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第10話 張り込みの定番はもちろん……

 アスファルトをずっと辿っていくと、1台の普通自動車が住宅街の通路にエンジンを切って、止まっていた。灰色の車に乗っていたのは運転席に高田 史騎たかだ ふみのりと何故かバディであり、先輩の阿部 義昭あべ よしあきは窓の外を見ながら後部座席に座っていた。犯人である星を捕まえるために、片手にコーヒー店のアンコが付いた食パンと『おいしすぎる牛乳』を飲んでいた。張り込みの定番はあんぱんと牛乳というのを昔のドラマを見て覚えていた。そもそも、なぜバディである阿部 義昭が後部座席に乗っているのかは説明すると長くなるかもしれない。


「なぁ、なんで、俺は後ろなんだよ」


「だから、言いましたよね。俺、無理なんすよ。加齢臭」


「おいおい。ひどすぎないか。その言い草。しかも年齢そこまで変わんねえだよ。そ

れ、パラハラって言わないけどよぉ。なんて言うんだろうな。あー、逆パワハラだわな……」


「先輩、気にしすぎですよ。デオドラントスプレーしておけば大丈夫っす。今、シートタイプもありますから、ね!」


「……それすれば、助手席に座れるのかよ? ん?」


 悪態をつけながら、阿部 義昭は渡されたデオドラントシート25枚パックを受け取った。


「いやいや、あくまで加齢臭であって、歯周病の匂いはとれませんから。無理っす」

「……おい、どこまで逆パラハラすれば気が済むんだ?」

「しっ! 先輩、静かに。星が出てきましたよ。しっかり見ないと」

「ちッ……面倒くさいやつめ」


 ダッシュボードに置いていた双眼鏡を目にあてて、古いアパートの2階から出てくる強面の男の様子を見守った。不機嫌な阿部は、仕方なく、高田の言うことを聞いて静かになる。

 刑事たち2人が張り込みしているここは、中島 颯真の部屋があるアパートの1つだった。今回の犯人は指定暴力団組合員の山下 辰徳が麻薬取引に関わっていたことで通報があった。直接の現場を見つけなければ、逮捕にまで至らない。高田と阿部は、尾行をすることに決めた。


―――中島 颯真は冷蔵庫が空っぽだったため、食材を買いに行こうと昼寝している母親をそのままにして、近所のスーパーに向かおうとした。道中、怪しい2人組がインカムを持ちながら、1人の男を追いかける様子を見つけた。


「……げっ。あいつら、刑事か」

「ハハハ、颯真が捕まるんじゃないの?」


 コウモリの紫苑は小ばかにするように笑ってぐるぐると飛んでいる。イラッとして額に筋を作る。 颯真は人間の目に見えないような工夫を凝らして、閻魔大王のミッションをこなしている。不思議な力を持っていた。


「ばーか。俺にそんなヘマするわけないだろ」

「へーんだ。そんなのわかるわけないだろ。俺のさじ加減でバレるかもしれないだろ? ん?」

「は? バレる? そんな、まさか」

「だ・か・ら。俺様を丁寧に扱えってことだ。コウモリ様を敵に回すなよぉ」

「……けっ、ただ単にビビってるだけじゃねーか」


「な?! ビビッてない!」

「ビビってるよ。コウモリだけどチキンめ」

「鶏じゃない! ふざけるな」

「な?! このー。やめろ」


 コウモリと人間の小競り合いが始まった。2人の些細な喧嘩を見逃さなかったのは、さっきの2人の刑事だ。高田がコウモリと何やらやってるなぁと感じて後ろからそっと近づいた。


「あのー、大丈夫ですか?」

(げ、やべー……)


 まずいところを見られた颯真は、背中の冷や汗が止まらなかった。


「え、いや。はい。大丈夫です……」


 紫苑は、いたたまれなくなって、丸い虹色の異次元空間を出して、逃げようとした。そんなもの見せたら、怪しまれると感じた颯真は、天高く腕を振り上げて、指パッチンをした。危なく、腕を高田に捕まれそうになったが、危機一髪のところで、空間の時間がとまった。近くにいた2人の刑事と暴力団の犯人が氷のようにカチンコチンに固まった。


 地面に両手をついて両肩を動かしながら、息をする颯真に、逃げたはずの紫苑が戻ってきた。


「あー、ずるいずるい。卑怯な手使ったなぁ」


「はぁ?! 卑怯じゃねぇーつぅーの。お前のせいだろ。俺の身分とかお前のこと

がばれたらどうするんだろ。命がいくつあっても足りないだろ」


「そんなの1つしかないに決まってらー。人間の代えはいくらでもいるんだ。颯真1人、警察にパクられたって、俺は困らないもんね」


「薄情なやつめ……お前、閻魔様に舌抜いてもらった方いいじゃないか!!」


 颯真は紫苑の首根っこをつかんで、紫苑が作った異次元空間を大きなサイズに変更して審判の間に瞬間移動した。空間が消えた瞬間に止めた時間は元に戻った。



 首をブンブン振って、辺りを確かめる3人。頭の中は一瞬クリアになった。


「ん? 今、何してたんだっけ」

 高田は天を見上げ、後頭部を触る。


「あいつだろ。指定暴力団組合員の山下 辰徳を尾行してた」

 阿部は、指さして話す。後ろに刑事2人がいることを気づいた山下は慌てて黒いセカンドバックを持って逃げようとした。


「くっそ。待て、なんで逃げるんだ。ぜってー悪いことしてるだろ」

「あーあ。見つからないように尾行する作戦だったのによぉ。高田、早く追いかけろ」

「言われなくてもそうしてる!!」


 ブロック塀を飛び越える山下にハードルのように軽やかにジャンプした。リアドロケイが始まった。この争いは夕日が沈むまで続いていた。


 電線に乗ったカラスが一声鳴いていた。街ではクラクションが響いている。

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