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第20話 千歳、異次元通販に手を出す。

喫茶五分亭が開店して、はや一ヶ月。


繁華街の喫茶店にしてはやや風変わりな店構えだったが、口コミと物珍しさと……なぜか爆売れしている「埴輪饅頭」のおかげで、売上は上々だった。


「千歳。材料、いつもどこから仕入れているのだ?」


カウンターに座るエルファが、ふと首を傾げた。


「え? 業務スーパーだけど」


「……直で八百屋とか、卸売から買えんのか?」


「うち、信用ないから無理じゃない? 開業したばっかの弱小喫茶だし」


「ふむ……」


いつものようにスコーンをもぐもぐしながら考え込むダークエルフ。ちなみに彼女は同じエルフのセラスとは違い、あくまで筋トレではなく、甘味担当である。


「異次元商人から仕入れたらどうだ?」


「異次元……え、何?」


「異次元商人。文字通り、次元を越えて流通させてる商人だ。大抵の物は手に入るし、価格も現世よりだいぶ安い」


「え~! そんなのいるの?」


「この国、テレビというものを見ていると、毎日のように“値上げ”の話ばかりだろう。物価が高すぎる。なら異次元流通ルートを活かすべきだ」


確かに、と千歳はレジ横にある牛乳の伝票を思い出してため息をつく。


「じゃあ、直接異次元に買いに行けばいいんじゃない? ね、リィナ」


「それは無理じゃな」


店の隅でまかないスープをすすっていたリィナが、しれっと答えた。


「え、なんで?」


「我も含め、ここにおる異世界人は、すべて自らの世界から“異次元ホール”に吸い込まれて異次元に閉じ込められておる。よって、帰る手段は……ない。我も含めてない」


「え、帰れないの!? あんた神様じゃなかったの?」


「うむ、女神じゃ。しかし万能ではない」


「しれっと限界つけるななのです……」


佳苗がレジ裏でドリンクバーを拭きながらぼやいた。


「でも、みんなどうやってこの世界に来てるの?」


「それは――これじゃな」


リィナがぽん、と懐から出したのは、見慣れた“異次元求人票”。


「これに我の加護を宿しておる。これを見て、心から『行きたい』と願った者、あるいは『違う世界でも生きたい』と願った者だけが、唯一この地に来ることができるのじゃ」


「へー……って、え、それ神の仕事ってやつじゃない?」


「ふふふ。たまには女神らしいこともするのじゃ。まあ、この力を使ったせいで、我の神力はかなり削がれてしまったがな」


「うわ、ちゃんと理由あったのか」


「でもどうして、求人票に神の力を使おうと思ったのです?」


「それはじゃな……」


リィナは少しだけ視線をそらして、もごもごと口ごもった。


「……我1人じゃ寂しかったんじゃ。だがどうせなら、我を供養してくれるような“働き者”のほうがよいではないか」


「めちゃくちゃ個人的理由!!」


「神様の孤独ってそういう方向なんだ……」


「神も、寂しい時はあるのじゃ……(スープじゅるる)」


そう言ってリィナが懐から取り出したのは、銀色に光るカード状の何か。


中心には「供物受付用ポータル」と、妙に事務的なフォントで書かれていた。


「それを、地面に置くのじゃ。一定額以上の仕入れ希望があると、反応するはずじゃ」


「ええ……なんか、すごい通販っぽい……」


千歳がカードをそっと床に置くと、次の瞬間。


――ピィィン。


空気が弾け、まるでテレビ画面のように空間が四角く開いた。


「……来るよ」


クロエの声にみんなが注目する中、そこから現れたのは――


「ようこそ。異次元流通ネクスコアです。お取引をご希望ですか?」


落ち着いた合成音声と共に、**銀のスーツにハイヒール、髪はミントグリーンのショートカットの“アンドロイドのお姉さん”**が現れた。


その表情はやや無機質ながら、所作は完璧に“できる営業レディ”。


「わあ……」


「……絶対、量販店のトップセールスとかやってたでしょこの人」


「いえ、アンドロイドですので……記憶領域には最大342次元分の営業データがインプットされております」


「想像以上だった」


彼女――異次元商人の名前は《レミリア=R4》型営業機。笑顔の代わりに無音のウィンクで、商品目録を次々と展開する。


そして次の瞬間――


「え、え!? に、人参が、10キロで……そ、そんな安いの!?」「玉ねぎ10kgで200円!? 安すぎる!」


「今すぐ買いますのです!! いますぐ全部買い占めますのです!!!」


「おちつけ佳苗!!」


あまりの価格差に、喫茶五分亭の面々はテンションマックス。


「……でもこれ、人参“っぽい”だけで、本当に人参なの?」


「品名:オレンジ根菜 19-J。形状、食感、栄養価すべてにおいてこの世界の人参と98%一致しています」


「なら、問題ないな」


「即・契約じゃな」


リィナがうなずくと、レミリア=R4は小さくうなずき、空間を指でスワイプ。次の瞬間には、立方体のパッケージが10個、カウンターに並んでいた。


「ご購入、ありがとうございました。仕入れは常時対応しております。またのご利用をお待ちしております」


そう言って、彼女はひらりとヒールを鳴らしながらポータルへと帰っていった。


「……なんか、通販番組の神が実体化したみたいだったね……」


「これで、利益率が飛躍的に改善するのです……!」


「この値段で仕入れて、味も問題なし。いや~、これはすごいわ……」


こうして、《五分亭》の仕入れ事情は劇的に改善されたのだった。


ただし後日、「ジャガイモっぽいけど煮崩れしない芋」とか、「タマネギなのに目にしみない玉」が届き、メニューの味に“謎の進化”が起きることになるが、それはまた別の話――。

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