目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第54話 千歳、真実を知る

「とまあ、大体見てきたわけなんだけど……」


千歳のぼそりとした声が、部屋の中に虚しく響く。


煌びやかな天界風の室内──白金のカーテン、輝く大理石の床、宙に浮かぶテーブルとティーカップ。


まるで「天界のインテリア図鑑」の中に入り込んだような空間だった。


「なにこの、“いかにも天界です!”って部屋……! 浮いてるし! 紅茶のカップも浮いてるし!」


「神の領域じゃ」


当然のように紅茶を啜るリィナが言う。背筋を伸ばし、まるで格式高い女王のような姿で。


「毎月大赤字よ……」


千歳はソファに沈みながらため息を吐いた。


「まぁ新社屋じゃからな。皆の希望を聞いたらこうなっただけじゃ。モチベーションは重要じゃろ?」


「まあ……利益が出るならね」


千歳はカップを手に取ってからふと目を細める。


「……でも、リィナ。今日ここに来たの、内装を見に来たからじゃないのよ」


「ほう」


リィナは静かにカップを置き、千歳に向き直った。


「聞くわ。リィナ……佳苗が“破壊神”って、どういうこと?」


数秒の沈黙。やがて、リィナはそっと目を閉じた。


「……そうか。知ってしまったか。それを知る者は、今まで我と魔王、そして勇者のみじゃった」


「……」


「まぁ良い。千歳はよくやってくれておる。真実を知る時が来たのかもしれん。ただ、最初に言っておく。最初に語られる“破壊神”は、佳苗のことではない。心して聞け」


千歳は無言でうなずいた。


「遥か太古、神話の時代──すべての世界には一柱の神が存在し、我もまたその一柱であった。そして、その神々を束ねる“全治の神”という存在があった。すべての次元の上に立つ、絶対神じゃ」


リィナの声が低くなる。


「しかし、あるとき現れたのじゃ。全治の神を滅ぼす存在──“破壊神”。いや、“全てを滅する者”じゃ」


「……」


「全治の神が滅んだその瞬間、世界の均衡は崩れ、各異世界に“異次元ホール”が発生した。無数の世界が、穴に飲み込まれたのじゃ」


「異次元ホール……」


「そう。そして、その穴からこの世界へ流れ着いた者たちが──今、ここで働いておる。彼らが“帰りたがらない”のではない。帰っても、世界がもう滅んでいるのじゃ」


「……」


千歳は唇を噛む。そこには、かつて“中途採用で来た変なやつら”程度にしか思っていなかった面々の、切実な背景が垣間見えた。


「だが、この世界には異次元ホールがない。それは、破壊神が……滅んだからじゃ」


「破壊神が滅んだ……?」


リィナは静かにうなずいた。


「ある世界で破壊神が異次元ホールを開いたとき、ひとりの少女が立ち向かった。当時、わずか9歳──そう、佳苗じゃ」


「9歳!? 無理でしょ!」


「破壊神は完全に油断しておった。子供と侮っての。佳苗はその額に──デコピンをかました」


「…………は?」


「その一撃で、破壊神は、破壊された」


「デコピンで!?」


「デコピンで」


千歳は頭を抱えた。なんだその神話。


「その日から佳苗は、神々にとっての新たなる“破壊神”となった。恐怖じゃ。神々は彼女を、異次元ホールの中に封じ込めた。……神も、命が惜しいからな」


「ひど……」


「だが、我と数柱の神は信じた。教育次第で彼女は“破壊神”にも“全治の神”にもなれる。だから、自らもホールへ飛び込んだのじゃ」


リィナの声に、微かな熱がこもる。


「その頃、別の異世界では勇者と魔王が戦っておった。だが異次元ホールに飲み込まれ、我らと合流した」


「えっ、勇者と魔王って仲良かったの?」


「いいや。仲は悪いままじゃ。我らは力を合わせ、なんとか脱出を試みた。だがホールは破壊神が残した遺産。神力も通じなんだ」


「詰んでる……」


「そのとき、佳苗がホールを睨みつけた。その瞬間、穴に穴が空いた」


「……目力!?」


「そうして我らは、この世界へ流れ着いた。異次元ホールは封じられ、戻ることも叶わぬまま、我らはこの世界で生きると決めた」


「でも魔王と勇者、また喧嘩したんでしょ」


「うむ。ウザかったので、魔王はビルの地下に封印し、勇者はそこらのゴミ箱に入れておいた」


「勇者の扱い雑すぎ!!」


「それから佳苗は人間社会に混じって育った。両親も友もおらず、公園の土管で暮らし、我らは遠くから見守ることしかできなかった」


「そりゃ破壊神にもなるわよ……」


「しかし、16歳のとき、初めて“友達”ができた。──それが、主。千歳、そなたじゃ」


「……!」


「その瞬間、佳苗の中の破壊神の心は、少しだけ小さくなった。もしや、彼女は“普通の幸せ”を得られるかもしれぬ……我らは希望を抱いた」


「……」


「そして、思ったのじゃ。彼女を救えた主なら、異次元で取り残された民も救えるかもしれぬ」


「まさか……」


「だから、わざと主の就職活動を全敗させた。そして“偶然を装って”わらわが現れ、最後の神力で求人票を与えた。……消費者金融からも借りたぞ」


「ちょっっ……!! お前らのせいで全滅だったの!?」


「大変じゃったのじゃぞ? 企業の役員の枕元に夜な夜な立って、『採用したら呪う』ってお告げを──」


「お告げじゃねぇえええ!!」


「じゃが、佳苗がここで働くと言った時は震えた。下手したら世界が滅ぶし、断ったら我が滅ぼされかねん」


「判断材料に命が入ってるのやめて……」


「まぁ、人が増えて我一人では手に負えんくなって、魔王を復活させるようテコ入れをしたのじゃが……勇者も一緒に出てきてしまっての。あやつのこと忘れておった」


「勇者の扱い!!」


「そんなところじゃな。──で、今後どうするつもりじゃ?」


「いや、こっちが聞きたいわよ。会社拡大して異世界人増やし続けるのも限界あるでしょ?」


「あと8000億人くらいかのう。なにせこの世界以外、滅んでおるからのう」


「多すぎるわ!!」


「最終的には、ヨモツの作る“異次元埴輪”を完成させて、ここで働かせて経験を積ませ、滅んだ世界へ帰還させる。そして世界を再建するのじゃ」


「壮大すぎてついていけないわよ……」


「佳苗にも、自らの力を正しく使えるよう教育し、異次元ホールを破壊してもらう。──それがトゥルーエンドじゃ」


「どんどん話が壮大になるわね……」


「まだ先の話じゃ。我の力も、全盛期の欠片すらない」


「いつ戻るの?」


「毎日この紅茶を飲めば少しずつ戻る。まぁ聖水なんじゃが。……消費者金融から借りた神力の返済がまだ終わっておらんのじゃ。リボ払いではキツい!」


「なにその神の業界システム!?」


千歳の怒声が、“神の領域”に響き渡るのであった──。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?