「ついたあああああ!! 海だああああああ!!」
佳苗が砂浜に向かって駆け出す。
その姿を見送りながら、千歳はうなだれてつぶやいた。
「……なんで“海の家を建てに来た”なんて言っちゃったんだろ……」
もとはといえば、暑さに負けて「海行きたい」と口走ったのがきっかけだったんだっけか。もう忘れた。
今、ピコリーナ・カンパニーは本気で“海の家進出”を始めてしまったのだ。
あたり一面、青い海──と、それを見て叫ぶのは千歳。
「……って、誰もいないじゃん!」
どこまでも続く砂浜。
波音だけがリズミカルに響いていて、まるでオープニング映像のような景色――なのに人がいない。
「泳いでる人もいない。パラソルもない。日焼けしてるギャルもいない。かき氷も売ってない!」
「ま、まあ戦国時代だし?」
佳苗が砂浜をほじりながら言った。「水着文化とかないし、そもそもここ、村からだいぶ離れてるのです~?」
「ねぇ、戦国時代ってさ、海って普通の人来るの?」
「むしろ“魔がすむ”とか言われて近づかない可能性あるわね……」
クロエが冷静に返す。
「なんでそんなとこに海の家出そうとしてるのよ!? 誰も来ないの確定演出じゃん!!」
「静かじゃから、商売するにはもってこいじゃぞ?」
「なに売るのよ!?」
「……海藻?」
「売れるか!!」
クロエが帳簿をめくりながら分析する。
「現地資源は豊富よ。海水、砂、貝、わかめ……あとは、潮風と浪漫」
「浪漫が通貨なら世界救えてるわ!」
佳苗が手にした貝殻をパカっと割ってみる。
「なんかこの貝、パールとか出ないかな~?」
「出たら売れるかもね」
と千歳が頷くが、その顔はすでに疲れている。
「ていうか、私たち……何しに来たんだっけ……?」
「海の家を、建てに……」
クロエが弱々しく答える。
「だーかーら! その“家”を建てる客がいないのよ!! なんで誰も考えてなかったの!?」
「千歳が“暑いから海行きたい”って言ってたのがきっかけじゃぞ?」
「えっ!? えぇ!? 記憶改ざんされてない!?」
リィナが砂に腰を下ろして言う。
「まあ、ここで拠点をつくって、いつか未来の観光地になるかもしれぬぞ。まさに先行投資じゃ」
「発展まで何百年かかると思ってるの!? 私たちがミイラになって発掘される方が早いわ!」
佳苗が小声で言う。
「でも、わたし、なんかここ好きかも……ひとけなくて、のんびりしてて……イケメンがいたら最高なんだけど……」
「もうイケメンのために来てるじゃん!!」
リィナがぐいっと腕を上げて宣言する。
「よし、まずはここに“ピコリーナ海の家・戦国支店”を建てるぞ!!」
「まずは建築資材を……って、あるわけないじゃない」
千歳が砂浜に突っ伏した。
クロエはというと、すでに浜辺に一本の木の棒を立て、縄で囲み始めている。
「はい、ここが受付ね。で、ここが飲食スペースで──」
「はっや!! 想像図完成してるじゃん!!」
「ふふふ。事業計画だけは一流なのよ。あとは予算と人材と時代を間違えなければね!」
「一番間違えてるのは“時代”なんですけどぉおお!!!」
そのとき、海の方から「ぴちょん」と小さな音が聞こえた。
「ん? 魚?」と佳苗が顔を上げると、波打ち際に……カニ。
いや、巨大なカニ。
しかもなぜか背中に**「ようこそ!」の木札**を乗せている。
「……え、これ、誰の仕込み?」
「……うちのメンバーにそんなユーモアあるやついたっけ?」と千歳。
カニは脱皮を始め──中から鎧武者みたいな甲殻生物が登場。
「求人票を見てきた」
さっき異次元に送った求人を見てやってきたらしいカニ。
クロエは嬉しそうに、
