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36 夜伽三十五番


【本文】

 現在のご主人様である俺と目を合わせるのは失礼だとでも考えているのか、少女は伏し目がちに部屋の隅(すみ)に立っていた。

 俺は彼女の前に立ち、なるべく怖くならないように優しげな声で尋ねる。


「そういや、お前、なんて名前?」

「名前……。……名前?」


 やっぱり俺の顔を見ようとはせず、床に視線を落としたまま、奴隷少女は何を訊(き)かれているのかわからないような顔をする。


「わたくしは生まれついての奴隷ですから名前はいただいておりませんけれど」

「え、そういうものなのか?」

「はい? ……あ、はい。 そうですけど……?」


 そういやキッサとシュシュはもともとが奴隷じゃないからな。ちゃんとスクランティアっていうファミリーネームまで持っていた。


「生まれつきの奴隷さんは名前ない人もけっこういるんだよ」


 とそのシュシュが横から教えてくれた。


「そういうものなのか?」

「うん、番号で呼ばれたりする」


 うーん、日本じゃ刑務所以外ではありえん話だな。まあ、奴隷なんて囚人より過酷なんだろうけど。

 日本で生まれ育った俺にはさっぱりわからん。


「じゃ、お前の番号は?」


 本人の意志にかかわらず、俺はこれからこの娘にキスをするのだ。

 名前も知らないってのはちょっと、アレだ、いやなんだよ俺。この際番号でもいいや。


「……番号はご主人様がつけてくださいませ。……前のご主人様には夜伽(よとぎ)三十五番と呼ばれていました」


 うん、あいつを殺したのは正解だった。

 ……三十五番って、あいつ、どんだけ夜伽奴隷を抱えてたんだよ……。

 夜伽ってのは性的に夜のお相手をすることで、つまりこの奴隷少女は、あの変態クズサイコパス少女リューシアから、それ用に飼われていたってことなんだろう。

 一瞬言葉につまった。ついでに胸までぐっとつまった。

 名前はあとでつけてやることにしよう。


「……とりあえず、お前から法力とマナをもらっていいか?」

「あ、はい」


 奴隷少女は躊躇(ちゅうちょ)せずに返事をし、遠慮勝ちに訊く。


「あの、どのくらいお渡しすればよろしいですか? 法力とマナ全部を死ぬまで? わたくし、もう死んでもいいんですか?」


 えー。

 そんなこと言われても。

 なんか、怖いんですけど。

 死んでもいいかと訊くってことは、こいつ、死にたいのかな。奴隷だしな。それも、あの極めつけの変態殺人狂少女の、夜のご奉仕奴隷……。

 そっか、ほんとは死にたいのか。

 そうかもな。

 もしかしたら、ほんの少しあの戦闘の風向きが変わっていたら、こいつはリューシアのサソリの尾で刺し貫かれて死ねたのかもしれない。

 俺がリューシアを倒したおかげ……いや、そのせいで、この娘は今日も生き延びてしまったってことか。

 すまんな、お前のことはヴェルを助けたあとじっくり考えるから。

 ただし、今は、お前の事情を斟酌(しんしゃく)してやる余裕が俺にもあんまりないんだ。

 悪い、彼女にとってみれば、彼女からマナを吸い取ろうしているわけで、やってることはきっと俺もリューシアも変わらないだろうに。


「死んでは駄目だ。死なない程度にいっぱいくれ」

「あ、はい」


 ちょっとがっかりした表情をする奴隷少女、夜伽三十五番。

 そして、


「どうぞ」


 と言って唇を突き出す。

 ……うーん。

 なんだろこれ、このモヤモヤ。

 改めて見ると、この奴隷少女、あのリューシアが夜伽用に飼っていただけあって、なかなかの美少女だ。

 ゲルマン系っぽい青い瞳を持つヴェルや、日本人形みたいな黒髪黒目のミーシア、それに髪の毛まで真っ白なキッサやシュシュとはまた違う人種なのだろう。

 地球で言えば中央アジアな印象がどこかにある。ぽってりとした唇が色っぽい。

 どうでもいいがこの世界には美少女しかいないのか?

