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第15話 千歳、戦国の山賊を討つ。

「ついたあああああ!! 海だああああああ!!」


佳苗が砂浜に向かって駆け出す。


その姿を見送りながら、千歳はうなだれてつぶやいた。


「……なんで“海の家を建てに来た”なんて言っちゃったんだろ……」


もとはといえば、暑さに負けて「海行きたい」と口走ったのがきっかけだったんだっけか。もう忘れた。


今、ピコリーナ・カンパニーは本気で“海の家進出”を始めてしまったのだ。


あたり一面、青い海──と、それを見て叫ぶのは千歳。


「……って、誰もいないじゃん!」


どこまでも続く砂浜。


波音だけがリズミカルに響いていて、まるでオープニング映像のような景色――なのに人がいない。


「泳いでる人もいない。パラソルもない。日焼けしてるギャルもいない。かき氷も売ってない!」


「ま、まあ戦国時代だし?」


佳苗が砂浜をほじりながら言った。「水着文化とかないし、そもそもここ、村からだいぶ離れてるのです~?」


「ねぇ、戦国時代ってさ、海って普通の人来るの?」


「むしろ“魔がすむ”とか言われて近づかない可能性あるわね……」


クロエが冷静に返す。


「なんでそんなとこに海の家出そうとしてるのよ!? 誰も来ないの確定演出じゃん!!」


「静かじゃから、商売するにはもってこいじゃぞ?」


「なに売るのよ!?」


「……海藻?」


「売れるか!!」


クロエが帳簿をめくりながら分析する。


「現地資源は豊富よ。海水、砂、貝、わかめ……あとは、潮風と浪漫」


「浪漫が通貨なら世界救えてるわ!」


佳苗が手にした貝殻をパカっと割ってみる。


「なんかこの貝、パールとか出ないかな~?」


「出たら売れるかもね」


と千歳が頷くが、その顔はすでに疲れている。


「ていうか、私たち……何しに来たんだっけ……?」


「海の家を、建てに……」


クロエが弱々しく答える。


「だーかーら! その“家”を建てる客がいないのよ!! なんで誰も考えてなかったの!?」


「千歳が“暑いから海行きたい”って言ってたのがきっかけじゃぞ?」


「えっ!? えぇ!? 記憶改ざんされてない!?」


リィナが砂に腰を下ろして言う。


「まあ、ここで拠点をつくって、いつか未来の観光地になるかもしれぬぞ。まさに先行投資じゃ」


「発展まで何百年かかると思ってるの!? 私たちがミイラになって発掘される方が早いわ!」


佳苗が小声で言う。


「でも、わたし、なんかここ好きかも……ひとけなくて、のんびりしてて……イケメンがいたら最高なんだけど……」


「もうイケメンのために来てるじゃん!!」


リィナがぐいっと腕を上げて宣言する。


「よし、まずはここに“ピコリーナ海の家・戦国支店”を建てるぞ!!」


「まずは建築資材を……って、あるわけないじゃない」


千歳が砂浜に突っ伏した。


クロエはというと、すでに浜辺に一本の木の棒を立て、縄で囲み始めている。


「はい、ここが受付ね。で、ここが飲食スペースで──」


「はっや!! 想像図完成してるじゃん!!」


「ふふふ。事業計画だけは一流なのよ。あとは予算と人材と時代を間違えなければね!」


「一番間違えてるのは“時代”なんですけどぉおお!!!」


そのとき、海の方から「ぴちょん」と小さな音が聞こえた。


「ん? 魚?」と佳苗が顔を上げると、波打ち際に……カニ。


いや、巨大なカニ。


しかもなぜか背中に**「ようこそ!」の木札**を乗せている。


「……え、これ、誰の仕込み?」


「……うちのメンバーにそんなユーモアあるやついたっけ?」と千歳。


カニは脱皮を始め──中から鎧武者みたいな甲殻生物が登場。


「求人票を見てきた」


さっき異次元に送った求人を見てやってきたらしいカニ。


クロエは嬉しそうに、


