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第10話 千歳、呪われた受付嬢を迎える。

朝。


「ふああ……」


伸びをかみしめながら、私はビルの前でコーヒー片手に立ち止まった。


鼻に抜けるのは、インスタントだけどわりと良い感じの香り。そして目の前には、明らかに“異質”な存在。


白装束に黒髪、黒タイツ。異世界ファッションショーなら優勝しそうな出で立ちだが──目はうつろで、ぼそぼそと呟いている。


「神は死んだ……神は……お肌の代償を……」


ホラーか。


などと、ちょっとしたホラーみたいなセリフをぼそぼそ呟いている。


「お、おはようございます。ここが……ピコリーナ・カンパニー……ですよね……?」


声がか細い。ボリューム0.5倍速って感じ。


いや、そういう問題じゃない。まず何その見た目。なんか、うちの会社に降臨する系の人?


「はいはい、こちらピコリーナですが、どちら様ですか?」


私は営業スマイルを忘れずに聞く。すると、彼女はうっすら笑って答えた。


「求人広告を見て……異次元より参りました……姫巫女、レミット=イアソールです……」


異次元から来たとか、すんなり名乗るあたりもうツッコミどころが多すぎる。


「姫巫女……巫女って、神様に仕える人だよね? ちょうどウチにも一柱いま──」


「ぬっ」


背後で声がした。リィナだ。女神スタイルで登場し、いつもの神々しい威厳を纏って彼女を凝視する。


「そやつ、神に仕える身ながら呪われとるぞ。しかも解く手段がない」


「えっ」


そのセリフに、私含む全員が硬直。


「ど、どんな呪い……?」


「その者を信仰すると、近くにいる女性の肌ツヤが──1、下がる」


女子陣、ノータイムで後退。


いやいや、ツヤは大事、人生において最重要資産。


「そなたも信仰してみるか、千歳よ」


「お断りしますっ!!」


心なしか、ビルの蛍光灯が一つパチンと弾けた。


さて、どうしたものかと考えていると、隣からセラス(イケメンエルフ。筋肉担当)がぼそりと一言。


「受付、空いてるぞ」


「あっ、ナイス筋肉──じゃなかったナイスアイデア!」


ということで、あっさり配属。


こうして、レミット=イアソールさん。異次元からやってきた姫巫女、呪い付き。


弊社のジム受付嬢に就任しました。


女性スタッフの半分が一歩引き気味なのがちょっと気になるけど……うん、大丈夫だよね? 


(お肌のツヤが減るくらい、ね? ね!?)


翌日。


ピコリーナジムの受付カウンターには、白装束の少女が鎮座していた。


そう──レミット=イアソールである。


隣には筋トレ民を癒す存在、筋肉の貴公子セラスが立っていたが、彼の威圧感で初心者客が引き返すこともしばしば。


なので受付は重要ポジションなのだ。


「いらっしゃいませ……どうぞ……神の加護は……ありますん……」


声が小さい。接客ボリュームじゃない。ていうか、末尾が聞き取れない!


「レミットさん、もうちょっと元気出そっか!」


私は無理やりポジティブな笑顔を向けた。するとレミットは、たじたじと立ち上がり、名簿を手にした。


「お名前……を……お……お名前……」


「はい、田中ですけど」


「たなか……さん……あなたの明日の運勢は……方位、南南東が……血塗られるかも……」


「えっ」


「あと……顔まわりのシミに気をつけて……」


「それいらないからッッ!!」


新規のお客さん、静かに帰っていった。お願い、帰らないで田中さん。


「レミットちゃん、占いは任意でいいから! ていうか、ジムに“血塗られる”とか怖すぎるから!」


「……すみません……」


落ち込む姫巫女。うつむき気味に椅子へ戻ろうとして──ガシャッ!


「え、ちょっ──その椅子、さっきガルドが修理中って──」


バキィッ!


見事に脚が折れて、レミット、尻もちで着地。もはや儀式でも始まるんかってレベルの静寂。


「わ……私、器物を……破壊……して……しまいました……」


うるんだ目でぽつりぽつりと呟く。あまりの神妙さに、その場にいた筋トレ客たちもダンベルを置いた。


レミットはそっと立ち上がると、受付カウンターの裏から神棚のように佇むリィナのもとへ進む。


「……女神リィナ様……このたびは、不始末をお許しください……お裁きを……」


「うむ、仕方あるまい。裁くぞ」


「裁かれるのはやめよう!?!?」


即座に私が割り込む。やめて、本気で裁きそうな雰囲気だから。


とはいえ──レミットの動きには真剣さがあった。おそらく、誰よりも“役に立ちたい”と願っている。


でも呪われてて、信仰すると肌が荒れるから、誰も近づいてくれない。


 ……でも。


(それでも頑張るなら、応援しない理由はないよね)


