……」


千歳は引き出しから、グシャグシャになったレシートの束を見て青ざめる。


そこにリィナが現れ、ドヤ顔で言った。


「ふん、人の世の帳簿など、神に仕える我らには不要じゃ! 金など神の加護でどうとでも――」


「この前、電車賃足りなくて駅で泣いてたの誰だっけ?」


「う……それは……神の試練じゃ!」


「ともかく!」


と千歳は立ち上がる。


「正式に会社にしよう! 税金対策とか、給料の振込とか、ちゃんとしないとさ!」


「うむ、それは良い判断かと」


クロエがにっこりと微笑む。


「では、まずは会計士を――」


「知ってる」


突然、セラスが口を開いた。筋トレ中でタンクトップ姿のまま、静かに一言だけ。


「会計士、知ってる」


「えっ、マジで!? どんな人?」


「……ひとつ、心当たりがある。ただし──生きてるかどうかは、微妙」


そして次の瞬間――。


ビルの自動ドアが、ギイィィ……と音を立てて開く。


入ってきたのは……白髪が腰まで伸び、顔中にシワが刻まれ、手がプルプルと震える、見るからにヨボヨボの老人。


服装は古びたローブ。腰にはなぜかそろばんと電卓。


「うおぉ……生きてるの……?」


「ハクジョウ=フレニクスじゃ。若い頃は、会計というものは……呪文だったんじゃよ……。ンン?」


「えっ、何ですかそれ?」


「......いまは令和か? うむ、では法人番号……おや、なんの話じゃったかのう?」


全員:おい。


……かくして、ピコリーナ・カンパニーに超高齢・伝説級の会計士がやってきたのであった。


「わしが若い頃はのぅ、勘定というのは……呪符を燃やして帳簿に刻んどったんじゃ……」


ハクジョウ=フレニクスは、老いの重みによろめきながら椅子に着席した。


机の上にはそろばん、電卓、筆、インク、封蝋、なぜか水晶玉が並ぶ。


「わあ~時代が迷子なのです」


佳苗がポツリと呟いた。


「こ、これで本当に会社設立できるの……?」


千歳は不安そうに資料を差し出す。


だが、ハクジョウは資料を一瞥しただけで――


「ふむ……書式が古いな。平成様式じゃ。訂正じゃ、訂正」


震える指先がまるで別人のように動き出した。筆が紙を滑る音。電卓のキーがパチパチとリズムを刻む。


その動きは、まるで――


「――神技……!」


クロエの瞳が契約の好機のようにキラリと輝いた。


「ふっ、会計の“神の使い”と呼ばれた頃もあったわい……フガァ……ンゴゴ……」


いきなり居眠りした。


「寝たーッ!? 書類、今半分まで来てたのに!?」


「さすがに高齢すぎでは……」


セラスが呆れ顔でつぶやくと、ヨモツが耳元で大声を出した。


「なぁー! 起きろォー! 法務局の印鑑証明がぁー!!」


「ぬわっ、ぬぅん!? ああ、夢で税務署に襲われとったわい……!」


そして再び帳簿が走り出す――かと思いきや、


「この“ハンコ”、どこで買ったんじゃ? やけにキメが細かい……木目の角度が……よろしい」


「今それ関係ないよね!?」


事務所全体がツッコミで埋まる中、いつの間にか法人設立の書類が全て完成していた。


「ひとまず完了じゃ。あとは電子申請じゃな……その前に、スキャンとは何じゃ?」


「いやだめだこの人アナログ特化すぎる!」


「ああ、でも……名前、ちゃんと『ピコリーナ・カンパニー』で登録できたんだ……」


千歳が感慨深げに言うと、全員が少しだけ誇らしげな表情を見せる。


「正式な会社になったってわけね。……やっと、スタートラインに立った感じがするわ」


「わたくし、契約書が公的効力を持つ世界……感激でございますわ……」


クロエは鼻をすすっていた。


そして、次の瞬間――


「おぉおぉおぉ……そういえば、資本金の登録、しとらんかったかのぅ……?」


「「えっ!?」」


事務所に再び地獄の帳簿タイムが訪れるのだった――。


「資本金、どうすれば……」


千歳が書類の山から顔を上げると、ハクジョウはうつらうつらと宙を見ていた。


「資本金はな……“見せ金”ではダメじゃぞ……しっかり現金を通帳に入れて――Zzz……むにゃ……ううん、決算期を跨ぐなよぅ……」


「寝落ちのスキルがプロフェッショナルすぎる!」


ヨモツが小突くも、老人の眠りは岩の如し。


「とりあえず、資本金は私が立て替えるわ。少額なら問題ないでしょう」


クロエがすっと口を挟む。ルビー色の瞳が光り、背後に通帳と大量のハンコの山。


「さすがクロエさん……契約神の信徒は違うわ……」


「いやあの人、すでにリィナ様より会社の信用高いのです」