「チャンスよ。これ“マスコットキャラ”にできるわ。名前は“カニ丸”ね。営業担当」


「いや、営業って何するのよ!? カニが口開いたら怖いよ!?」


だがそのカニ丸(仮)は、ペコリと頭を下げ、バケツを取り出し──中には冷えた飲み物が。


「なにこれ、氷水!? やば、文明レベル高くない!?」


リィナが感心したように「異世界の流れ者かもしれんの」とつぶやく。


千歳はペットボトル(見た目は竹筒だけど中身は炭酸)を手に取って、ごくり。


「……冷たい……! うまい……! これ、海で売れる味!!」


「だから誰もいないってば!!!」


とりあえず、砂浜に受付(砂で書いた)、メニュー表(流木に書いた)、**冷たい飲料(カニ提供)**で即席“海の家”が完成した。


「よし、あとはお客様を待つだけね……」


誰も来ない。


「……来ないね」


誰も来ない。


「……これさ、もしかしてなんだけど」


「うん……?」


「営業場所、間違えてない?」


「(気づくの遅すぎぃぃぃぃ!!)」


そんなとき、崖の上から一人の侍風の男が現れた。


砂浜を見下ろし、つぶやく。


「なんじゃ、あれは……」


「きたきたきたあああああ! お客さんなのです!!」と佳苗。


「ようこそ! ピコリーナ海の家・戦国支店へ! 一杯目は無料!」


「無料て!?」と千歳がつっこむも遅い。


侍はじーっと飲み物を見て、ぐびり。


「……冷たい。……これは、天の恵みか……?」


その目に光る感動の涙。


「この味……殿に届けたい!」


「いや、持って帰る気か!?」


「なんか、でかい話になってきたぞ……」とリィナが帽子を深くかぶり直す。


「ということで……お前たち、城に来い」


侍の一言で話は即決された。


断る間もなく、カニ丸(仮)に乗せられた一同はゴトゴトと戦国の山道を進む羽目に。


「カニ……乗り心地わるっ!」


「ていうか、なんでカニに乗って移動してるの!? 馬ないの!?」


「戦国の流通は甲殻類が支えておるのじゃ」


「嘘つくな女神!!!」


やがてたどり着いたのは立派な山城。武士たちがずらりと門前に並び、千歳たちをジロリとにらんでくる。


「なにこれ、入社試験より緊張するんだけど……」


クロエはニヤリと笑って言った。


「大丈夫よ。私は“異世界プレゼン大会”で三連覇した女。通訳は頼んだわね、千歳」


「無茶ぶりすぎ!!」


だが案内された大広間で、状況は意外にも好転する。


「我が名は、前田利家。槍の又左と呼ばれている。この地を治める者だ」


「(なんか大河ドラマで聞いたことあるような)」


千歳は誰だっけーと考えていたが、佳苗は目を輝かせている。


「そなたらの“冷えた汁物”……あれはまことに素晴らしかった。これより“海の家”なる商いを、この城下にて展開せぬか?」


「商談来たあああああ!!」クロエのツノがピッカピカ。


「ただし……条件がある」


利家がズイと前に出る。


「この地に蔓延る**山賊“黒炎党”**を、そなたらの力で追い払ってくれれば……城の裏手の浜を、商いの場として譲り渡そう」


「信長の野望みたいなのです!」


なにそれ佳苗。


「“ビジネスと武力のバーター”じゃな。商いの基本じゃ」


「商い間違えてるううううう!!!」


千歳は頭を抱えたが──クロエは目を輝かせていた。


「つまり、戦果をあげれば独占販売権がもらえると」


「クロエ、戦闘力ゼロでしょ!?」


「任せたわよ、女神。あなた出番でしょ?」


「ぬ? わらわか? ……まあ、ええじゃろう。神力は戻っておらぬが──**女神バズーカ(物理)**くらいなら使える」


「物理!?!?」


そして──


その夜、ピコリーナ一同は、“黒炎党の根城”へ奇襲をかけることとなった。


佳苗はなぜか浴衣に着替え(やめて)、クロエは竹筒に炭酸を詰めて武器として持参、リィナは“とにかく撃つ”モードに入っている。


