一階の喫茶店。
床がミシミシ言ってるが、気にしたら負けだ。なぜなら今日は……カフェのメニュー会議である!
店の名前は《五分亭》。食べたら五分寿命が縮むというエルファの能力から安易につけた。だが実際は使用を禁止した。
「ふわぁ~♡ おしゃれすぎて死ぬ~♡」
「それ、意味合い真逆なんじゃが……」
集まったのは、私・女神・小悪魔・ぶりっ子・姫巫女・そして無口なエルフという、まさにカオスのフルコース。
しかし、それでも――メニューを決めねばならぬ!
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1.佳苗の提案:《とろける甘美プリン》
「わたくしのは~♡ 《とろける甘美プリン》なのです」
金色に光るキャラメルソース、上にはハート型ベリー。乙女の魂を煮詰めたかのようなデザイン。
「食べたらね~、3分間だけ自分の声がアイドルボイスになっちゃうの♡『あっあ~ん♡』ってなるの♡」
「佳苗、お前がそれ言うと説得力が逆にゼロになるな」
効果:声が3分間だけアイドルボイス風になる。恥ずかしい人は注意。
価格:980円(税込)※小さな鏡付き
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2.千歳の提案:《限界OLのエナジー味噌汁》
「働く女の味方って感じで、《限界OLのエナジー味噌汁》いくわよ」
豆腐にネギ、そしてなぜか栄養ドリンクのような後味がある不思議な味噌汁。再現度は高い(誰の?)
「飲むと一時的に営業力が上がる気がするけど、その分、夜にどっと疲れが来るわ」
効果:気合いが入るが、あとで虚無になる。リアルな体験。
価格:980円(税込)※白ごはんセット+150円
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3.リィナの提案:《天翔る綿雲の甘露》
「我が出すは、《天翔る綿雲の甘露》――そなたらの魂を昇天させるふわふわじゃ!」
綿菓子にレモンの香り、口に入れるとパチパチする魔法的な加工つき。
しかも食べた人は3分間だけ、神様の夢を見られるとか。
「ちなみに副作用で、食べた後は神々しい台詞しか言えぬ」
「なんでそんな制限あるのよ」
効果:軽くトリップする甘味。テンションが天界寄りになる。
価格:1,280円(税込)※光るスプーンつき(持ち帰り不可)
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4.レミットの提案:《深淵の闇カレー》
「……カレー。黒い。……辛い。あと……過去、よみがえる」
それだけ言ってレミットが出したのは、真っ黒なカレー。香りは芳醇なのに、スプーンを入れた瞬間、脳裏に昔の黒歴史が。
「乗り越えたら、味わいが深くなるって…」
「いや乗り越える前提やめろ」
効果:過去のつらみを思い出すが、意外と元気になる。
価格:1,180円(税込)※涙拭き用ティッシュつき
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5.クロエの提案:《契約の誘惑サンド》
「こちら、《契約の誘惑サンド》。食べた瞬間、“あらゆる取引が成功する気”になりますの」
バジル香る高級ハムと黒パンの組み合わせ。口にすると、“YES”という幻聴が耳元で鳴るとか。
「※成功は保証いたしませんが、“気分”は上がりますわよ?」
「この悪魔……商売人として一流だな」
効果:交渉前に食べると自信が湧く。不安も湧く。結局±ゼロ。
価格:1,580円(税込)※交渉力は人それぞれ
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6.セラスの提案:《鍛錬の朝焼けパンケーキ》
誰よりも静かだったイケメンエルフ、セラスがふいに立ち上がる。
長い銀髪がふわりと揺れ、全員が一瞬息をのむ。
「……パンケーキ。プロテイン入り」
「セラス語訳:鍛錬の朝焼けパンケーキ、出ましたァーッ!」
ふっくらバナナ風味のパンケーキ。もっちもちの食感と、謎に“やる気”の湧く味付け。
効果:筋トレ欲が湧き、食後に姿勢が良くなる(当社比)
価格:1,380円(税込)※プロテイン量+300円で増量可
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「うーん、悪くないラインナップじゃない?」
「神のカフェとしては、ちと安い気もするがな」
「た、高いのは…勇気いるよね…」
「コスパは良好なのです。利益率的にも♡」
「……パンケーキ、仕込み時間……20分」
こうして、現代価格とネタ要素のギリギリの攻防を制した五分亭のメニューが完成した。
札幌駅前、元は廃ビルだった場所に突如現れた
