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3 全裸の白髪奴隷少女



「こいつを殺せば、妹の命は助けるんでしょうね?」


 全裸の少女が、しゃがれた声で言った。

 彼女の長い髪の毛は真っ白で、同じくらい白い肌に溶け込んでいるように見えた。

 全身あちこちに切り傷があり、頬(ほお)には殴られたような痣(あざ)がある。

 ぱっくりと開いた傷口からは真っ赤な鮮血が流れ、それが白い肌とのコントラストで余計に痛々しく見える。

 身長はヴェルより少し高いくらい、年齢はどう見てもまだ十代だろう。


「答えなさい、妹は助けるのでしょう?」


 裸の少女がヴェルに向かって言う。

 禍(まが)|々(まが)しい色をした首輪が食い込むように彼女の喉に巻き付いていた。

 声がしゃがれているのはそのせいだろう。

 ヴェルはとても冷たい視線で彼女を見、


「ふん、妹ね……。いいわ、私の奴隷として飼ってあげるわよ、今は労働力は一人でもほしいしね。ただし、そいつに勝てたら、の話よ。負けたらあんたの妹は家畜のエサにしてやるわ」

「は。戦うのはいいけれど、首輪のせいで私の法術はほとんど制限されてる――」


 自らの首を締め付ける首輪、そこから伸びる鎖を|忌々(いまいま)しそうに睨(にら)んだあと、裸の少女はギロリと俺を見る。

 その瞳は紅い。

 白い肌、白い髪、紅い瞳、きれいな顔立ち。

 なんだか知らんが、俺の背中にゾクっと震えが走った。


「こんな状態でこいつと闘えというのですね。法術解禁……はしてくれなそうですね」

「皇帝陛下の御前よ。当然でしょ。そいつ以外への攻撃を行ったら首輪を締め付けて直ちに殺すわ」

「ふん。……そこのお子様!」


 裸の少女は次に、玉座にすわる皇帝へ叫んだ。


「あんな腐れ騎士は信用していません。あなたが保証しなさい。私が勝ったら、妹の命を助けることを」


 幼い女帝はぷいと横を向き、傍らに控えていた女官にひそひそと小さな声で何事かを言った。

 なるほど、皇帝陛下ともあろうお方は、敵方の捕虜と直接会話などしないということなのだろう。

 女官が艶(つや)のない声で、淡々と言う。


「皇帝陛下に置かれましては、約束通り、見事闘って生き残った場合にはお前の妹の処刑命令を取り消すお心づもりであられます。なお、勝っても負けてもお前自身に対する処刑命令は取り消しません」