「レミットさん、まずは“血の予言”を抑えようか」


「……努力します……」


静かにファイトを燃やす姫巫女。受付カウンター、今日も呪いとともに開店です──。


「……リィナ様、申し訳ありませんでした……受付台の脚を、2本、折りました……」


その日、受付に立ったレミット=イアソールは、いつになく意気込んでいた。


瞳の奥に微かな狂気と覚悟を湛えたまま、彼女は口元に小さく笑みを浮かべると、ジムの玄関マットを5回磨いた。


そしてその5分後、器用に雑巾が滑って転倒、受付台を下敷きにしてしまったのだった。


「レミットちゃん……その身体、軽そうでいて破壊力高いのよね……」


佳苗が眉をひそめつつ、ポーズだけは可愛く胸に手を当てる。


受付台は二つに割れ、ガルド製の天然木が無惨にひしゃげていた。


セラスが眉一つ動かさず台を持ち上げると、レミットは膝をつき、闇属性らしからぬ反省ポーズでぶつぶつと詫び始めた。


「リィナ様、神の不始末を……どうか……制裁は神罰で……」


その瞬間、部屋の空気がピタリと止まった。


女神リィナが、どこかうんざりしたような視線をレミットに向ける。


「お主、なにかあると拙者を召喚する癖、治さんか? 拙者の神性、無駄にされておる……」


呆れ顔の女神の言葉に、千歳がこっそりとつぶやく。


「ていうか、呪いって本当に効いてるのかな……。誰か信仰してたっけ?」


クロエが眼鏡をクイッと持ち上げた。


「わたくしは5メートル以内には近寄っておりませんわ。お肌の管理、経営者のたしなみですもの」


「でもさ、呪いって、そもそも“信仰”が条件でしょ? うちら全員避けてるし」


「ワタクシは信仰してないけど……でもさっきレミットちゃんと目が合ったとき、ちょっと肌カサついたような……」と佳苗。


そして、恐る恐る、みんなが互いの顔を見合う中。


「ひっ……白髪っ!?!?」


誰かの叫び声が上がった。


そう、千歳の後頭部に……細い、一本の白髪がピンと立っていたのだ!


「な、なにこれ!? 昨日まではなかったのに!!」


「恐るべし……闇巫女の呪い……!」


リィナがわざとらしく神々しい声で呟いた。


そしてなぜか、その瞬間だけレミットの頬に微かな赤みが差し、口元が綻んだ。


「……信仰、されましたか?」


「してないしてないしてない!!」


騒然とする受付フロア。セラスは沈黙のまま受付台の修復を進めていた。



「……本日の占い、やります……。詫びとして……」


受付台の残骸の前で、レミット=イアソールが、ボソッと宣言した。 


彼女の手には、どこから取り出したのか、銀の鈴とおみくじのような木札。見た目はなぜか本格的だ。


「え、占いって神通力じゃないの? 使えないんじゃ……」


佳苗が小声で尋ねると、レミットはどこか影のある笑みを浮かべた。


「……これは“神通力だったもの”です……的中率……40%くらい……」


「半分以下ァ!!」


思わず叫んだ千歳の声がビルの吹き抜けに反響する。しかし興味は抑えきれず、レミットが一人ずつ札を配っていくと、妙な期待が場を包んでいった。


「わたくしは“大吉(偽)”とありますが、これは……?」


「……見かけほど吉じゃ……ないです……」


「それ、どこ情報よッ!?」


一方で千歳の札には「金運:何かが当たるかも」──そんな曖昧な言葉が。


「これって、宝くじとか買えばいいってこと……?」


「……スクラッチとか……コンビニで……」


千歳は札を握りしめた。


「よっしゃ、200円だけなら会社の経費でも痛くない! いってくる!」


5分後。セブンイレブンのレシートを持って戻ってきた千歳が、みんなの前でスクラッチを削る。


「大当たり来い大当たり来い大当たり来い……ッ!」


ゴシゴシゴシ……


「……よっしゃ、出た! ……あ、200円当たった」


 ――沈黙。


「……それって……買った金額と同じでは?」


「……プラマイゼロ?」


「もはや経済的にも精神的にも当たってないのでは?」


言葉を失う面々。だが、千歳はなぜか胸を張っていた。


「いいのよ……! こういうのは“運が巡ってきた前兆”なの! 次は1000円当たるかもしれないし!」


「ポジティブゥゥゥ!!」


佳苗が後ろでバタリと倒れる。


その様子を見て、レミットがほわっと笑った。


「……笑って……くれて……うれしい……です……」


占いで200円が当たったことに、笑うべきか微妙な空気が流れたそのときだった。


「……あの、何か……ざわざわしてます……」


受付の奥に置かれていた埴輪の山が、ひとりでにカタカタと震えだしたのだ。


次の瞬間、ビル全体が薄っすらと光に包まれ、まるで何かの結界が張られたかのように、外界の音が遠のいていく。


「え、何これ!? 地震じゃないよね!?」


「ちょ、ちょっと……あの埴輪たち、光ってない!?」


「セラスが組んだ配線が爆発した!? いや、これは魔力だ!」


叫ぶ千歳たちの後ろで、レミットはぽつりと呟いた。


「……この気配……封印の気……まさか、埴輪が……?」


そのとき、神のようなオーラを纏った埴輪の王らしき像が、光の中からぬぅっと現れた。


「うわー出た! 王埴輪だコレ!」


「ヨモツさん、なんかヤバいの呼び起こしてない!?」


ヨモツは肩をすくめて笑った。


「俺じゃないよ? たぶん、あの姫巫女の波動が古墳時代の霊脈に触れたんだろうね。よくあるよ」


「どこで!?」


そして、空間の中心で優雅に腕を組んでいたリィナが口を開く。


「ふむ……不思議なこともあるものじゃ。この空間の中だけは、呪いの力が中和されておる。つまり、肌のツヤも保たれる」


「えっ!? じゃあ、受付のときだけ一緒にいても問題ないってこと?」


「やったじゃんレミット!」


「……はい……でも、なんか……複雑です……」


ひとまず、呪いの影響を受けない“埴輪バリア”の中でなら、レミットも普通に働けることが判明。みな安堵した——が。


「……ねえ女神様、なんか最近……埴輪の方が“加護感”ありません?」


「えっ……? そ、そんなこと……わらわの方が……!」


リィナ、ちょっと傷ついていた。


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