佳苗がぼそり。


「それより、通帳を登録するにはハンコを――あっハクジョウさん、目開いてる!?」


「…………」


まばたきすらせず、目を見開いたまま石像のように固まっている老人。


「もしかして……フリーズした……?」


「いや、これね。**会計士の“思考全振りモード”**よ」


セラスが冷静に解説する。


「書類を見ながら、時空を超えて税制と財務の変遷を脳内で走らせとる……」


「それ集中するときのやつ!? ていうか本当に今、税制の歴史走ってるの!?」


「…………江戸……明治……昭和……」


「実況してるーーーー!!」


そのとき――


「申請通りました!」


郵送用の書類を持って、リィナが女神スマイルで登場した。


「女神が役所に書類持ってった!? 神の威光で何でも通るなこの世界!!」


「いや違う、これはただの魔力による**瞬間移動提出(パワー技)**じゃ」


「なにそれこわい」


一息ついたかに思えた事務所の中――


「ねぇ、今さらなんだけど……」


千歳が机を見て固まる。


「この法人、何をやる会社って登録したの……?」


「……あ」


クロエ、リィナ、セラス、佳苗、ヨモツ――一斉に目をそらす。


「えっ、こんなに……曖昧な業種で通るの!?!?」


「わしの若い頃はな、業種なんてものは魂で決まったもんじゃ……」


「令和の役所に魂とかいらないのよおじいちゃんーーーーー!!!!」


「えっと……これで会社、正式にできたってことですよね?」


千歳がそう言うと、オフィス内には小さな拍手が巻き起こる。


拍手の発端は佳苗。


何故かクラッカーを用意していて、どこから出したのかリボンガーランドまで天井に伸びている。


「会社設立おめでとぉ~☆ 今日から正式に“ピコリーナ・カンパニー”が始動なんだねっ!」


「いや、まだ登記の控えが来てないし、銀行口座の名義も通ってないから、半分くらい“虚構”なんだけどな……」


セラスが筋トレ器具を組み立てながらぼそり。


「大丈夫です。会社とは“意思とハンコがあれば成り立つ”のです」


クロエが契約書の山を一瞥しながら断言する。彼女のブローチが今日も商神の輝きを放っていた。


「で、設立したのはいいとして……さ」


千歳が口に出すべきか悩みながら、机に置かれた白紙の給与明細に視線を落とす。


「給料って、どうするの?」


一瞬、場の空気がフリーズする。


「出る……のかな? 出ない……のかな?」


佳苗がまるで他人事のように指をくるくるさせている。


「ま、まさかこのまま労働が神への奉仕とかいう、やばい宗教モードじゃないでしょうね!?」


千歳のツッコミにリィナが神々しい顔で微笑む。


「……あながち間違いではないのじゃが?」


「ギャアアアアアアアア!!?」


「まぁまぁ、落ち着きなされ」


ハクジョウ=フレニクス老人が、そろりと手を挙げて発言する。


いつのまにか白紙だった帳簿に、細かく数字が並び、予算表が出来上がっていた。


「わしがざっくり計算したところ、埴輪の売上……ゼロ、ジム会員収入……ちょいプラス……経費でチャラ……よって!」


「よって!?」


「いまんとこ、給料ゼロじゃ。」


「うああああああああ!!!」


千歳の叫びが札幌駅前の空にこだまする。


「だ、大丈夫!これからこれからなのです!ね? 前向きにいくのですっ」


佳苗がフォローするが、その手に“合格祝いでもらった5000円札”を握りしめていたのを千歳は見逃さなかった。


「そもそも、どうやって分配するかも決まってないしね」


クロエが冷静に言う。


「能力給、時間給、固定給……どの制度にするか、まずはそれを決める必要があるよね。とりあえず、会社名義の通帳に資本金入れてるし……今は共同財布ってことでいいかな」


千歳は泣きながら了承する。


「ま、ここまで来たなら言っとくけどさ」


静まり返ったオフィスの空気を切り裂くように、クロエが机に肘をついてさらに言った。


その瞳がキラリと光るのを見た瞬間、千歳の胃に嫌な予感がよぎる。


「今のままだと“ノーギャラで夢追い集団”ってやつだからね」


「わ、わかってるけどさぁ!? それを言われると胃に穴が……」


「はいはい、現実見よっか。選択肢は大きく分けて三つ」


クロエは指を三本立てた。


「ひとつ、能力給。売上に応じて給料が増えるやつ。やる気は出るけど、売れなきゃ餓死。今の埴輪の在庫状況で言うと──まあ、死ぬね」


「あはは……あっさり死刑宣告きた」


