街中にある懐石料理屋の中庭で鹿威しが何度もカコンと動いていた。チョロチョロと流れる水が癒される。高級料理を振舞われるこのお店では、ゲラゲラと行儀の悪い国をまとめる政治家たちが集まっていた。どこから捻出しているのかわからない贅沢さ。ポケットマネーでするような金額の店ではない。
「御手洗さん。今日の答弁も最高でしたね。まぁまぁ、どんどんお酒飲んじゃいましょう」
国会議員と名乗るには、程遠いくらいの仕事ぶり。席に座れば、スマホ画面を見て居眠りしている者も多い。国会で話し合われるものはどれも既読スルーのように誰も聞かない。何のために議会を開いているのかわからない。重要な案件だけテレビ中継せずに可決させてしまうというリークする者もいた。
「西園寺さんもほらほら。この日本酒は、東北地方で取れた美味しいものらしいですわ」
「ありがとうございます」
大きな青く派手な皿に並べられているのは、てっさと言われるふぐ刺しだ。箸で豪華に何枚もすくって食べる者がいた。
「おいおい。今村くん。それは、反則行為じゃないか。これを食べる時はこうだぞ」
食べ方に文句を言う勅使河原議員は、箸ではなくレンゲにてんこ盛りで小皿に海鮮丼を作っていた。もう、贅沢どころか粗末に扱ってるようにしか見えない食べ方だった。このお食事会は、後に国民から批判を買う裏金で会計していた者だった。あたかも自由に使えるお金のように使っている汚い議員たちの集まりだ。あちらこちらでどんちゃん騒ぎで飲んでいる。
そんな食事していた大人数の議員がいる『藤の間』の廊下で見つからないようにごそごそと話すのは、コウモリの
「……んで、ここまで来てどうしろって言うんだよ。見つかったら、俺、刑務所行きじゃ済まないんだぞ」
「平気だろ。作戦はいくらでもあるんだ」
コウモリの
「早くしろよ。会合が終わっちまう。お前の仕事は暗殺なんだ」
「……わかったよ。あいつだろ? 裏金を平気な顔をして贅沢な物を食べて買って……それだけじゃないだろうけど」
「金だけじゃない。あいつも人を殺してるんだ」
「??? なんだって」
「声が大きい!」
近くを新人議員の吉中がトイレに向かおうと近くを通り過ぎた。こちらの様子には気づいてないようだ。透明の力はまだ継続している。
「あいつは、人気インフルエンサーや動画配信者の圧力で人を殺してる。警察にもわからない手口で……もう政治と警察はズブズブなんだ。悪いって思うことも隠すことある」
「これが出番ってことか。おしおきしないといけないな」
狙いは
広告収入で生計を立てている動画配信者のスポンサーに圧力をかけて、生命線を断ち切ろうとする。暗殺者まで雇って、インフルエンサーを死に追いやった。あくどい人だった。
颯真は、持っていたサバイバルナイフの切れ味を確かめた。中庭にあった細長く生える雑草が綺麗に切れた。
その音に反応したのはトイレに行っていた新人議員の吉中が、ふと草が揺れ動くのが見えた。誰もいないはずだった。
透明になれる力を手に入れた颯真は、コウモリの紫苑に合図されて、咄嗟にナイフを取り出し、お酒に夢中になっている岡本檀次郎の首を後ろからサッと慣れた手つきで刺した。噴水のように飛び散る血は、大きなテーブルに並べられた高級な食事の上に赤い絵の具の絵画のように塗られていった。
甲高い悲鳴が響き渡る。
「岡本さん! 岡本さん!!」
「き、救急車!! 救急車を呼べ」
まさか、見えない誰かに殺されたとも知らずに参加していた議員たちは慌てふためく。
救急隊や警察が次々と高級懐石料理屋に押し寄せて、検視の結果は凶器は、岡本檀次郎の自分の細長い右指爪だろうという結果に終わった。
最近、岡本議員が始めた男性用ジェルネイルがおしゃれではなく、死に至るものだとは誰も信じがたかっただろう。目に見えないナイフなど、証拠にもならないのだから―――
遠く離れた公園の木の枝にコウモリの紫苑と颯真は、ぼんやり浮かぶ下弦の月を眺めていた。透明になれる銀粉効果は切れていた。指先が出る黒い手袋をしていた颯真の手の震えがいつまでも消えなかった。
サバイバルナイフを持っていた右手は、作業が終わった今でも戒めているのかもしれない。ずっと同じ仕事をし続けているはずなのに、未だに慣れない作業だ。
「なぁ、紫苑。俺はいつまでこの仕事をするんだ? 母さんを救ってくれる約束だろ?」
「……お前はサボらなければいいんだぞっと」
「どーせ、ずっとだろ。全く……」
深いため息をつきながら、身軽に雲のない夜空をジャンプして消えて行った。横では小刻みに羽根を震わせて飛ぶ紫苑の姿があった。