目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第52話 千歳、爆心地に未来を見出す。

かつてビルがあった場所──現在、何もない更地。


正確には、「爆心地」である。


昨日、ぶりっ子総務・佳苗によって“ぽちっ”と触れられた廃ビルは、爆音とともに次元の彼方へと消え去った。


「最終確認するのです〜」


「ぽちっ」


「えっ」


──ドーンッ!!


こうして、ピコリーナ・カンパニーの“旧社屋”は爆風を残して消滅し、地面には円形のスス跡だけが残った。


跡地で寝転んで写真を撮ればバズりそうだが、確実に心霊タグがつく。


そして今──その跡地に、一本の木の棒を突き立てている男がいた。


「ここを掘る。まずは土台からだ」


真剣な眼差しで、木の棒(どう見てもただの枝)を地面に刺す、旅装束の男。


それが通称、建築の神だった。


「耐震100に耐えられないと話にならん」


「……ん? んん? 耐震……100?」


千歳が耳を疑う。


「そうだ。ちょっとした女神のくしゃみで吹き飛ばぬように。あと、爆破にも対応しているとベスト」


「いやいやいや!! 日本の建築基準って、たしか“耐震1.5”くらいじゃなかった!? 耐震100ってもう……兵器じゃん!」


「ビルとは、理想を積み上げるものだ」


「いや地層を積んでどうすんだよ!!」


「材料は俺が用意しておく。付き合いの長いゴブリン族には、良質な素材が多いからな。それに人手も足りん。多彩なる匠が揃っている。きっと役に立つであろう」


「……あの、昨日来たゴブリン族って、あの……“雅水槽”とか“ジャンケン”とか“穀潰し”とか呼ばれてた……?」


「そう、あいつらだ」


「たつか!? 役に立つの?? てか、名前がもう絶対に信用ならないんだけど!?」


「安心せよ。大丈夫だ」


根拠はない。


「では、明日早朝から始める。役場には俺がうまく誤魔化しておく」


「誤魔化すのかよ!? いや、ちょっと待って! 誤魔化すってどういう──」


「建築許可はあとで出る。もしくは、出たことにする」


「それ、ダメなやつだから! 令和の札幌市はそんなに甘くないの!」


「女神の力で、ちょっと時間をいじればよい。“すでに提出済み”という世界線を構築すれば……」


「それ違法どころか、時空犯罪なんじゃないの!?」


「神々にとって、時間とは──」


「いや、ダメだから!!」


千歳は頭を抱えた。


──その日の夕方。


「はぁ……結局、建て直し、強行突破か……」


現場にはすでに謎の資材が並べられていた。

よくわからない石、妙に光る木材、やたらと重そうな金属……。


セラスが無言で「これは耐火80」「これは魔力吸収素材」と小さな札を貼ってくれているが、そもそも基準が謎すぎる。


「千歳さま」


静かに声をかけてきたのは、受付担当のレミット。ぼそぼそ喋る、呪われた姫巫女だ。


「お、お弁当を……みんなの分……作って……きました……」


「ありがとう……ほんと、癒しだけが救いだよ……」


巫女弁当は地味な見た目だが、優しい味だった。魔力封じの効果があるらしいが、味に影響はない。ただし、なんか食べるたびにちょっとだけ寒気がする。


──そこへ。


「佳苗、手、大丈夫?」


爆破スイッチ(仮)をぽちっとやった佳苗を、千歳が心配する。


「ちょっと驚いたのです。でも、リィナさんはすごいのです〜」


佳苗も他のメンバーも、神の力を目の当たりにして尊敬の眼差しを向けていた。


だが、比較的近くにいた千歳には、はっきりと聞こえてしまっていた。


リィナが、佳苗に向けて、小さく、静かに──


「全て我にお任せ下さい。我らを束ねる……破壊神様」


と、ささやいたことを。


千歳は──


聞けなかった。


いや、聞こえたけど、聞こえなかったフリをした。


今までの、いや、これからの関係が壊れてしまうのが怖かった。


“ぶりっ子OL”で“かわいい総務”である佳苗が、本当に神々を束ねる破壊神だったら──。


だから千歳は、ただ笑って言った。


「リィナ、ポンコツなんだから危ない真似したらダメよ?」


「気をつけるのです」


その日は、準備だけで終わった。


みんな、隣のビジネスホテルに詰め込まれ、泥のように眠った。


──そして、夜が明ける。


空は快晴。だがその静寂を切り裂く、ドラム缶とトタンの音──


「うぃーっす!! オラたち、ゴブ族工務店ズ!! 本日よりビル建築、よろしくな!!」


現れたのは、またしても中年ゴブリンたちの一団。


赤ヘルメット・軍手・タオルを首にかけ、完全に朝の工事現場スタイル。


「よっしゃ。立派なビル建てるぞー!」


「「おー!!」」


ゴブリン20名がキビキビと動くが、千歳には全員同じに見えた。


「オラ、照明デザイナー兼、風呂設計専門!」


「オラはタイルの妖精だべ!」


「オラは伝説の釘職人──らしい!」


「“らしい”て何!? もうやだ……!」


だが、信じられないことに、彼らの施工技術は異常に高かった。


「魔力センサー設置完了!」


「空間拡張トイレ、完成!」


「回路、ゴールド仕様で張ったべ!」


基礎工事、構造体、魔力配線、埴輪素材の壁パネル──次々に完成していく。


入り口から入ったら左右、天井に立派ででかい水槽。水族館顔負けである。設計者は雅水槽のゴブ。


空間圧縮技術により、面積より内装のほうが広い。屋上にはすでにバルコニーが完成済み。意味がわからない。


そして、開始からわずか3時間後──


「完成だべ!!」


ゴブリンたちが揃って親指を立てる。


そこには、漆黒と金を基調にした、まるで魔王城のようなビルが聳えていた。


なんというか、ものすごく禍々しい。


「……建った……の? もう???」


「安心せよ。非常時には飛ぶぞ」


「飛ぶんかい!!」


ちなみに、設計したのは箱下飛びのゴブである。わかる人にしかわからないネタである。


「さらにこのビルは、防爆・防魔・防虫・防姑対応済みだ」


「最後だけリアルすぎる!!」


「女神の間もあるぞ」


「だれが使うのよ……」


「我じゃ」


屋上で風に吹かれるリィナが、勝ち誇ったように微笑んでいた。横で穀潰しのゴブが勝ち誇った態度をとっている。


──そして始まる、引っ越し作業。


「引っ越し開始ー!!」


魔王がモップ片手に叫ぶ。


巨人ショージが机を抱えて泣きながら運ぶ。


喫茶部門のダークエルフたちは、カウンター設置で大騒ぎ。


レミットは「呪わないように……呪わないように……」と受付デスクに祈りを捧げている。


千歳は、そのビルの前で、しみじみと思った。


「これが、うちの会社……ピコリーナ・カンパニー……」


もう何が起きても驚かない。いや、驚きたくない。


「……で、アンタはなんで悲しんでいるのよ」


そう、つぶやいた。


「ジャンケンで負けたっす」


あ、そう。


こうして、札幌駅前に、世界最強(たぶん)の中小企業ビルが誕生したのであった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?