千歳は──


「マジで、うちの会社、何屋なの!?」


と、泣きながらヨモツ製埴輪バットを持っていた。


夜。


山奥の砦、黒炎党のアジト。


静まり返った森の中、奇襲部隊「ピコリーナ・カンパニータイムトラベル部」は気配を殺していた。


「みんな、準備はいい?」


千歳が囁くように声をかける。


「うむ。炭酸竹筒、装填済みじゃ」


クロエが自作の“発泡ボム”を手ににやり。


「わらわも“物理女神モード”に入っておる……!」


リィナは肩に何かを担いでいた。


「え、それなに? ただの丸太じゃないの?」


「うむ、**女神バズーカ(物理)**じゃ!」


「それ、つまり“ただの丸太”だよね!? 女神って名乗っていいの!?」


リィナがぽんぽんと丸太を叩き、満足げにうなずく。


「念をこめれば、これもまた神器となる」


「こわい理論だよ……」


そのとき、木々の間から火の手が見えた。


「黒炎党の焚き火じゃな。夜営中か」


クロエがひそひそ声で報告。


「じゃあ、陽動係は……カニ丸!」


カニ丸(仮)は、軽やかにカサカサと前へ出ていき──


ドンッ!!


なぜか背中の「ようこそ!」木札を投げつけた。


「地味ぃ!!」


が、その音に反応した山賊たちがざわつき始めた。


「なんだぁ? なんか来たぞ……!」


「……よし、いけリィナ!」


「承ったっ!!」


――バシュン!


リィナが丸太を全力投擲した。


「飛んだあああああ!!!」


空を舞う巨大丸太が、黒炎党のテントを一撃粉砕。


「ぎゃああああ!!!」


「テントが木にされたァァア!!!」


「違う、木がテントに突っ込んできたんだ!!」


大混乱の山賊アジト。


そこへクロエが、竹筒爆弾を投げ込みながら突入!


「炭酸! 炭酸ですッ!」


――ポシュッ、シュバァ!!


ペットボトルに詰めた炭酸とメントスが反応し、大量の泡が撒き散らされる。


「目がああああ!! しみるうううう!!」


「甘い! なんだこの匂い!? コーラか!?」


そして千歳は、埴輪バット片手に突撃。


「埴輪の怒りをくらえええええ!!!」


――ゴチンッ!!


「ぬあっ!?」


「マジで倒れたぞ!? え、埴輪って強くない!?」


一方、リィナは山賊たちに囲まれていた。


「くっ、囲まれたか……!」


「おい小娘! 女神気取りか!?」


「気取りではない! わらわは──」


ずしんっ!


リィナが地面を踏みしめた瞬間、背後の大木がバキィッと折れ、倒れていく。


「山賊の方へ!!?」


――ドゴォォォォオン!!


「ひええええええええ!!??」


山賊が10人単位で吹き飛ぶ。


「何この破壊力!? 本当に神じゃん!!!」


「神力は失っておるが、筋力は衰えておらん!!」


もう“女神”ってなにか分からなくなってきた。


カニ丸はカニ丸で、山賊の足元に氷水をまき、全員滑らせている。


「カニのくせに頭脳派!!」


「ヨモツ製軍隊埴輪さんたち。おいたするのです!」


佳苗が埴輪を出して山賊に襲いかかる。


本当、なんでもありだな埴輪。



ついに黒炎党のボスが現れる。


「ぬぅ……貴様ら、なに者だ!?」


「我ら、ピコリーナ・カンパニー!」


「企業名なのに軍隊みたいに言わないで!!」


「この地で海の家を開くため、そなたらの退去を願う!!」


「意味が分からん!!」


千歳は叫んだ。


「山賊に“退去願います”っておかしいでしょおおお!!」


が、言ってる間にクロエの爆弾が直撃し、ボスの頭に泡がぶっかかる。


「うわあああああ!!」


そこへリィナのラリアットが炸裂。


――ズバァァァンッ!!


「ボスぅうううう!!」


戦いは──圧勝だった。


黒炎党、あっさり壊滅。

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