「チャンスよ。これ“マスコットキャラ”にできるわ。名前は“カニ丸”ね。営業担当」
「いや、営業って何するのよ!? カニが口開いたら怖いよ!?」
だがそのカニ丸(仮)は、ペコリと頭を下げ、バケツを取り出し──中には冷えた飲み物が。
「なにこれ、氷水!? やば、文明レベル高くない!?」
リィナが感心したように「異世界の流れ者かもしれんの」とつぶやく。
千歳はペットボトル(見た目は竹筒だけど中身は炭酸)を手に取って、ごくり。
「……冷たい……! うまい……! これ、海で売れる味!!」
「だから誰もいないってば!!!」
とりあえず、砂浜に受付(砂で書いた)、メニュー表(流木に書いた)、**冷たい飲料(カニ提供)**で即席“海の家”が完成した。
「よし、あとはお客様を待つだけね……」
誰も来ない。
「……来ないね」
誰も来ない。
「……これさ、もしかしてなんだけど」
「うん……?」
「営業場所、間違えてない?」
「(気づくの遅すぎぃぃぃぃ!!)」
そんなとき、崖の上から一人の侍風の男が現れた。
砂浜を見下ろし、つぶやく。
「なんじゃ、あれは……」
「きたきたきたあああああ! お客さんなのです!!」と佳苗。
「ようこそ! ピコリーナ海の家・戦国支店へ! 一杯目は無料!」
「無料て!?」と千歳がつっこむも遅い。
侍はじーっと飲み物を見て、ぐびり。
「……冷たい。……これは、天の恵みか……?」
その目に光る感動の涙。
「この味……殿に届けたい!」
「いや、持って帰る気か!?」
「なんか、でかい話になってきたぞ……」とリィナが帽子を深くかぶり直す。
「ということで……お前たち、城に来い」
侍の一言で話は即決された。
断る間もなく、カニ丸(仮)に乗せられた一同はゴトゴトと戦国の山道を進む羽目に。
「カニ……乗り心地わるっ!」
「ていうか、なんでカニに乗って移動してるの!? 馬ないの!?」
「戦国の流通は甲殻類が支えておるのじゃ」
「嘘つくな女神!!!」
やがてたどり着いたのは立派な山城。武士たちがずらりと門前に並び、千歳たちをジロリとにらんでくる。
「なにこれ、入社試験より緊張するんだけど……」
クロエはニヤリと笑って言った。
「大丈夫よ。私は“異世界プレゼン大会”で三連覇した女。通訳は頼んだわね、千歳」
「無茶ぶりすぎ!!」
だが案内された大広間で、状況は意外にも好転する。
「我が名は、前田利家。槍の又左と呼ばれている。この地を治める者だ」
「(なんか大河ドラマで聞いたことあるような)」
千歳は誰だっけーと考えていたが、佳苗は目を輝かせている。
「そなたらの“冷えた汁物”……あれはまことに素晴らしかった。これより“海の家”なる商いを、この城下にて展開せぬか?」
「商談来たあああああ!!」クロエのツノがピッカピカ。
「ただし……条件がある」
利家がズイと前に出る。
「この地に蔓延る**山賊“黒炎党”**を、そなたらの力で追い払ってくれれば……城の裏手の浜を、商いの場として譲り渡そう」
「信長の野望みたいなのです!」
なにそれ佳苗。
「“ビジネスと武力のバーター”じゃな。商いの基本じゃ」
「商い間違えてるううううう!!!」
千歳は頭を抱えたが──クロエは目を輝かせていた。
「つまり、戦果をあげれば独占販売権がもらえると」
「クロエ、戦闘力ゼロでしょ!?」
「任せたわよ、女神。あなた出番でしょ?」
「ぬ? わらわか? ……まあ、ええじゃろう。神力は戻っておらぬが──**女神バズーカ(物理)**くらいなら使える」
「物理!?!?」
そして──
その夜、ピコリーナ一同は、“黒炎党の根城”へ奇襲をかけることとなった。
