ピコリーナビル本館──札幌駅前に聳え立つ、否、かろうじて立っている、
かつての廃ビル。
築年数は神代に遡るとも言われており、今や「老朽化」などという次元を超え、「風化の域」に達していた。
何度も爆破され、その都度補修され、また爆破され、それでもなお倒れなかったその姿は、もはや“建物”というより“意志”である。
だが、そんなビルにも限界はある。
「……建て直しに、十二億、円……」
千歳は震える手で見積書を持ち上げ、すぐさま崩れ落ちた。机に突っ伏し、額にススのような何かがついている。たぶん埴輪の粉か、あるいは爆発の名残りだ。
現在のピコリーナ・カンパニーの月間収支はプラス千円。高級な焼きそばパンを二つ買ったら終わりである。
「このままだと……利子すら払えない……!」
「求人票で建築職人を呼び出せば……もう少し安くすまんか?」
モップを片手に現れたのは、魔王。現在の職業は清掃員。
あまりに自然なモップさばきのせいで違和感ゼロだが、地味に掃除部門統括でもある。
「でも、解体費、材料費と人件費と、あと何だっけ……埴輪?」
「埴輪は関係なかろう」
「全部込みでも八億かかるって。ドワーフのおじさんたちが言ってたよ。ちなみに建て直しに一年はかかるってさ」
「むう……」
千歳が唸る。八億。一年。その間、ビルなし。つまり会社消滅。
──そのとき、神の声が届いた。
「──我の知り合いに、建築の神がおるぞ?」
現れたのは女神・リィナ。常に女神モード、現在は冷却ジェルを腰に貼りつつ威厳たっぷり。
「建築の……神!? リィナ、今回は……まとも!? まともな知り合いじゃん!」
「うむ。あやつは、かのピラミッドやパルテノン神殿を見た男じゃ」
「見たの!? 作ったんじゃなくて!? ねぇそれ、ただの観光──」
「神々もまた旅をする。旅をして、感動し、図面を見て、そっと帰る。わかるな?」
「わかんないよ神──ッ!!」
「神が無理なら……匠を呼ぶしかあるまい」
匠。絶対やばいやつ。
──翌日。
「そんなわけで呼ばれたから来たわ。オラが匠だ」
やってきたのは、竹の工具セットを背負った中年ゴブリン。
「オラは村では“雅水槽の魔術師”と呼ばれてるだ」
「水槽!? 関係なくない!?」
「大丈夫だべ。やったことねぇけど」
──帰ってもらった。
──翌日。
「待たせたな。オラが匠だ」
「昨日の人ですよね?」
「違うだ」
「異名は……?」
「ジャンケンのゴブだ!」
──帰ってもらった。
──そのまた翌日。
「オラは村で、箱下飛びのゴブって呼ばれて──」
却下。
「オラは村で、穀潰しのゴブ──」
却下。
「もう全部同じじゃないの!? 中年ゴブリン以外にいないの!?」
「匠もまた忙しいのじゃ」
リィナが、すごく堂々と言い放った。
もはや八億出してドワーフの棟梁に頼むしかないのか……建て直しに一年かかるけど。ついでにその間、会社消滅するけど。
「みんな……路頭に迷うんだろうなぁ……ひもじい思いしてさ……毎日、焼きそばパンすら食べられずにさ……」
千歳はわざとらしくリィナの方を見た。
「……仕方がない。最終手段じゃ」
リィナが静かに立ち上がると、魔王が息をのむ。
「皆の者、社内の全物品を──外へ出すぞ! まずは解体じゃ!」
「えっ、ほんとに解体するの!? ちょっ、なんかもうちょいこう……計画的に!」
しかしピコリーナの社員たちは、なぜか妙に手慣れた手つきで機材や書類をどんどん運び出していく。なんでそんなにスムーズなの。
「で、どうすんの?」
「佳苗よ、ちょっと来てくれ」
「どうしたのです〜?」
呼ばれたのは、ぶりっ子総務・佳苗。身長150cm、口癖は「〜なのです」。
実は中身は破壊神をデコピンで消滅させた真の破壊神。だがネタバレなので伏せてある。
「建築の神よ。主から見て、この建物の要は……?」
いつの間にか隣に立っていた、旅装束の中年男。いかにも「神の使い」っぽいが、どう見てもただの旅商人。だが、彼は静かに柱の一点を指差した。
「……ここだな」
「よし、佳苗。ちょっとだけ、軽〜く、つついてくれ。小指でだぞ?」
「小指なのです〜?」
「そっとじゃぞ? そっと。絶対、そっとじゃからな?」
佳苗は首を傾げ、小さな指で柱を──
ドォォン!!!
ビルが消えた。崩れた、ではない。消えた。
爆発音とともに、跡形もなく。
「……」
「……」
「……」
魔王と勇者エリオスが拍手している以外、全員が沈黙。何が起きたのかわからない。
「……ふぅ。解体は完了じゃ」
リィナが満足げにうなずいた。
「……何が起きたのか説明してくれる?」
「我が神力を少しばかり、佳苗に授けたのじゃ。大したことではない(大嘘)」
「大したことありすぎだよ! ビル消えたよ!? ダストすら残ってないんだけど!?」
「時短じゃ。時短。感謝せよ?」
「いやいやいや!」
「さて──建築の神よ。そなたの見てきた神殿や建築物の知識を活かし、新たなる社屋を建てようではないか!」
「仕方がない。建築は、美学だ」
旅装束の男が、唐突に熱く語りだす。
「高さは神殿クラス、吹き抜け五階、断熱素材は雪女の吐息──」
「待って、それ絶対予算オーバー!!」
──そして日が暮れるまで、総力をあげての建築作業が始まるのだった。