「ふたつ、固定給。安定して出せるけど、赤字が固定化する。ジムが回りはじめたとはいえ、利益が出るのは……えーと……このままいけば来年の初夏?」


「遅っ!? 一年後!?」


「で、最後。時間給。働いた時間で決める方式。セラスの稼働時間がぶっちぎりになるから、結果的に“筋肉に優しい会社”になるけど」


「なんだよその会社……」


「で、今の状況をまとめると──出せる給料はゼロ。つまり、制度どころじゃないってこと」


バッサリ言い放つクロエに、全員が遠い目になった。


「せめて……手当だけでも……」


「じゃあさ、こういうのはどう?」


机に肘をついて、クロエがにやっと笑った。 


千歳は、その顔に一瞬“悪魔”のツノを見た気がした。


「給料、現物支給ってことで」


「現物って、なに……? もしかして、アレ?」


クロエはすっ…と机の下から大きな布包みを取り出した。中からごろりと出てきたのは──


「埴輪」


「うわぁああああああああああ!!」


「ちなみに、在庫は今のところ……倉庫2つ分くらい」


「どこにそんなに作ったの!?」


「しかも、ヨモツが勝手にバリエーション増やしてるからね。全部一点もの」


「逆に売りにくいよそれーー!!」


悲鳴を上げる千歳の横で、佳苗が小首をかしげていた。


「えっと……つまり、お給料として“埴輪”をもらえるってこと?」


「そうそう。あたしたちの在庫資産、活用しないと意味ないでしょ。持って帰って、売ってもいいし、家に飾ってもいいし」


「飾るか!!」


「神棚に立てて毎日拝めば、たぶん商売繁盛のご利益あるよ? 埴輪神降臨ってことで」


「そんな神いない!!」


リィナが神棚の横でむくれたように腕を組む。


「……わらわより、あの土偶まがいの方がありがたがられるとは、何とも世も末じゃの」


「でもでも~、一応価値はあるんだよねっ? オークションとかで売れるかもじゃないっ?」


佳苗が目を輝かせて言うと、クロエがうんうんと頷いた。


「そうそう。物々交換の原則に従えば、これは立派な対価。まあ、売れればの話だけど」


「売れなかったら?」


「押し入れが埴輪まみれになる」


「地獄かよ!!」


千歳ががくりと崩れ落ちると、セラスが横で小さく呟いた。


「……ジムの床材に埴輪を使えば、コスト削減になるかもしれない」


「そういう問題じゃない!!」


話し合いをしていると、それまで寝ていたハクジョウが起き上がり


「ふぉふぉふぉ……出しておいたぞい。会社設立確定書。わしの代筆でな」


帳簿に囲まれた和紙まみれのデスクから、ハクジョウ=フレニクス老人が頭を上げた。


その手には、神々しい輝きを放つ一通の封筒──いや、神封(しんぷう)。


「これより、商神ユリュア様よりの“起業補助金”が届くはずじゃ」


「……え、助成金って神様からもらえるの?」


千歳がコーヒー片手に目を瞬かせると、隣でクロエがドヤ顔でブローチを弾いた。


「当たり前でしょ?商神様は“等価交換”と“努力”を重んじるの。何の努力もなく成功するのは、ビジネスじゃなくて宝くじ」


「どこかで聞いたような説得力ある言葉キタ」


「ただし……!」


ハクジョウが眉をぴくりと動かす。


「使い道には、**“神託付き制約”がある。無駄遣い厳禁、領収証は必須、事業報告書は月イチじゃ……」


「メンドくさッ!!」


その瞬間──部屋の隅に置かれていた**神封(しんぷう)**がバシュンと開封され、中から黄金色の文書と通帳サイズの神帳(しんちょう)が現れた。


「支給額──1000万ヴェル。日本円換算で380万円也。」


「ちょ、ちょっとした自治体の創業支援金よりリアル!!」


「これで……給料、出せるのか?」


セラスがそっと、トレーニングマットの影から顔を出す。


「もちろん。ただしこの金で買えるのは、業務に必要なものだけ」


クロエが神帳を受け取ると、そこには**“商売は人を救う──神託の加護と共に”**という荘厳な文字が記されていた。


「じゃあ、お祝いにピザ頼んでも──」


「アウトだよ佳苗。それ“贅沢消費”扱いされるから」


「なんで神様、経費にそんな厳しいのですか~!?」


「……ちなみに、神帳に“会食”って記載する場合、参加者の役職名と議題も添える必要があるの」


「そこまでリアルでどうする!?」


千歳のツッコミが響く中、ピコリーナ・カンパニーの帳簿には、新たな一行が刻まれていた。


 ──起業補助金(神託付)380万円、着金確認済み。用途:給与3ヶ月分(見込み)



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