佳苗はなぜか浴衣に着替え(やめて)、クロエは竹筒に炭酸を詰めて武器として持参、リィナは“とにかく撃つ”モードに入っている。
千歳は──
「マジで、うちの会社、何屋なの!?」
と、泣きながらヨモツ製埴輪バットを持っていた。
夜。
山奥の砦、黒炎党のアジト。
静まり返った森の中、奇襲部隊「ピコリーナ・カンパニータイムトラベル部」は気配を殺していた。
「みんな、準備はいい?」
千歳が囁くように声をかける。
「うむ。炭酸竹筒、装填済みじゃ」
クロエが自作の“発泡ボム”を手ににやり。
「わらわも“物理女神モード”に入っておる……!」
リィナは肩に何かを担いでいた。
「え、それなに? ただの丸太じゃないの?」
「うむ、**女神バズーカ(物理)**じゃ!」
「それ、つまり“ただの丸太”だよね!? 女神って名乗っていいの!?」
リィナがぽんぽんと丸太を叩き、満足げにうなずく。
「念をこめれば、これもまた神器となる」
「こわい理論だよ……」
そのとき、木々の間から火の手が見えた。
「黒炎党の焚き火じゃな。夜営中か」
クロエがひそひそ声で報告。
「じゃあ、陽動係は……カニ丸!」
カニ丸(仮)は、軽やかにカサカサと前へ出ていき──
ドンッ!!
なぜか背中の「ようこそ!」木札を投げつけた。
「地味ぃ!!」
が、その音に反応した山賊たちがざわつき始めた。
「なんだぁ? なんか来たぞ……!」
「……よし、いけリィナ!」
「承ったっ!!」
――バシュン!
リィナが丸太を全力投擲した。
「飛んだあああああ!!!」
空を舞う巨大丸太が、黒炎党のテントを一撃粉砕。
「ぎゃああああ!!!」
「テントが木にされたァァア!!!」
「違う、木がテントに突っ込んできたんだ!!」
大混乱の山賊アジト。
そこへクロエが、竹筒爆弾を投げ込みながら突入!
「炭酸! 炭酸ですッ!」
――ポシュッ、シュバァ!!
ペットボトルに詰めた炭酸とメントスが反応し、大量の泡が撒き散らされる。
「目がああああ!! しみるうううう!!」
「甘い! なんだこの匂い!? コーラか!?」
そして千歳は、埴輪バット片手に突撃。
「埴輪の怒りをくらえええええ!!!」
――ゴチンッ!!
「ぬあっ!?」
「マジで倒れたぞ!? え、埴輪って強くない!?」
一方、リィナは山賊たちに囲まれていた。
「くっ、囲まれたか……!」
「おい小娘! 女神気取りか!?」
「気取りではない! わらわは──」
ずしんっ!
リィナが地面を踏みしめた瞬間、背後の大木がバキィッと折れ、倒れていく。
「山賊の方へ!!?」
――ドゴォォォォオン!!
「ひええええええええ!!??」
山賊が10人単位で吹き飛ぶ。
「何この破壊力!? 本当に神じゃん!!!」
「神力は失っておるが、筋力は衰えておらん!!」
もう“女神”ってなにか分からなくなってきた。
カニ丸はカニ丸で、山賊の足元に氷水をまき、全員滑らせている。
「カニのくせに頭脳派!!」
「ヨモツ製軍隊埴輪さんたち。おいたするのです!」
佳苗が埴輪を出して山賊に襲いかかる。
本当、なんでもありだな埴輪。
ついに黒炎党のボスが現れる。
「ぬぅ……貴様ら、なに者だ!?」
「我ら、ピコリーナ・カンパニー!」
「企業名なのに軍隊みたいに言わないで!!」
「この地で海の家を開くため、そなたらの退去を願う!!」
「意味が分からん!!」
千歳は叫んだ。
「山賊に“退去願います”っておかしいでしょおおお!!」
が、言ってる間にクロエの爆弾が直撃し、ボスの頭に泡がぶっかかる。
「うわあああああ!!」
そこへリィナのラリアットが炸裂。
――ズバァァァンッ!!
「ボスぅうううう!!」
戦いは──圧勝だった。
黒炎党、あっさり壊滅。