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それ、だけは。
それ、だけは。
豆ははこ
恋愛現代恋愛
2025年06月04日
公開日
1.1万字
完結済
書道の有段者、緑丘育子(みどりおか いくこ)は付属の女子高に進学する直前、道着姿の美しい人を見掛けた。 数ヶ月後、高等部からの編入学にもかかわらず代表挨拶までこなしたその人に再会する。 その人の名前は、土岐(とき)みさき。授業、そして、文化祭。美貌だけではなく全てに秀でた土岐みさきと過ごした緑丘育子の三年間。 卒業式の日に育子はみさきからたくさんのボタンとネクタイを譲られる。 友達として。そして、育子は、彼女の思い人を教えてもらうのだった。 ※本作はカクヨム様にて連載中の恋愛百合小説『とてかわ~愛娘(とても可愛い)と娘の家庭教師(超絶美女)さんが相思相愛だと思っていたら意中の人は母親(私)で娘公認だった件~』の登場人物である土岐みさきの高校時代を書いたものですが、本編を未読でもお読み頂ける単話となっております。 土岐みさきのクラスメート視点です。 本作はカクヨム様初出作品を修正いたしましたものをネオページ様に投稿しております。 プチコン04 背徳に参加しています。 あの人を大切にしたい、友達として。 自分の思いは胸に秘め、素敵な人のこれからと恋を見守る人のお話です。 copyright©豆ははこ-2025

