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第18話 千歳、喫茶店を開業する。

「……テレビ映んない」


そう呟いたのは、ピコリーナ・カンパニー唯一のテレビ視聴担当、千歳。札幌駅前の廃ビル二階、なんとか映る地デジを頼りに、今日も情報収集に余念がない。が、テレビはお約束のノイズ交じり。


「こっちの角度じゃないかな?」


「いや、リィナが魔力で微調整すれば――」


「神力は使えぬと何度言えばよいか!」


と、女神・リィナがスリッパ片手に怒鳴る。


ちなみに彼女の神力は現在、電波干渉にも役立たない。


ようやく映った画面には、見慣れたアナウンサーがテンション高めに報じていた。


「石川県某所の海岸線に、突如現れた謎の“遺跡”!専門家によれば、巨大なゴーレムのような形をしており……」


「またなんか出たー!!!」


「待って、あれ、うちの埴輪じゃないよね!?」


佳苗が、ブリっ子口調で「似てるのです」と言いながらスカートをバサバサする。意味はない。


「これは……神話級の何か。占ってみよう」


事情を知らないレミットが目を細めるが、


その後に続いたのは「今日の占いでは、石川県はラッキー☆」という、神通力1ミリも関係なさそうな助言だった。


「ま、あの遺跡はおいといて、私らには次の仕事が大事でしょーよ」と、


千歳が締めくくる。


「てか、あれ、うちの誰かの仕業じゃないよね?」


「知らん知らん」


「埴輪なんてどこにもあるよ」


「それかカニ丸の抜け殻じゃない?」


そして画面に映った“ゴーレム遺跡”は、どう見てもドヤ顔の埴輪が2体並んでポージングしているものだった。


「――似てるけど……本当うちじゃないよね? ね? 歴史変えたとかある?」


「自覚ないだけで埴輪、夜中に歩いてんじゃ……」


部屋に流れる、妙な沈黙。


一同は気づいた――あの遺跡、やっぱりうちのせいかもしれない。


「でもさ……」と、千歳が腕を組んで言う。


「結局、海の家なんてなかったじゃん。むしろ破壊したじゃん。あれ」


「山賊も出たし……」


「かに丸も……」


「結局は焼かれてたよな……タレ付きで……」


「神よ、カニに哀れみを……」


レミットが静かに祈りを捧げる中、クロエが資料を広げる。


「ですが皆、見て!こちらが今回の売上よ」


「おっ、けっこういいじゃん!」


「戦国時代にしてはね!」


「埴輪くじが爆発的に当たったおかげです」


「そろばん塾て神への信仰のおかげじゃな」


そこへ、スッと手を挙げるクロエ。


「さて、次なる手を考えねばならないの。この利益を元手に、新たな商品開発を――」


「お菓子!!」と佳苗が飛び上がる。


「いやいや、お菓子は原材料が難しいから……」


「ジム器具とか?」


「筋トレしながらお菓子が出るマシンどう?」


「どんな地獄の商品だそれは」と、千歳が即ツッコミ。


「ていうか、そもそもウチの商品ってなんなんだっけ?」と、佳苗が首をかしげる。


「おおむね、埴輪」と、クロエ。


「そうなんだよなー」と、千歳がため息をついたそのとき――


「ねえ、ジムの帰りに軽食食べて帰る人、多いんですよね」と、レミットがぽつり。


「え?」


「見て。ビルの前、ジム帰りの人がコンビニ前に群れてる。つまりだ、ここで喫茶店をやれば――」


「カフェ経営!?」


全員の目が輝いた。


「それってアレでしょ、ミルクフォームとか乗せるやつ!?」


「パンケーキに花びらとか刺さってるやつ!」


「高いけど!写真映え!」


「爆発的女子力!!」


「というわけで、プレゼン大会を開催します!」


ドン!


