繁華街の喫茶店にしてはやや風変わりな店構えだったが、口コミと物珍しさと……なぜか爆売れしている「埴輪饅頭」のおかげで、売上は上々だった。
「千歳。材料、いつもどこから仕入れているのだ?」
カウンターに座るエルファが、ふと首を傾げた。
「え? 業務スーパーだけど」
「……直で八百屋とか、卸売から買えんのか?」
「うち、信用ないから無理じゃない? 開業したばっかの弱小喫茶だし」
「ふむ……」
いつものようにスコーンをもぐもぐしながら考え込むダークエルフ。ちなみに彼女は同じエルフのセラスとは違い、あくまで筋トレではなく、甘味担当である。
「異次元商人から仕入れたらどうだ?」
「異次元……え、何?」
「異次元商人。文字通り、次元を越えて流通させてる商人だ。大抵の物は手に入るし、価格も現世よりだいぶ安い」
「え~! そんなのいるの?」
「この国、テレビというものを見ていると、毎日のように“値上げ”の話ばかりだろう。物価が高すぎる。なら異次元流通ルートを活かすべきだ」
確かに、と千歳はレジ横にある牛乳の伝票を思い出してため息をつく。
「じゃあ、直接異次元に買いに行けばいいんじゃない? ね、リィナ」
「それは無理じゃな」
店の隅でまかないスープをすすっていたリィナが、しれっと答えた。
「え、なんで?」
「我も含め、ここにおる異世界人は、すべて自らの世界から“異次元ホール”に吸い込まれて異次元に閉じ込められておる。よって、帰る手段は……ない。我も含めてない」
「え、帰れないの!? あんた神様じゃなかったの?」
「うむ、女神じゃ。しかし万能ではない」
「しれっと限界つけるななのです……」
佳苗がレジ裏でドリンクバーを拭きながらぼやいた。
「でも、みんなどうやってこの世界に来てるの?」
「それは――これじゃな」
リィナがぽん、と懐から出したのは、見慣れた“異次元求人票”。
「これに我の加護を宿しておる。これを見て、心から『行きたい』と願った者、あるいは『違う世界でも生きたい』と願った者だけが、唯一この地に来ることができるのじゃ」
「へー……って、え、それ神の仕事ってやつじゃない?」
「ふふふ。たまには女神らしいこともするのじゃ。まあ、この力を使ったせいで、我の神力はかなり削がれてしまったがな」
「うわ、ちゃんと理由あったのか」
「でもどうして、求人票に神の力を使おうと思ったのです?」
「それはじゃな……」
リィナは少しだけ視線をそらして、もごもごと口ごもった。
「……我1人じゃ寂しかったんじゃ。だがどうせなら、我を供養してくれるような“働き者”のほうがよいではないか」
「めちゃくちゃ個人的理由!!」
「神様の孤独ってそういう方向なんだ……」
「神も、寂しい時はあるのじゃ……(スープじゅるる)」
そう言ってリィナが懐から取り出したのは、銀色に光るカード状の何か。
中心には「供物受付用ポータル」と、妙に事務的なフォントで書かれていた。
「それを、地面に置くのじゃ。一定額以上の仕入れ希望があると、反応するはずじゃ」
「ええ……なんか、すごい通販っぽい……」
千歳がカードをそっと床に置くと、次の瞬間。
――ピィィン。
空気が弾け、まるでテレビ画面のように空間が四角く開いた。
「……来るよ」
クロエの声にみんなが注目する中、そこから現れたのは――
「ようこそ。
落ち着いた合成音声と共に、**銀のスーツにハイヒール、髪はミントグリーンのショートカットの“アンドロイドのお姉さん”**が現れた。
その表情はやや無機質ながら、所作は完璧に“できる営業レディ”。
「わあ……」
「……絶対、量販店のトップセールスとかやってたでしょこの人」
「いえ、アンドロイドですので……記憶領域には最大342次元分の営業データがインプットされております」
「想像以上だった」
彼女――異次元商人の名前は《レミリア=R4》型営業機。笑顔の代わりに無音のウィンクで、商品目録を次々と展開する。
そして次の瞬間――
「え、え!? に、人参が、10キロで……そ、そんな安いの!?」「玉ねぎ10kgで200円!? 安すぎる!」
「今すぐ買いますのです!! いますぐ全部買い占めますのです!!!」
「おちつけ佳苗!!」
あまりの価格差に、喫茶五分亭の面々はテンションマックス。
「……でもこれ、人参“っぽい”だけで、本当に人参なの?」
「品名:オレンジ根菜 19-J。形状、食感、栄養価すべてにおいてこの世界の人参と98%一致しています」
「なら、問題ないな」
「即・契約じゃな」
リィナがうなずくと、レミリア=R4は小さくうなずき、空間を指でスワイプ。次の瞬間には、立方体のパッケージが10個、カウンターに並んでいた。
「ご購入、ありがとうございました。仕入れは常時対応しております。またのご利用をお待ちしております」
そう言って、彼女はひらりとヒールを鳴らしながらポータルへと帰っていった。
「……なんか、通販番組の神が実体化したみたいだったね……」
「これで、利益率が飛躍的に改善するのです……!」
「この値段で仕入れて、味も問題なし。いや~、これはすごいわ……」
こうして、《五分亭》の仕入れ事情は劇的に改善されたのだった。
ただし後日、「ジャガイモっぽいけど煮崩れしない芋」とか、「タマネギなのに目にしみない玉」が届き、メニューの味に“謎の進化”が起きることになるが、それはまた別の話――。