「とまあ、大体見てきたわけなんだけど……」
千歳のぼそりとした声が、部屋の中に虚しく響く。
煌びやかな天界風の室内──白金のカーテン、輝く大理石の床、宙に浮かぶテーブルとティーカップ。
まるで「天界のインテリア図鑑」の中に入り込んだような空間だった。
「なにこの、“いかにも天界です!”って部屋……! 浮いてるし! 紅茶のカップも浮いてるし!」
「神の領域じゃ」
当然のように紅茶を啜るリィナが言う。背筋を伸ばし、まるで格式高い女王のような姿で。
「毎月大赤字よ……」
千歳はソファに沈みながらため息を吐いた。
「まぁ新社屋じゃからな。皆の希望を聞いたらこうなっただけじゃ。モチベーションは重要じゃろ?」
「まあ……利益が出るならね」
千歳はカップを手に取ってからふと目を細める。
「……でも、リィナ。今日ここに来たの、内装を見に来たからじゃないのよ」
「ほう」
リィナは静かにカップを置き、千歳に向き直った。
「聞くわ。リィナ……佳苗が“破壊神”って、どういうこと?」
数秒の沈黙。やがて、リィナはそっと目を閉じた。
「……そうか。知ってしまったか。それを知る者は、今まで我と魔王、そして勇者のみじゃった」
「……」
「まぁ良い。千歳はよくやってくれておる。真実を知る時が来たのかもしれん。ただ、最初に言っておく。最初に語られる“破壊神”は、佳苗のことではない。心して聞け」
千歳は無言でうなずいた。
「遥か太古、神話の時代──すべての世界には一柱の神が存在し、我もまたその一柱であった。そして、その神々を束ねる“全治の神”という存在があった。すべての次元の上に立つ、絶対神じゃ」
リィナの声が低くなる。
「しかし、あるとき現れたのじゃ。全治の神を滅ぼす存在──“破壊神”。いや、“全てを滅する者”じゃ」
「……」
「全治の神が滅んだその瞬間、世界の均衡は崩れ、各異世界に“異次元ホール”が発生した。無数の世界が、穴に飲み込まれたのじゃ」
「異次元ホール……」
「そう。そして、その穴からこの世界へ流れ着いた者たちが──今、ここで働いておる。彼らが“帰りたがらない”のではない。帰っても、世界がもう滅んでいるのじゃ」
「……」
千歳は唇を噛む。そこには、かつて“中途採用で来た変なやつら”程度にしか思っていなかった面々の、切実な背景が垣間見えた。
「だが、この世界には異次元ホールがない。それは、破壊神が……滅んだからじゃ」
「破壊神が滅んだ……?」
リィナは静かにうなずいた。
「ある世界で破壊神が異次元ホールを開いたとき、ひとりの少女が立ち向かった。当時、わずか9歳──そう、佳苗じゃ」
「9歳!? 無理でしょ!」
「破壊神は完全に油断しておった。子供と侮っての。佳苗はその額に──デコピンをかました」
「…………は?」
「その一撃で、破壊神は、破壊された」
「デコピンで!?」
「デコピンで」
千歳は頭を抱えた。なんだその神話。
「その日から佳苗は、神々にとっての新たなる“破壊神”となった。恐怖じゃ。神々は彼女を、異次元ホールの中に封じ込めた。……神も、命が惜しいからな」
「ひど……」
「だが、我と数柱の神は信じた。教育次第で彼女は“破壊神”にも“全治の神”にもなれる。だから、自らもホールへ飛び込んだのじゃ」
リィナの声に、微かな熱がこもる。
「その頃、別の異世界では勇者と魔王が戦っておった。だが異次元ホールに飲み込まれ、我らと合流した」
「えっ、勇者と魔王って仲良かったの?」
「いいや。仲は悪いままじゃ。我らは力を合わせ、なんとか脱出を試みた。だがホールは破壊神が残した遺産。神力も通じなんだ」
「詰んでる……」
「そのとき、佳苗がホールを睨みつけた。その瞬間、穴に穴が空いた」
「……目力!?」
「そうして我らは、この世界へ流れ着いた。異次元ホールは封じられ、戻ることも叶わぬまま、我らはこの世界で生きると決めた」
「でも魔王と勇者、また喧嘩したんでしょ」
「うむ。ウザかったので、魔王はビルの地下に封印し、勇者はそこらのゴミ箱に入れておいた」
「勇者の扱い雑すぎ!!」
「それから佳苗は人間社会に混じって育った。両親も友もおらず、公園の土管で暮らし、我らは遠くから見守ることしかできなかった」
「そりゃ破壊神にもなるわよ……」
「しかし、16歳のとき、初めて“友達”ができた。──それが、主。千歳、そなたじゃ」
「……!」
「その瞬間、佳苗の中の破壊神の心は、少しだけ小さくなった。もしや、彼女は“普通の幸せ”を得られるかもしれぬ……我らは希望を抱いた」
「……」
「そして、思ったのじゃ。彼女を救えた主なら、異次元で取り残された民も救えるかもしれぬ」
「まさか……」
「だから、わざと主の就職活動を全敗させた。そして“偶然を装って”わらわが現れ、最後の神力で求人票を与えた。……消費者金融からも借りたぞ」
「ちょっっ……!! お前らのせいで全滅だったの!?」
「大変じゃったのじゃぞ? 企業の役員の枕元に夜な夜な立って、『採用したら呪う』ってお告げを──」
「お告げじゃねぇえええ!!」
「じゃが、佳苗がここで働くと言った時は震えた。下手したら世界が滅ぶし、断ったら我が滅ぼされかねん」
「判断材料に命が入ってるのやめて……」
「まぁ、人が増えて我一人では手に負えんくなって、魔王を復活させるようテコ入れをしたのじゃが……勇者も一緒に出てきてしまっての。あやつのこと忘れておった」
「勇者の扱い!!」
「そんなところじゃな。──で、今後どうするつもりじゃ?」
「いや、こっちが聞きたいわよ。会社拡大して異世界人増やし続けるのも限界あるでしょ?」
「あと8000億人くらいかのう。なにせこの世界以外、滅んでおるからのう」
「多すぎるわ!!」
「最終的には、ヨモツの作る“異次元埴輪”を完成させて、ここで働かせて経験を積ませ、滅んだ世界へ帰還させる。そして世界を再建するのじゃ」
「壮大すぎてついていけないわよ……」
「佳苗にも、自らの力を正しく使えるよう教育し、異次元ホールを破壊してもらう。──それがトゥルーエンドじゃ」
「どんどん話が壮大になるわね……」
「まだ先の話じゃ。我の力も、全盛期の欠片すらない」
「いつ戻るの?」
「毎日この紅茶を飲めば少しずつ戻る。まぁ聖水なんじゃが。……消費者金融から借りた神力の返済がまだ終わっておらんのじゃ。リボ払いではキツい!」
「なにその神の業界システム!?」
千歳の怒声が、“神の領域”に響き渡るのであった──。