 こいつの元ご主人様の、あのゴミ女リューシアですら、顔立ちそのものは整っていたし。

 ……うん、素晴らしい世界だ。 

 身長はヴェルと同じくらいで俺より頭ひとつ低い。ダボダボの粗末な服を着ているけど、よく見るとすっきりした体型をしている。バストはでかいけど。馬鹿でかいけど。

 奴隷と言っても労働じゃなくて夜伽用だけあって、ブラウンのショートボブの髪も肌も綺(きれい)麗に手入れをされている。


「……あのリューシアはお前も補給袋に入れてたんだな……」

「あ、はい。戦いの前にはいつも連れて行かれてました。わたくしは体内に蓄えておけるマナの量が他の人より多いらしいのです。『夜の技術が高くてもったいないから、なるべく使わないようにするけどね』とおっしゃってました」


 なるほど、こいつはとっておきだったってことか。だから最後に残していたんだな。

 なんだか俺も感覚が麻痺(まひ)してきているので、


「じゃあ、そのマナをもらっていいか?」


 と訊く。

 マナをもらうと一言でいっても、要はキスするわけだが、

 そして今現在置かれている状況を考えれば、拒否されたところで無理やりするんだが。

 ……いや、自己嫌悪はあとにしておこう。

 ところが、そんな俺の逡巡(しゅんじゅん)に気づきもしてないのだろう、


「あ、はい、どーぞ」


 と三十五番はあっさり言う。それから目を閉じ、顔を少し上に向け、そして唇から舌を出した。

 ふっくらした鮮やかな紅色の唇の間から、控えめな桜色をした舌先がちらりと覗(のぞ)いている。

 え。

 これを、吸えってこと?

 ふえぇぇ、この世界の人間、みんなおかしいよお。

 などと言っている場合じゃない。

 まあいいや実際考えてる暇もねえしな。

 ふと見ると十二歳のロリ女帝ミーシアは顔をそむけてるし、キッサは自分の膝の上に妹のシュシュを座らせてその目を手で覆っている。

 子どもが見ちゃいけないことをしてるんだよな……。

 ちょっと背徳感にとらわれるけど、二度目ともなると俺もモジモジ悩むことはしない。

 俺は三十五番を抱き寄せるとその唇と舌に吸い付いた。

 思い切り力をこめすぎて、ジュパ! と露骨に音を立ててしまった。

 この音もみんなに聞こえてるよな、恥ずかしい……。

 三十五番の舌はいかにも「肉!」というような質感で、俺は唇でそれを挟み込む。


「んん……」


 奴隷少女は俺の背中に手を回して密着してくる。

 その上、その胸の大きな膨らみを俺に押し付けてきて、そればかりかそのふかふかのバストで俺の身体をマッサージするかのように身体を動かす。

 おいおいなんだよこれ、この動きは必要なのか?