今ではなぜか地元ニュースにも取り上げられ、「埴輪と神様の店」として話題を呼んでいた。
そして今日も。
「佳苗ー!《神のなんちゃらパフェ》2つー!あと《幻のサンド》も入ったー!」
「了解なのですー♡ 今まいりますのですー♡」
店内では、片桐千歳と佳苗が怒涛の注文に追われていた。
厨房とホールを全速力で行き来し、息を切らす千歳。
ぶりっ子調ながら手際よく商品を運ぶ佳苗。見た目は可愛らしいが、中身は一流OLのそれである、わけない。見事にひっくり返っていた。
「……《契約の誘惑サンド》、売り切れたわ」
レジ前で淡々と報告するのは、クロエ。声のトーンすらブレがない。
「えっ、マジ!? 今日の分もう終わり!?」
千歳が息を切らしながら振り向く。
「追加も可能だけど、例の『サンドから呪文が聞こえる』件で再検討したほうが――」
「やっぱやめとくわ……」
その会話の背後で、天井の梁に正座している金髪の女神がいた。今は“なんか居座ってる常連”みたいなポジションで、堂々と神々しくお茶を飲んでいる。働けよ。
「そなたらの戦いぶり、神の目から見てもあっぱれじゃ!」
「リィナ、戦いって言っちゃってるし!」
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レジ前の光景もまた、賑やかである。
「はにわ饅頭……これお土産にちょうどいいわね」
「光るやつもあるー!こっちも買うー!」
レジ横には、千歳たちが冗談半分で並べた《埴輪グッズ》がずらり。
「埴輪饅頭(こしあん)」「埴輪せんべい」「埴輪耳かき」「埴輪ポーチ」「動く埴輪根付」など、無駄にラインナップが豊富だ。
だが意外と、いや、かなり売れている。
クロエが冷静に補足する。
「物珍しさによる impulse purchase(衝動買い)効果ね。棚配置を右45度に回せば、さらに購入率が上がるかと」
「クロエ……本当にOL……?」
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閉店後
「っはー! やっと閉まったぁ……!!」
千歳がその場にへたり込む。床の冷たさすら気持ちいい。
「佳苗、水ー……いやむしろ点滴ー……」
「もう、千歳ちゃんったら軟弱なのですー♡」
「アンタは元気すぎんのよ!」
一方、クロエはすでに今日の売上をタブレットで確認していた。
「飲食部門の売上、昨日比112%。物販部門は埴輪グミがトップです。SNS効果も順調ですね」
「地味に埴輪が店の顔になりかけてるの、複雑なんだけど……」
そこへ、奥から銀髪のダークエルフ女性――エルファが出てきた。
「……これ、ひとりじゃ無理」
「だよね。厨房ずっと回してたし……ごめん、任せきりで……」
千歳が申し訳なさそうに言うと、エルファは静かに首を横に振る。
「必要なのは、追加戦力」
「じゃあ、あれしかないね……」
千歳はスマホを取り出した。
アプリ一覧の中に、ごく自然に混ざっている謎のアイコン――
求人票アプリバージョン。
「千歳ちゃん、またそれ使うのですか?」
佳苗がわくわくした顔で覗き込む。
「もう慣れたよ……異世界求人。今回は調理補助、即戦力優先でっと……」
「報酬条件どうします? はにわ饅頭支給? 埴輪住宅提供?」
「もうちょい真面目に出すよ!? 現代札幌の最低賃金くらいは出すし! ていうかなんで埴輪なの!?」
クロエはすでに履歴書フォーマットを整えている。
「入店初日のオリエン資料、更新しておきます」
「準備良すぎだよアンタらぁぁあ!」
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翌朝・開店前
裏口のチャイムが鳴った。
「……来たか」
千歳が開けると、そこには――黒衣の女性たちが5人。
みな尖った耳を持つ、美しきダークエルフ族だった。
「求人、確認しました。調理・ホールともに対応可能です」
「前職は《冥界珈琲》。即日勤務、問題ありません」
「……おお、ちゃんとしてる。今回は当たりかも」
その中のひとりが、一歩前へ出た。
「私が、まとめ役。エルファの知人。店は任せて」
「エルファの……!? あ、そういや名前聞いてなかったわ……」
リィナが椅子の上で神妙な顔をする。
「これは、神の采配かもしれんのぅ」
「いや求人出したの私だし!!」
喫茶五分亭にて。
「では、本日からこの五人が新メンバーとなります」
「うむ、期待しておるぞ。そなたらに埴輪の加護、あらんことを!」
リィナの神託(?)が響き渡る中、千歳はため息をつきながらエプロンを渡していった。
「……よし、今日も戦争の始まりだね」
「千歳ちゃん、がんばるのです♡」
「売上目標、今日は120%ですね」
「指導は私が引き受ける。安心して」
「いざとなれば埴輪投げます」
「その手段やめて」
こうして《五分亭》は、さらなる異次元の波に乗って、にぎやかな日々を迎えることになった。