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第49話 かぐや姫、聖書を閉じる。

ピコリーナ・カンパニーには、一人の青年が働いている。


その名は──エリオス=ライトロード。


かつて異世界を震撼させた、伝説の勇者である。


──今はクレーム処理係だが。




「はい、お客様のお怒りはもっともでございます……ですが便座が逆に取り付けられていた件については、施工担当が“こっちの方が運気が上がる”って言ってまして……はい、申し訳ございませんでしたァァァ!!」


今日も彼は、聖剣を背に、民の怒りと戦っていた。


かつては魔王を斬った神剣。


今は、便座の向きに謝罪するための“背負い物”である。


「……これも困ってる民を救うため! ……ってことにしとかなきゃ、やってられないよな……」


そうでも思わなきゃ、前髪が持たない。というか最近すでに怪しい。


というか、なんで勇者の俺が便座の角度で謝ってるんだ!? てかうちの会社、便座の施工とかやってたか?


エリオスは頭を抱えながら、あの運命の日を思い出す。 


◆ ◆ ◆ 


かつての異世界。


仲間三人とともに、魔王と対峙した。


雷鳴、火柱、空間の裂け目。


──突如現れた謎の時空の渦。


「って、展開急すぎだろ!」


とか思う暇もなく、勇者と魔王はワープされ、気づいたらこの世界にいた。




「で、なんでその後ホームレスになってんだよ!」




一度プリン泥棒として逮捕され、ようやく再会した魔王は、トイレ掃除をしていた。


「おう、余だ。今は清掃員として暮らしておる。オムライスも作れる」


──もう何もわからない。


だが奴は悪事もせず、むしろ会社では「清掃部門のエース」として暮らしている。


何故かって? 


この世界には魔王を超える破壊神──佳苗(OL)が存在しているからだ。


「あの女だけはマジでダメだ……威圧感がレベルカンストしてる……」


一方、自分はというと。


勇者という肩書きはただの過去。


今や名もなき会社員。クレーム処理という、異世界には存在しなかった魔物と日々戦っている。 


「俺は、魔王を倒すために生まれてきた!」


「……とか言っといて、今じゃ奴と同じ会社なんだけどな!! しかもいなくなったらトイレが回らないってどういうことだよ!!」


◆ ◆ ◆ 


そんなある夜。


仕事終わりのエリオスは、ぽつりと呟いた。


「たまには飲みに行くか……。おい魔王、どうせ暇だろ? 一杯付き合えよ」


「すまん。余は今夜、エルファとクロエと“最新型オムライス”の開発に挑む。余の味覚センサーが試されておるのだ」


「……あんた、楽しそうだな」


仕方なく、エリオスはひとりで向かった。


ピコリーナホテル・ステラ──通称“神殿”のバーへ。


今日もまた、聖剣を背負ってひとり酒。


ツラいのは酒より、明日も便座の向きで怒られることだ。


「……いらっしゃいませ」


受付巫女のレミットが、バーテンダーを兼任していた。


「リィナ様は?」


「……いま……オムライスの海に……沈まれました……」


「そっちはそっちで大変そうだな……」


グラスを傾けたそのとき、不意に横から声がかかった。


「おひとりで? でしたら、ご一緒しても?」


振り返ると、そこには──謎の着物美女。


どこか浮世離れした美しさと、月の光を思わせる瞳。


「ど、どなたですか?」


「かぐやと申します。月より修行にまいりました」


「設定重すぎだろ!?」


なんでもピコリーナで受付研修中とのこと。


この会社、職業訓練の幅が広すぎる。


「勇者様は……今も誰かのために働いておられるのですね。とても……尊いです」


「……え。ええと、ありがとう……?」


この世界で、そんな風に言ってくれる人がいるなんて。


正直、ちょっと泣きそうだった。


だがその瞬間──



◆ ◆ ◆ 


──ドゴォン!!!


隣の部屋から爆音。


空飛ぶオムライスが花火のように舞い、クロエとエルファの怒号が飛び交う。


「タバスコ入れすぎですわクロエさん!」


「そっちが“地獄のソース”とか混ぜたのが原因でしょ!?」


「リィナ様がバズーカを構えておられます!」


「ぎゃあああああああ!!」


爆発の余波で、かぐやがバランスを崩してエリオスに倒れ込む。


──距離が、近い。


「……殿方の、胸とは……こんなにも硬くて、温かいのですのね……」


「……う、うん。筋トレだけは続けてるから……」


「また……お話、してもよろしいですか?」


「も、もちろん……!」


エリオスの胸に、ほんのり灯った、小さな癒やし。


この世界でも、ちょっとだけ“救われる”瞬間はあるらしい。



◆ ◆ ◆ 


翌日。


予想通り便座カバーのクレーム処理をしていたが、エリオスの心はほんのり浮ついていた。


「また……会いたいな、かぐやさん」


だがそのころ、バー“神殿”では──


「わたくし、恋をしました」


かぐやがリィナに恋の相談をした。


成就したい。結婚したい。子供を産みたい。幸せな家庭を築きたい。


「……勇者様って、本当に……こう、すてきな筋肉ですわ……女性でも、惚れてしまいそう……ふふ……」


「ん? 女性“でも”?」


「い、いえ。なんでもありませんのよ」


「まぁ我に任せよ! 主の恋、成就させてやろう!」


なぜか、神であるリィナが恋愛相談に乗ることになった。


──そして社長室。


「で、なんで私のところに来るのよ」


「我は神じゃ。恋愛経験はゼロじゃが、神力はある。……多分、恋もバズーカでなんとかなると思ってな」


「それは神じゃなくて、ただの暴力」


ジト目の千歳。


「だって我は神じゃ。恋愛などしたことない。千歳の方が経験豊富じゃろ?」


「うーん……私の場合、結構告白されるんだけど、その日の夜には別れてたのよね。だっていちいちあーだこーだ……」


相談した相手が悪かった。



◆ ◆ ◆ 


リィナが次に向かったのは、ホテル・ステラに住み込み状態で小説を書いている──どう見ても避けたくなる風貌の倫太郎。


「倫太郎よ。我の力では及ばぬ。月姫の恋を成就できるのは主しかおらぬ」


「ついに俺の出番が来たか……! 任せておけ!」


一時間後。


倫太郎は分厚い冊子を完成させた。


──タイトルは。


『恋する月姫 ~異世界転生してきた俺の推しが勇者だった件~』


「ふむ、これはまさに聖書!」


リィナはそれを持ち帰り、神殿バーでかぐやに手渡す。


「待たせたな。これが聖書じゃ。しっかり読み込むがよい」


「ありがとうございます」


◆ ◆ ◆ 


そして──かぐやは、静かにその聖書を閉じた。


「リィナ様。残念ですが……わたくしには無理なようです」


「何故じゃ?」


「……わたくし、男の娘なんです」


──時が、止まる。


「つまり……?」


「今、わかりました。わたくしの恋愛対象は女性だったのですね」


「……お、おう。我は最初からわかっておったぞ(震え声)」


「今一度、自分を見つめなおしてまいります。ありがとうございました」


一礼して、かぐやは月へ帰っていった。


◆ ◆ ◆ 


その夜。


勇者は一人、バーで泣いた。


「また、どこかで……いや、月は……ちょっと、勇者でも届かない場所だな……」


一方そのころ、社長室。


「これ、恋愛小説じゃなくて、完全に官能小説じゃない……」


千歳が本を手に、うわーって顔でつぶやいていた。


「この本、どうしたらいいのよ……」




こうして今日も、平和に終わったのであった

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