閑静な住宅街を薄着の女性がだらけた格好で歩いている。彼女は、懲役を終えて、刑務所から釈放されたライブ配信の高額詐欺師の
詐欺師専用取扱説明書を作成して販売した罪も償ったが、出所したら、まともに生きたいと母親に手紙で書いたらしいが、世間はそうは見ていないのは確かだ。彼女はお金だけじゃない、被害者の命までも奪ってしまっている。それに罪悪感がないと発言する。
ぺたんこの靴を履いて、坂道のアスファルトをのぼると、ふわりと真っ黒の服を着た男が肩にコウモリを乗せておりてきた。
「……は? キモッ。なに、あんた」
初対面の男に失礼な発言だ。中島 颯真は、チッと舌打ちをして不機嫌になる。コウモリの紫苑はバサッと翼を広げて空中を飛ぶ。
「颯真。気にすんな。イライラするだけ無駄だ!」
コウモリが喋ることに富永 桃子は大きく目を見開いた。
「ゲッ、コウモリが喋ってる? 何かの特撮? どっかでカメラでもまわしてるの?」
辺りをちらちらと見まわすが、誰もいない。野良猫が坂道をのぼってるだけだった。
「あんた、詐欺師だろ」
「失敬な。元詐欺師よ。きちんと、罪は償ったわ。懲役をこなしたんだから。普通の人間よ」
懲役をこなしたからと罪は消えないはずだ。世間は許してはいない。もちろん、被害者もだ。
「そりゃ、懲役はこなして償ったことはまぁ、ちゃんとしてるなとは思うが、当たり前だからな!! そんなの。罪は
「……は?! あんた、何様? 初めて会う人間に言うセリフなの。てか、何なの。マジできもいんですけど!!」
「”魔法少女モモちゃん”って本気で言ってるやつよりまだマシだわ」
同じ土俵で喧嘩が始まってる気がするなと紫苑は、軌道修正しようとする。
「おいおい、颯真。話が逸れているぞ!」
「……あ。そうだった。コホン、んじゃ、仕切り直して」
咳払いして、気持ちを落ち着かせた。着ていたマントを翻して、富永 桃子の前でパチンと指を鳴らす。指先から真っ暗な空間が全体に広がった。世界が一瞬にして異次元空間に飛ばされる。
「な、なに?! ここ!! なんで、うわぁーーー」
足元の地面が見えない。空中に浮かんでいる。足がつかないことに不安になる。
「あんたの詐欺は許されるものでは、どんなに懲役をやったって、罪は消えない。もっと、自分がしてきた行動を身に染みて感じてみるがいい!!!」
颯真が両手を広げて、力を込めて天を見上げた。天空から眩い光が輝き始めた。目を開くことが難しい。苦しいくらいだ。
「ぎゃーーーーーー」
富永 桃子は、目が苦しくて空中に立ってることが困難になり、うずくまった。天から真っ暗闇の煙のようなものが漂いはじめ、屈んだ富永 桃子に何かが憑依した。
どくんと心臓が大きく鳴り響く。全身が震える。走馬灯のように富永 桃子に騙された男性の記憶が送り込まれた。自分自身がお金を騙された感覚に陥る。優しさに付け込まれた男性の想いを心の奥底まで見ることができた。
「あ~~あ~~~あーーーーーーーーー」
頭を抱えて、異次元空間の床や壁に自分の頭をぶつけ始めた。止めどもない涙が滝のように流れ出る。加害者としての自分、被害者だった男性の心を奥の奥に染み渡った。自分自身を心の底から愛していた男性の気持ちを身に染みて感じた時、気づかなかった自責の念を壮絶に駆られてしまう。
「おい!」
異次元空間に丸い窓が現れた。閻魔大王の手がにょきっと伸びる。
「ふへ?」
閻魔大王の伸ばした手は颯真の耳を引っ張る。
「いたたたたた……」
「手柄を持っていくんじゃない!! わしが仕事するって言っただろ!!」
「ええええーーーー。俺、ミッションこなしてるじゃねーの? どういうことよ」
「……颯真、やりすぎたかもね。おいら、しーらない」
バサバサと紫苑は、下界の空間に逃げて行った。颯真の耳は真っ赤になるくらい腫れていた。閻魔大王はご機嫌斜めに境界の窓を閉じた。
富永 桃子は、被害者5人の憑依された想いを受け取り、極限までに心を疲弊した。自分のやっていたことはこんなにも他人の人生をめちゃくちゃにしていたことを改めて感じることができた。
シュッと最後の人が空に帰ると、パタンと体が倒れる。颯真は咄嗟に上半身を支えた。無意識で優しさが出てしまった。
「……ありがとう。出会った人が君みたいな人だったら、私はもしかしたら、詐欺をしなかったかもしれないね」
声を出すのもスタミナ切れで小さかった彼女の言葉に少しドキッとしてしまう颯真だった。何も言わずにパチンと指を鳴らす。
下界の閑静な住宅街に戻った富永 桃子は、ここで生きるのは世間も許さないし、自分も許せないと感じた。
突然、富永 桃子は、自宅まで急いで走り出し、あることを決意する。誰もいない自宅に、洗面所まで荷物を玄関に置いたまま走った。
カミソリを取り出し、お風呂場に水をためた。決意を固めたはずだった。
シュッと黒い影が降り立った。颯真がマントを翻しパシッとたたき、カミソリをお風呂場の床にはじいた。
「それは、無しだ。まだ償いは済んでいない。被害者のためにも生き続けろ。それも罪の償いなんだ。死ぬのは諦めるんだな……せいぜい下唇でも噛んでろ」
富永 桃子は、身体中の水が乾ききるほど颯真の前で泣き続けたのだった。死ぬこともできない罪はものすごく重かった。