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第2話 知る。

「ねえ、土岐さんに文化祭、何かやってもらおう? 朗読とかどうかな。去年は無難に絵画とか芸術系の展示会だったじゃん」


 例の情報通の友人からそう声を掛けられたのは、クラス持ち上がりの二年生の秋のこと。

 うちの高校は文理クラスには分かれずに、選択制の授業内容となるのだ。


 文化祭。


 中等部から毎年、飲食店は火気厳禁、とか当たり前の縛りしかない割と自由な催し。

 ただし、男性の入場は基本的に身内のみ。

 身内を招待するときにも、氏名学年組全てを記載して保護者の署名入りの招待状を学校に申請しないといけない。

 だが、女性ならばこれで身内以外も入場可能となる。

 因みに、保護者も保護者以外も身分証明書掲示の上、写真撮影は許可制。これは、男女の別なくだ。


 自由な催しを成功させるには、それ相応の規則が必要ということだろう。 

 卒業生は卒業後三年間は招待状が送られる。卒業生本人と保護者のみ。それ以降は申請が必須。

 何もそこまで、と思うか、徹底していて良いと思うかは人それぞれ。


 去年クラスで行ったのは芸術系の展示会。私は書道作品を出したから楽だった。

 土岐さんは、油絵。何というか、天が何物を与えたの? みたいな素晴らしい静物画だった。


 土岐さんは美術選択じゃなかったから、美術部顧問の先生が本気で驚いていたくらいで。

 選択科目は書道だったから、あれ? とは思ったけど、作品を見たら納得だった。

 因みに書道は絶対に有段者。一目で分かる出来栄えだった。書道担当の先生がラクをしたくて見本を土岐さんと私に書かせていたほど。


 ……まあ、それはそれ、で、朗読劇か。

 確かに、聞きたいな。土岐さんの、静かなのに、朗々としているあの美しい声で。


 私はまた、あの式辞を思いだしていた。


「聞きたいな、って顔してる。じゃあ、台本、書いて! 国語、大得意じゃん! 書道は有段者だし! たまには文芸部員らしいこと、しなよ!」

 まあ、私も、国語だけは現代文古文漢文、全部得意で唯一学年首位だけど。

 土岐さんに比べたら、総合点、何点開いてることか……。

 あと、文芸部員なのは人数合わせに、と頼まれて所属している公式の幽霊部員だ。私は元々、書道に力を入れるつもりで無所属を貫いていたし。

 書くこと自体は好きで、文芸部誌の表紙の題字を喜んでもらえるのも嬉しかったけど。


「土岐さんと比べちゃダメだって! 理系なのに文系科目もハイレベル、っておかしいからね、良い意味で」

 この友人も、日本史と世界史はほぼ満点。

 歴史オタクなんだよね、と笑うところとか、やっぱりこの子は良い友人だ。


「どうする? 男装での演劇とか、執事喫茶とかね、案は出てるんだよ。土岐さんに男装させたくて、皆うずうずしてるから。あんたが台本書いてくれたら、土岐さん、やってくれないかなあ」

 ここまで言って、友人は真面目な表情になった。


「あのさ、男装の演劇とか、執事喫茶とか、人に囲まれそうなこと、土岐さん嫌なんじゃないかなあって。ほら、バレンタインデーも、必ず持ち帰るから、一人ずつ渡して、って言ってたし」


