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第53話 千歳、新社屋で日常と混沌を見守る。

ピコリーナ新社屋――地上32階建ての超高層ビル。その30階にあるのが、私こと片桐千歳の新・社長室である。なんと専用エレベーター付き。


まさか、二年前にダンボールの上で寝ていた私が、こんな場所で働けるようになるなんて。感動で涙が出そうである。あのときは電気も水道もなかったんだぞ、ほんとに。


「社長。これからが返済地獄の始まりですぞぃ」


そんな私の目の前に、どこからともなく現れた財務部長ハクジョウが、ぺらっと紙を一枚差し出してきた。


「……請求書?」


「そうですぞぃ。このビルの建設費用、儂の血と汗と涙が染み込んだ地獄の請求書じゃ」


震える手でその金額欄に目をやった瞬間――私は倒れそうになった。


「いっちょ、ろくせんおく……!?」


「うむ。一兆六千億」


「破産!破産ですよこれ!? ていうか最上階の32階、女神の部屋だけで一兆かかってるって何!?」


「異名通りの穀潰しですな」


「穀潰し言うな!?」


「まあまあ、よく見てくだされ。単位じゃ」


「単位……?」


「ゴブリ、ですな」


「ゴブリ? その通貨レートいくら!?」


「うーん……日本円でざっと、十六万円くらいですかなぁ」


「やっっす!!」


「円が高いんですじゃ。とはいえ、ライフラインの維持費がうんびゃく万円かかるのは事実ですぞ」


「……は?」


「ほれ、よく見てくだされ。どこもかしこも電飾ピカピカ。入り口には巨大水槽、天井からは滝のカーテン、音響設備はコンサートホール並み。これだけで光熱費はテーマパーク級じゃ」


「ぐぬぬ……」


というわけで、私・社長片桐千歳は、節約と節電を社内に徹底すべく、フロア見回りを開始したのだった。


一階。受付フロア。天井高っ。広いっ。そして受付係が10名もいる。しかもみんな可愛い。チーフは呪われ姫巫女レミットである。


「この立派なペンと紙は?」


「……冷やかしで来た者を……確実に……呪えるように……」


「普通のにしなさい!!」


左手には、いつの間にかメイド喫茶にバージョンアップしていた喫茶五分亭。料理長エルファに確認すると、


「経費の分はチェキとイベントでボッタくるから大丈夫だ」


「やめて!? うち一応ホワイト企業目指してるから!?」


二階。全面拡張されたジムにはなんと温泉までできていた。


「広くなった分、器具揃えた。その分働く。会員を増やす」


トレーナーのセラスが静かに答えた。うむ、それならよし。


三階はアパレル。全体が幽霊キリの担当らしいのだが、置いてある服が全部ホラーすぎる。なんでこの世の未練みたいなデザインばかりなの?


「驚かされる側の服、作ってくださいってお願いしておいたから……きっと改善されるはず……」


四階は本屋。え、本屋? ちょっと普通で逆にびっくりした。


「俺、ネタ枯渇したから働くことにした」


恋愛小説作家・倫太郎が鉢巻き巻いて店番していた。地味に繁盛してそう。


五階。


「……なにこれ」


完全なプールだった。流れるプール。監視台付き。ライフセーバーまでいる。


「ウム。魔王だ」


「いたの!?」


「我が四天王がトイレ掃除で得たノウハウを極限まで進化させた結果だ!」


「掃除は誰がしてるの!?」


「魔王軍の英知を結集し、日々交代制で!」


「赤字にしないでね!?」


「任せよ! キリにも頼んで“水に浮く水着”を開発中である!」


「やめろ!? あの子半透明なの忘れてない!?」


六階は――


「……村?」


稲作が行われ、竪穴式住居が並んでいた。


「千歳〜。やっぱ俺はこういう暮らしが合うだ」


開発部門の埴輪職人ヨモツが、なぜか腰に鍬を持って笑っていた。


「米、売ってるよ」


「いや六階だよ? なんで稲作できてんの?」


七階は月を模したファンタジー空間で、ウサギたちが大量に餅をついていた。重力軽めの不思議フロア。


八階は、リストラされたラーメン職人たちによる屋台パレード。まさにカオス。


九階から十四階までは、もうなんか疲れてて見てない。


十五階は、ようやくまともな雰囲気だった。営業部である。


「あら千歳。このフロア、立派でしょ」


営業部長・クロエがにっこり微笑んでくる。ちょっと小悪魔っぽいが有能な人である。


「今までで一番まともね」


「でしょう? 刑事ドラマを参考にしたのよ」


「え?」


奥の部屋から悲鳴が聞こえた。


「……なにあれ?」


「成績が悪かった者は“特命室”に呼ばれて、勇者エリオスに聖剣で成敗されるのです!」


「やめろぉぉぉ!! 訴えられるぞ!!」


二十階は総務部。夢の国のようにモコモコでふわふわでメルヘンだった。


「千歳ちゃん、見回りしてると聞いたのです!」


総務部長・佳苗が両手を振って駆け寄ってくる。相変わらずぶりっ子だが、総務としては優秀……だったはず。


「モコモコ絨毯とかぬいぐるみとか……まぁ、今までのフロアよりはマシね」


「じゃーん!」


「なにこの赤いボタン」


「攻撃されたらすぐに地球を吹き飛ばせる爆弾のスイッチなのです!」


「そのボタンを壊してぇぇぇぇっっ!!!」


……こうして、新社屋ピコリーナビルの中を一通り見て回ったわけだけれど。


一つだけ言えることがある。


この会社、まともな部署がほぼない。


新たなビル、新たなフロア、新たなカオス。果たしてこの会社、これから本当に利益を出せるのか――?


たぶん無理だけど、やるしかない。


ピコリーナ・カンパニー、新章スタートである。


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