第1話 出会う。

「……きれい」


 道着を着たその人を見たのは、二月に一度の書道教室の帰り道。


 ぴんとした、きれいな姿勢で走っている。

 疾走。と、言うのだろうか。


 そう言えば、敷地内の別の建物は合気道の道場だと、書道の先生に伺ったことがあった。

 奥様が師範でいらっしゃるという。

 ただ、今はもう合気道の道場は閉めておられるとか。

 なら、あの人は師範から個人練習の指導を受けていた、とか、別の道場の方、とかなのだろうか。


 合気道。

 確か、技を受けて、流す。相手の力を使って、返す……だったかな。


 それくらいしか知らないし、その知識さえどこ由来のものかは判然としない。 


 そもそも、あの人は走っていただけ。

 それでも、それでさえ、あんなに美しいと思えたのだ。

 あの人はきっとかなりの実力の持ち主なのだろう。そんな気がした。


 一応、書道なら私も有段者だ。だから、分かることは、あるのだ。

 そんな……気がする。


 ……あ。

 一瞬だけ、あの人と、私。

 視線が、交錯した気がした。


 すると、何も見ていなかった風に、あの人はまた、疾走していた。


 それで良い、と思った。


 あんなに美しい人の視界に映るのは。

 私には、役が重すぎるから。


 意外なほどに納得をしている自分がいた。

 そんな、中三の冬。


 ……そして、それから、数ヶ月後。


「ねえ、今日の入学式、代表は高等部からの編入生、外部からの子らしいよ?」


 高等部の入学式の日。

 中等部からの友人のうち、一番仲の良かった子が同じクラスで良かったと思っていたら。


 その子から、すごい話が聞こえてきた。

 どこから仕入れてくるのか、新聞部員でもないのに学内の情報通の子なのだ。


 うちの女子校は、中高大の一貫教育で、高校は編入試験は行っても合格者がいない、なんてこともあるくらい。

 大学はかなりの生徒が付属の女子大に進学するが、そうでない人も一定数はいる、そんな感じ。一応、有名大学への指定校推薦なんかもある。

 だから、編入試験合格者でしかも新入生代表だなんて、我が校ではちょっとしたニュースになるような話だ。


『中等部一の才女と言われていた子じゃないのか。もしかしたらあの子は外部に行ったのかな?』 

 なんて、思っていたら。


「あの子はほら、私達と同じクラス」

 ……確かにそうだ。

 見覚えがあるあの子は最前列に着席していた。トレードマークのポニーテールもそのままに。

 友人はちゃんと小声で私だけに話している。

 友人は、気遣いができる人ではあるのだ。だからこその友情とも言える。


 ……新入生代表、土岐ときみさき。


 書道の先生と、同じ名字だった。


 そう考えていた私以外のその一瞬。

 体育館は、どよめいていた。


 一応名門と呼ばれる、中高大一貫の女子高。

 自分達で静寂を取り戻せたのはさすがだと言っても良いはず。

 ……多分、私以外の生徒は全員、息を呑んでいたと思う。


 理由は、明白。


 彼女、土岐さんが、あまりにも美しい人だったから。


 ブラウンのジャケットに、黒のパンツ。

 うちの高校が名門なのに早々に希望選択方式でのパンツタイプの制服を導入していたことに、私は深く感謝していた。

 私のようにスカートタイプならリボンとなるが、同色の、ボルドーのネクタイ。その存在まで輝いて見える。


 長い真っ直ぐな黒髪は艶やか。すっ、と伸びた背筋と、きめ細やかな肌。

 眉は、多分女子高生の十人中十人が『こんな風に描けたら』と願う濃さと長さ。

 瞳は波に濡れた黒い貝殻の様に、つやつやと輝きを見せていて。


 ……熱く語りすぎた。

 でも、多分私のこの表現、間違ってない。 

 だって、皆が見とれている。


「……学生としての本分を忘れることなく、限りのある高校生活を悔いなく過ごせます様に精進いたしたく、入学の辞とさせて頂きます。新入生代表、土岐みさき」

 理事長に式辞を差し出してから、礼をする土岐さん。

 姿勢が美しい。

 声が、ううん、声も。……素敵だ。


「土岐さん、背高いよね。何か運動は?」

「ごめんなさい、自宅が遠いから、運動部に入部するのは厳しいかな」

「見学、見学だけ!」

「あ、演劇部、興味ない?」

「演劇部も拘束時間、長いよね? すまないけれど」

 ……土岐さんの編入学から、1週間。


 懲りもせず、という感じの子達が土岐さんを囲む。


 土岐さんは、必要以上に関わられるのは困るけれど、全てを拒否するという感じではなかった。


 意外と言うのは失礼だけれど、割と丁寧に、全員の話を順番に聞こうとしてくれている。


 ただ、昼食とか、移動教室とかは一人で行動したいタイプだった。


 勇猛果敢、というのか、何人かが立候補をした校内の案内。

『編入試験合格後に一通り先生から説明して頂いたから大丈夫。ありがとう』

 それも、この一言で全てをお終いにしていた。

 そして、土岐さんの申し訳なさそうな笑顔が皆を幸せにしていたのだった。


 派手な子にも、地味な子にも、全てに平等。そんな印象だった。


 ……選び放題なのに、選ばないんだ。


 結局のところ、私は土岐さんへの好感度を勝手に上げていたのだ。


「土岐みさきさんは物理部に入部したからね。特に運動部、助っ人依頼とかは遠慮なさい。そもそも、うちの学校は部活の入部は自由なんだから」


 校長先生さえ逆らえないと噂の学年主任の先生に言われたのが、ゴールデンウィーク明けのすぐのこと。


 土岐さんが入部したのは、顔と授業内容は良いのに偏屈な物理教師の物理部。 

 追い掛けていく猛者はさすがにいなかった。

 物理の試験で平均点プラス30点という、驚異的な点数を取ることが入部の最低条件だという噂だし。

 土岐さんは、平均点が30点台の物理の試験で80点以上を取る人なのだ。


 そもそも、10年以上前に一人だけ部員が存在していて、その人は今大学の準教授らしいから、かなり現実みのある噂だ。


 土岐さんは編入試験以降も物理以外の科目も含めた全ての試験の総合点で首位をキープして、スポーツテストや球技大会、体育の授業では体育会系部活の一年生レギュラー組よりも上をいくという、正に眉目秀麗、文武両道、快進撃で邁進していた。


 文武両道、はちょっと使い方が違うかも知れないけど、まあ、イメージということで。


 私は二月に一度の書道教室の時に少しだけお隣の道場を覗いて帰る、というのが習慣になっていた。

 先生は多忙な方で、私も普段は近所の別の教室に通っている。

 本来の教室の先生が、懇意にされている土岐先生に頼んで下さったのだ。


 だから、お家が遠いので運動部は無理、というのは土岐さんの本音だったと思う。


 姿は見えなくても良いのだ。見えるかも、が嬉しかったので。

 もちろん、ごくごくたまに見られる道着姿は格別だったけれど。




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