 奴隷少女の巨大マシュマロは、むにゅむにゅもにゅもにゅととんでもなく柔らかくて、俺の脳みそまで柔らかくなって駄目になりそうだ。 

 そして口の粘膜では、また別の感触。

 キッサよりも、もっちりとした唇。

 少女の舌は器用に動いて俺の舌を探り、ズルズルと舌粘膜をなすりつけてくる。

 その瞬間。

 キッサのはピンク色の甘い液体が流れこんでくる感覚だったが、こいつのは違う。

 これは、溶岩だ。

 煮えたぎった溶岩が、ドバァっと俺の中に流れ込んでくる。

 キッサからもらったマナの量の比じゃない。

 これはやばい。

 こんなの一気に体内にとりこんだら、俺の頭がまじでおかしくなる。


「ぶはっ! ちょっとストップ……」


 いったん身体を離そうとするが、


「途中でやめるとロスが出ますからもったいないですよ? 途中でやめてはいけないと仕込まれてます」


 そう言って三十五番は俺のほっぺたを両手で挟みこんで動けないようにすると、さらにくちづけをしてくる。

 少女のボリューミーな唇の肉が、はむはむと俺の唇を噛(か)み、さらには長い舌が俺の口の中に入り込んで、俺の舌を追いかけ回す。

 彼女の舌粘膜が時計回りに回転して、俺の舌粘膜をレロレロと撫(な)で回(まわ)す。

 そのたびに、ドクン、ドクン、と奴隷少女のマナが俺に流れ込んでくるのがわかった。


「んは……んふ……んれろ……んちゅ……」


 三十五番が吐息を漏らしつつ、さらに俺の中へとマナを注ぎ込む。

 俺の脳みそと身体はもう、ドロドロの溶岩でいっぱいだ。

 しかし、こいつ、キッサよりも舌の動きに無駄がある。

 たまに舌先で俺の上顎の中をチロチロなめてみたり、歯の裏をなぞるようにしてみたり。

 そのたびに俺の背中にゾクッと快感の震えが走る。

 いや快感ってなんだよ、そういう目的のアレじゃないんだけどこれ。

 ……夜伽専門の奴隷として仕込まれたっていうんだから、ソレ系の技術なんだろうけど、はっきりいって経験皆無の俺にはちょっと刺激が強すぎる。

 気持ちいいというよりも、体の中に手をつっこまれてかきまわされてるかのような、なんというかめちゃくちゃにされてる、って感じ。

 ただ、しばらくその刺激に耐えていると、彼女が送り込んでくるマナの量が、だんだんと少なくなってくるのがわかった。

 よかった、そろそろ終わりかな、と思った時、ぷはっ、といったん口を話して奴隷少女は言う。


「あと少しだけ、残っています。ちゃんと揉(も)み込(こ)んで絞って下さい」


 そう言ってまた口づけをしてくる。

 違うのは、彼女の手が、今度は俺の手をつかんで――自分の胸へと。


「んちゅ……揉(も)んで下さい……マナがここに少しまだ残っているので……んれろ……」


 えええええ?

 しかし、まあ、うん、これは儀式だ、マナを受け取るためにやらなきゃいけないことなんだ、だからしかたないんだようん。

 などと思いながら、言われた通り、マスクメロン並みにでかいその物体を揉み込んでやる。


「え、そんなの聞いたことないですけど……」


 というキッサの呟(つぶや)きが聞こえてきた気がするけど、聞かなかったことにする。

 メロンは、とてもよく熟していて。

 たぷたぷで、もちもちだった。

 そこにそれが本当にあるのかどうかを疑ってしまうほど柔らかく、でも芯のほうにはちゃんと弾力があって――

 口の方では相変わらず三十五番の舌が、俺の舌を嬲(なぶ)り続けている。

 なるほど、揉むたびにドク、ドク、と俺にマナが流れ込んでくる、ような気もしないではない。

 と。

 突然、カクッ、と奴隷少女の膝が折れた。

 キッサで学習していた俺は、彼女が床に倒れこまないように腕で支える。

 これ以上は俺も彼女もやばいと思ったので、なおもくっつけてこようとする唇を離す。

 俺のと三十五番のとが混ざり合った唾液が糸となって俺と彼女とをつないだ。

 それもすぐに宙に消え去る。


「はぁ、はぁ、おい……。大丈夫か?」

「……あ、はい……」

「自分で立てる?」

「あ、はい……。……いえ、申し訳ございません、無理なようです。このまま床に打ち捨ててください」

「んなことできるか」


 俺は少し腰を沈め、彼女のお尻のあたりをしっかり両手で抱えると、


「よいしょ」


 と持ち上げ、そのまま歩いて、キッサから少し離れた場所の壁際に座らせた。

 お姫様抱っこも一瞬考えたけど、多分こっちのが楽そうだったしな。

 ってかお姫様抱っこするとまたキスしてくるんじゃないかと思ってちょっと怖かった。

 これ以上は彼女の命を危険に晒(さら)すことになるし、俺の理性も、もたない。


「第五等準騎士、タナカ・エージ。気分はどうですか?」


 気持ち、若干怒ったような口調で、女帝陛下が俺に訊いてくる。

 キッサがすんごいジト目で俺を睨(にら)んでいるのが目の端に映った。


「気分はともかく、確かにマナは補充された気がします」


 実際、リューシアや飛竜との戦闘で枯渇しきったはずの俺のマナが、今は俺の身体の中を血液と一緒に多量に循環しているのを感じる。


「そうですか……。言いたいことはイロイロありますが、それどころではないのでまたあとで。さあ、では、いまその二人から受け取ったマナを、私がマゼグロンクリスタルによって増幅させます」


 見ると、ミーシアの顔はかなり青ざめている。

 無理もない。

 たった十二歳の女の子にすぎないこの女帝陛下に、俺たちはとんでもなく卑猥(ひわい)なキスシーンを見せてしまったのだ。

 その上。

 この女の子は、今度は同じことを俺としなきゃいけないのだ。

 ある程度の身分を持たない人間には、自分の身体に触れることも許すことができない、この国で最も高貴な生まれの少女は、そのためだけに俺の身分を第八等から第五等に昇進させたのだから。

 ミーシアの身体はこわばって少し震えている。おかっぱの黒髪の先までその震えは届いていた。

 深く輝く黒い目を見開き、硬い表情で、第十八代ターセル帝国皇帝、ミーシア・イ・アクティアラ・ターセルは、俺にこう命じた。


「さあ、我が忠臣タナカ・エージ。私にマナを捧(ささ)げなさい」


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