「はは、それで十分! ではいくぞ、そこの……」


 そこで裸の少女は俺に目を向け、そして急に口をつぐむ。

 裸の少女は俺の姿を頭から足までじろりと見る。

 俺はというと、ぶっちゃけ十代の女の子が裸で目の前にいるわけで、あからさまに見るのもなんだし、視線を泳がせてしまう。

 一応胸と下の大事なところは腕で隠している。

 それでもなかなか豊満な胸の肉は、腕だけでは隠しきれなくてぷにっと余ってはみ出ていた。

 女の子の、肌。

 女の子の、肉。

 女の子の、脂肪。

 女の子の、身体。

 うっわー、生々しい……。

 はっきり言おう。

 生まれて二十三年、生で若い女の子の裸を見たのはこれが初めてなのだ。

 あれ、ということは女の子の裸を見ることもなく俺は死んじまったということなのか……。

 くっそ、つまんねえ人生だったなあ。


「グルル……」


 少女の横にいた魔物が唸(うな)り声をあげる。

 そうだ、こんなのもいたんだっけ……。

 もう現実感とかは最初からないので、鋭い牙をむき出しにして俺を睨む六本足の魔物を見ても、不思議と恐怖感は湧き上がってこない。

 と思ったけど、別にそんなことはなかった。

 超怖い。

 いやいや、動物園の檻(おり)越しにライオンと対面してもかなりびびるってのに。

 どう見ても殺る気満々の巨大な魔物と、ほんの数メートルの距離にいるのだ。

 漫画なんかで、キャラが恐怖の絶頂に陥って失禁しちゃうのを見たことあるけど、その気持ちがよくわかる。

 足がガクガク震える。

 肺がちっちゃくなったかのように、息が浅く短くなる。

 紅(あか)い鎧に身を包んだヴェルは腕を組み、真剣な目でこちらを見ていた。

 他の居並ぶ者たちも、興味深そうな視線を俺に向けてはいるけど、別にこの魔物を恐れているようには見えない。

 皇帝もいる場だし、なにか安全策がとられているんだろうけど、状況から見てその安全策は俺を守るようにはできていなそうだ。

 裸の少女は、しばらくの間、じーっと俺のこと眺め回す。

 あれ。

 女の子にこんなに熱意を持って見られるのって、人生で初めてじゃね?

 しかも裸の女の子だぜ?

 まあ、熱意というよりも殺意なんだけど。

 うーん、よくわからんけど、けっこう胸でかいし、美形だし、胸とか股間を隠そうとして身をぎゅっと縮めているさまもなかなかこれはこれで扇情的せんじょうてきだし。

 ドキドキする。

 裸の女の子と、凶暴な魔物。

 性欲と恐怖心がかけ算された何ともいえぬ感情に襲われる。

 白い髪の裸少女が言う。


「……変な、格好をしているのね」


 そりゃそうだ、俺はダークグレーのスーツを着ている。

 こんな中世ファンタジーみたいな世界にはまったくもってそぐわない。


「もしや……あなた、男……? そうか、はは、噂(うわさ)に聞いた蘇生そせいの術……」

「いいから早く闘いなさい、下賎(げせん)な魔物使い。妹の命が惜しくはないの?」


 ヴェルの言葉に裸の少女はすぐに反応した。


「いいわ、すぐに殺してやる!」


 少女は隣に立つ魔物の耳に、呪文のような言葉を呟(つぶや)く。

 と、魔物は一瞬身体を沈み込ませ――次の瞬間、俺に飛びかかってきた。

 もちろん俺に対抗する手段なんて、ない。

 俺はただの保険営業マンなのだ。

 しかも営業成績最低の。

 そんな俺が馬みたいなサイズの魔物に襲われて何をどうすることもできるはずがない。

 第一の人生は女の裸を見ることもなく終わり、第二の人生は女の裸を見た瞬間に終わることになりそうだった。

 実につまらん人生だった。

 観念して目をつむる。

 大理石の床を蹴る魔物の爪の音。

 やべえ、怖い怖い怖い。

 身体が硬直してもうピクリとも動けない。

 あーあ。

 ほんと、いいことなかったわ。

 思えば小学校からモテたことなかったし。

 運動も勉強も苦手で。

 趣味といえばアニメ鑑賞。

 あとは歴史オタクだから、歴史の本読みあさるくらい。

 彼女どころか女友達もいたことない。

 というか友達すら、いない。

 奨学金借りて大したことない大学行って。

 就活もうまくいかなくてさ。

 百社以上面接受けまくって、内定もらったのが面接前に自暴自棄で酒飲んでいった営業の仕事。

 妙にハイになってありもしない武勇伝を語りまくったのが気に入られたっぽい。

 で、入社したら営業成績は最悪。

 上司にも同僚にも馬鹿にされて怒られて人間扱いされなくて。

 すごくいいなと思ってた事務の女の子がいて、その子だけはすごく優しくて、仲良くなれたかなーと思った頃に、その子のお腹(なか)があっという間に大きくなって寿退社。

 相手は俺をいつもいびっていた先輩だった。

 人に馬鹿にされ続けた人生だったなあ。

 あーつまんね。

 どうでもいいけど長々とろくでもない人生を思い返すのも嫌だからさ、早いところ殺して欲しいんだけど。

 こんな殺される瞬間なんて、じっくり味わいたくもない。

 とっとと終わらせてくれよ。

 どうせまた死ぬんだろ、俺。

 あ、やばい、漏れる。

 早くしてくれ、小便漏らしながら食い殺されるとか、最後の最後までかっこわるすぎる。

 俺の人生でかっこよかった瞬間なんてなかったけどな。

 ……。

 …………。

 ………………。

 だけど。

 その時、俺は、異変に気づいたのだった。






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