 友人が声をひそめて話した内容。

 そう、バレンタインデー。

 うちの高校はチョコレートと手紙くらいなら持ち込み可。

 ただし、チョコレート以外の高額な品物が見付かった場合、即座に中止と決まっている。

 さらに、土岐さんほどではないにしても人気の生徒達は元々在学していたから、生徒同士で『やり過ぎないように』という暗黙の了解はある。


 あと、スマホ。

 今どき、保護者からの連絡も職員室。特段の事情の持ち込みは保護者からの事前申請が必要。


 うちの学校のこういうところ、私はやっぱり嫌いじゃない。

 もしかしたら、土岐さんも、そうなのかな。


 ……そんな土岐さんに、朗読劇を。

 そして、台本を私が、かあ。


 友人の気遣いも分かったことだし。

 ふむ。やってみるか。



「……良いね。これ、緑丘みどりおかさんが書いたの? 題名もいいよ。『それ、だけは』。『それだけは』じゃないんだね」


「え、はい。そうです。不肖、緑丘育子みどりおかいくこが書きましてございます! 題名も、ありがとうございます……あ、ありがとう……!」

 私は土岐さんと話すと、どうしても敬語になってしまう。

 慌てていたら、無理に直さなくても良いよ、と土岐さんは言った。


 頼まれてから、三日後。

 昨日だけは最終チェックでほぼ徹夜だったけれど、この感想が頂けたのなら十分だ。


 そう、私の名前、緑丘育子。


 みどり、とか。いく、と呼ばれることが多いけど。土岐さんはちゃんと、緑丘と呼んでくれた。


「さすがだね……これなら、やらせてもらおうかな。ええと、衣装とか発声とかはどうしたら良いのかな」


「「お任せ下さい!」」

「私達も!」


 家庭科部員とファッションデザイン同好会員が同時に叫んだ。

 あとに続くは、演劇部員だ。


 一週間後、私は『文化祭MVP』としてクラスのほぼ全員からの気持ちとしてスイーツビュッフェの招待券を贈られた。


 文化祭の準備中なのに、である。



 ……そして、文化祭。


 土岐さんは、男装というか、黒スーツと革靴とループタイ姿で朗々と朗読劇をこなしてくれた。

 ループタイは家庭科部員の傑作。

 衣装はレンタルではなく、ファッションデザイン同好会員がの古着を購入してきてくれた。


 文化部所属者以外のクラスメートは、照明や音響以外の子は皆で動画配信サイトとかに投稿されないように、撮影を止めさせたり、警備員さんみたいに頑張った。


 私は一応、台本執筆者として舞台袖に。幾つも用意していたカンペ用のホワイトボード係も兼ねていた。

 でも、それは必要なかった。完璧に台本を暗記してくれていて、抑揚のある声が響く、素晴らしい舞台だった。


 私が書いた台本は、こんな感じだ。


 愛する人が、戦地へと旅立つのを見送りたくても見送れない、詩人の青年。


 何故なら、青年が愛する人の婚約者は、青年にとって大切な家族。姉なのだから。

 最後になるかも知れないその刹那。

 ……邪魔はできない。

 だから、独り、青年は謳う。

 初恋の人に送る、愛の詩を。


 そして、ラストシーン。


『戦地に向かう貴方を、愛しています。だけど、僕は……姉さん。貴女のことも、大好きなのです。だから、許して下さい。この詩を、貴方を思って詠むことを……それ、だけは』

 土岐さんの、声。


 深い、礼。


 暗転する、舞台。


 拍手の渦。


 私は途中からずっと、泣いていた。


 在校生と来校者からの人気投票ダントツ1位になり湧き上がった私達クラスの文化祭は、土岐さんもファミレスでの打ち上げと、カラオケボックスの二次会まで参加してくれて、大興奮で幕を閉じた。


 そして、文化祭の後、土日振替の二日間の平日休みが明けて。

 ……もう少しだけ、土岐さんと仲良くなれるかな。

 皆がそう思い、登校したとき。

 学年主任からの一言があった。


「土岐みさきさんは、少しだけお休みされます。皆には伝えるけれど……」

 担任の先生ではなく、学年主任の口から語られたその理由は、ひどいものだった。


 あの、大盛況の文化祭のあと、生徒は二日間の平日休みとなった。

 その間、土岐さん宛に学校に色々な品々が届いたらしいのだけれど、その中に、ぬいぐるみに簡単な電波を発するGPSや通販で買える簡易盗聴器を埋め込んだキーホルダーなどがあったらしい。


 ……土岐さんが芸能人の卵だとか、ありもしない噂が流れた為らしいけれど。


 それでも不幸中の幸いだったのは、送り主は在校生ではなく、卒業生や、その保護者だったらしいこと。

 もしかしたら、外部の女性客だったのかも知れないということだった。

 確かに、女性で、身分証明がきちんとしていれば、入場は不可能ではない。あり得ることだ。


 話をしてくれている学年主任の先生と例の物理部顧問の伊勢原先生、理事長先生が相当手を尽くして、土岐さんのご家族も何とか納得して下さったらしい。


 もちろん、そんなことをした人達はこってりと絞られたそうだ。


 だからって、……GPSとか、正気? 本格的なものじゃないから、とか?

 いくら何でも、酷すぎる。

 そんなふうに……クラスがざわつく。


 ……理由は?


 土岐さんの容姿が際立って良いから?   

 声がきれいだから?


 それで、だからって。


 土岐さんのこと、知らない人達が。


 ……一方的に、傷付けたの?


 ふざけるな。


 高校生の、普段の土岐さんを知りもしないで。


 台本を喜んでくれたこと。

 演劇部員に立ち方や発声を習って、一生懸命練習していたこと。

 打ち上げで、ドリンクバーを五回もおかわりしてたこと。

 二次会のカラオケボックスで、超有名ゲームのアニメ主題歌を熱唱していたこと。


 そうだ。

 ……土岐さんのことをあの一瞬の派手な舞台でしか知らないくせに。


 知った気に、ならないで。


「……そう、そうやって、怒ってあげてほしい。実はね、土岐さんがうちに編入したのも、こういうことを避けられるようにという親御さんのお考えだったそうなのよ」

 学年主任の先生は、少しだけ表情を柔らかくした。


 ああ、そうだったのか。

 きっと、皆が納得していた。


「起きてしまったことは変えられない。学校側も反省して、更なる改善に努めます。でもね、みんながいてくれて、ほんとうによかった。土岐さんが戻って来たら、普通のクラスメートとして、迎えてあげてね」


 私は、何度も首肯した。

 泣いている子もいた。


 そう、皆、気持ちは同じだった。


 それから少したった後、土岐さんは登校してきた。


「緑丘さん、ごめん。台本、素晴らしかったよ」

 小さな声で。言ってくれた。


 こんな時に、なんで私を気遣えるの?


「……ありがとう」

 私は普通に笑えていただろうか。


「こちらこそ……本当に」

 土岐さんは、こう言ってくれた。


 声は、優しかった。



 それ以降、土岐さんはあまり笑わなくなった。


 バレンタインデーは学年主任の先生と伊勢原先生の尽力で、何とか継続してもらえた。


 チョコレートと交換の手渡し又はクラスその他を明記の人限定で後日一律のお返し配布。それでも嬉しい、という生徒は多かった。


 私? 私は渡さなかったよ。

 うん、去年も、ね。


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