と、ホワイトボードに文字を書き殴るクロエ。


《喫茶部門新設 プレゼン大会》


「勝者には、第一号メニューの命名権を与えるとしましょう」


「やる気出たああああ!!」


「よし、絶対『クロエの悪魔的アフォガート』って名付けてやる!!」


「えー、私は『よもつカフェモカ地獄ver.』がいいのです☆」


「地獄やめろ!!」


こうして、一同は新たな戦い――喫茶店プレゼンバトルに向けて動き出したのであった。



翌日。


「では! プレゼン大会、開催ですわ!」


クロエが机を叩き、まるで高級百貨店の営業会議か何かのようなテンションで場を仕切る。


なのに場所は一階の元食堂っぽいところ。後ろでゴキブリホイホイが転がっているのが哀愁を誘う。


「持ち時間は一人三分、内容は“喫茶店で提供する商品”について! では最初の発表者、佳苗さん!」


「はぁ~い♡ それじゃあアタシの考えた夢のスイーツ♡ その名も~《ぶりぶりラブリー♡乙女の気まぐれパフェ》なのです」


「長い!」


「とにかくかわいくて~♡ なんかキラキラしてて~♡ あと、ふわふわのユニコーン型マシュマロが上に乗ってて~♡」


「それ、何味なんだ……」


「ぶりっ子味♡」


「なにそれ怖い」


クロエがそっと「女子高生マーケティングには効くかもしれませんね」とメモを取っているが、全員の目は若干引いている。


「次! セラスさん!」


「オレはこれだ――《プロテイン・オ・レ》!」


「出たな筋肉枠!」


「ブラックコーヒーにプロテインを混ぜて、筋肉にも覚醒を! さらにベンチプレス付き座席で飲んでるうちにムキムキになる!」


「カフェに求めてるものと違う!」


「そもそもそれ飲みながらベンチプレスって、命がけでくつろげないよ!?」


「では続いて、リィナさま!」


「うむ。我の案は……《女神の祝福ティーセット~加護つき~》じゃ!」


「それなんかすごそう!」


「スコーン、紅茶、そして女神の祈りがセットでな……『今日のあなたは、大吉じゃ♡』」


「完全に占い喫茶だ!」


「しかも加護は“当たりやすいくじ引き”程度なのじゃ! 神の力は今、だいぶしょぼい!」


「それでも地味に嬉しい!」


「次は、ヨモツ……って、いないわ!?」


「連絡したら“この世界の食べ物は全てにおいて味が濃い゛って言ってました」


「……あの……えっと……次、レミット……?」


千歳がそっと促すと、レミットはボソボソと立ち上がった。目は相変わらず虚無である。


「喫茶……ですか……。ええ、わかりました……プレゼン……します……」


全員が「大丈夫かな!?」という目で見守る中、レミットは重たい口を開いた。


「提案するのは……《帰らぬ者の喫茶室(リターンレス・ティータイム)》です……」


「!? いきなりホラーなんですけど!」


「……死者を弔う……静謐な空間……蝋燭の明かり……空気は冷たく……」


「ちょっと待てちょっと待て、カフェだよね!?」


「……メニューは、黒胡麻のムース……漆黒のコーヒー……呪詛のスコーン……」


「名前が呪いすぎて食欲なくなるんだけど!」


リィナがこっそり言った。


「……この子、巫女時代も供物に石炭詰めて出してきおってのう……」


「誰向け!? 誰得なのそれ!?」


レミットは続けた。


「……カップには、それぞれ“この世に未練がある者の名前”が一つ刻まれていて……あなたが飲み干すことで……供養されるのです……」


「エンタメが供養に振り切れてる! そして未練って何!?」


「……私は、忘れられた神の喫茶室を夢見ております……あの日……声を失った時から……」


そのまま床を見つめ、急に話さなくなるレミット。


「あ、終わったっぽい……!」


しーん。


誰も何も言えない空気の中、クロエだけがメモを取りながら頷いていた。


「……これはこれで、オカルト女子やサブカル層には刺さる可能性が……!」


「何それ怖い」


「では最後、千歳さんお願いします!」


「えっ、あたし? 何も用意してな――」


「現場リーダー枠です。逃げられません」


仕方なく立ち上がる千歳、咳払いして言った。


「……『カニ、返して定食』」


「返ってこねぇよ!」


「もうさ……あたしたち、海の家で色々あったじゃん……」


「かに丸……」


「それが焼かれて……」


「戻ってきたらほんのりと塩とレモンがいい香りで……」


全員が遠い目をする。


「そんな哀しみを乗り越えるために、カニカマをふんだんに使った慰霊定食を――」


「現代のカニ代用!!」


「供養にならんわ!!」



「はいっ、以上でプレゼン終了ですわ! 審査は明日、全社員による人気投票で決定といたしましょう!」


「人気……これはあたしの時代……♡」


「いや、筋肉に票は入らんと思うぞ……」


こうして、ピコリーナ・カンパニー初の「社内プレゼン大会」は、混沌と希望を抱えて幕を閉じた。



そしてプレゼン大会から数日後、会社の1階を喫茶スペースに改装する準備が着々と進められていた――が。


「……ねぇ、ぶっちゃけさ。うちら誰もまともに料理できてなかったよね」


千歳の冷静な指摘に、全員が一斉にそっぽを向いた。


「あの後、わたくし、マカロンを焼こうとしたら爆発しましたわ」


「オレ、卵割ったらプロテイン混ぜそうになった」


「我は神殿で供されるごはんを食べるだけの存在じゃしな」


「アタシは~、市販の冷凍パスタ♡ チンしたら上手にできるのです♡」


「それ調理じゃねぇ」


結論――「素人集団がカフェやるの無理」。


「やっぱり、プロの料理人を雇うしかないわね……」


そして数日後、求人広告を出したところ、面接にやってきたのは――


「お、おぉぉぉぉぉ……!?」


美しい黒髪に陶器のような白い肌、片耳に光るピアスと紫の瞳を持つ、超美少女のダークエルフが立っていた。


「初めまして。元・魔王軍毒料理担当、エルファ・クレイズです。以後、お見知りおきを」


「職歴が物騒なんよ!?」


「毒って!?」


「いや待って、それで応募してくるなよ!?」


千歳たちが若干引き気味になる中、クロエが興奮して食い気味に言った。


「しかし! 元魔王軍の料理人とあらば、料理の腕は本物……! 試食、させていただけますか?」


「もちろんです。では、こちら――《魂震えるクリスタル・オムライス》」


エルファが差し出した皿には、宝石のように輝く謎のオムライスが鎮座していた。光ってる。なぜかチーンという音が聞こえる。


「見た目が完全にアーティファクト……」


「なにこれ……おいしそ……」


千歳がスプーンでひとくち口に運ぶと、突然――


「おいしーーーーーーーーっっ!!」


涙がボロボロとあふれる。


「何これ!? すごい! 天使!? いや悪魔!? いや、天悪混合体の味!!!」


「例えが迷走しとる」


全員で分けて食べた結果、全員が感動のあまり軽く昇天しかけた。


「これは……! ピコリーナ・カフェの目玉メニューになる! いやもう宗教になりそう!」


が、その直後。


「あ、言い忘れてました。一皿で、寿命が五分、縮みます」


「おい!!」


「何の副作用だよ!!」


「魔王軍時代に開発した魔法調味料が微量に残ってまして……」


「普通のを作れよ!!」


「はい……改良、がんばります……」


こうして、最高においしくてちょっぴり呪われたカフェメニューと共に、ピコリーナ・カフェは(たぶん)近日オープン予定!


「っていうか……カニカマ定食どこ行ったのよ!?」


「供養されました♡」


「成仏してくれ……」


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