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第20話 まやかしの占い師

 会議室の前に貼られた『未解決殺人事件会議』の文字の傾きに違和感を覚えるのは、捜査一課の課長補佐の石塚 文雄いしづか ふみおは、細い目を凝らして確認する。きゅっと傾きを直した。


「石塚さん! ぼんやりしていないで、会議にしっかり参加してください」


 警察官の池田 楡史郎いけだ ゆしろうが背中を押して会議室に誘導する。刑事の高田 史騎の一声で事件の方向性が変わりつつあった。


 ホワイドボードを指さして、 捜査一課の課長の平井 敬子は事件の犯人を予測する。


「――高田の言っていることが本当ならば、犯人は彼女が生きていることを知らないじゃないのかってことだが……」


「明らかに殺人事件と一見思われがちな出血量ですけども……なぜ、鑑識や被害者の対応をしていた医者は、気づかなかったのでしょう。確かに死亡診断書も発行されたはずですが……」


 阿部 義昭は顎に手をつけて、たくさんの張り出された写真をじっと見つめて、話す。高田は、捜査資料をくまなく確認すると、被害者である夢見響子は死亡していないことが分かった。落ちている血のりパックの入れ物があったこと。鑑識や関係者の病院や医師や看護師が、被害者とグルだったこと。調べれば調べるほど不思議なことばかり浮き出てくる。各所に電話をしてもどこも繋がらない。役所に問い合わせてみても、そもそも、夢見響子は存在していたのかというところまでなってきた。


「まさか、夢でも見てるんっすかね……ハハハハ」

「笑いごとじゃないっすよ。高田さん」

「なんで、今まで気づかなかったのでしょう。こんなに捜査に携わっている方々がたくさんいるのに、なぜでしょう。迂闊うかつでした」

「……それは騙されたのではないでしょうか」


 責任感の強い平井 敬子は、仕事のミスに物凄く敏感に反応して反省する。仲間たちにがっかりさせたくない思いもあったが、そこへボソッとつぶやいた石塚 文雄は、細い目で遠くを見た。会議に参加していた警察官たちは、ごくりと唾を飲みこんだ。


「石塚さん。それは、まさか見えない何かに騙されていたということですか?」

「いや、そうじゃない。まやかしってやつだ。お前らに気づかないように洗脳されていたのかもしれない」

「確かに被害者は占星術を扱う仕事をしています。占い師ですし、それ以上に人を騙す心理学を持ち合わせていたのかもしれませんね!」


 阿部 義昭は手を打ってひとり納得する。横にいた捜査資料を持つ高田 史騎がバシッと阿部義昭の頭を突いた。


「そんなわけねーって。俺ら全部洗脳されたってことだぞ?」

「……いや、でも、思い当たるところはあるじゃないですか。違いますか?」

「第一発見者の言動で決定することもありますから。関係者すべてに全部繋がりがあるとなると、名演技……みなさん、映画に出れますね」

「石塚さん、冗談は控えていただけませんか」

「あ、すいません」

「とにかく、私の仕事への姿勢にも問題があったかもしれません。事件があったことは事実ですし、もしかしたら、被害者から加害者への復讐の事件へ発展する可能性だってあります。引き続き、現場の聞き込み捜査を行ってください。犯人の手がかりになるようなものがあれば、すぐに報告を上げてください。いいですね?」


 平井 敬子は、自分自身の采配ミスがなかったかと細かく資料を確認し、パソコンの資料をもチェックする。真面目で責任感が強い上司でもある平井 敬子の姿を見て、高田 史騎は、後頭部をボリボリとかいていた。そこまで真剣に考える必要もないと思っていた。もう、犯人の思惑も被害者の動向も把握していた。察知能力のある高田にとって、平井の行動は無意味とも感じていた。


パソコン画面にかじりつく平井 敬子に高田 史騎は口をしぼめて深呼吸してみせた。


「課長? ひ、ひ、ふーーですよ」

「ちょっと、ふざけないで。真剣に仕事に取り組む人に言うセリフなの?!」

「あ、いや、だから……焦らないで。もう、道筋は見えてますから」

「はぁ?! あなたねぇ、ろくに捜査資料も見てないじゃないの」

「……俺、見なくてもわかるんで。勘が鋭いっすよ」

「……あなたと話していた私がバカだったわ」


 平井 敬子は、高田 史騎のことを信用していない。目には見えない勘に頼るやつにろくなものは今までいなかった。そういう人を信用できない苦い経験もある。左手の爪をくいっとかんだ。


「レディがそんな爪を噛んじゃいけないっす」

「うっさいわね」


 犬猿の仲になりつつある2人だったが、後に事件解決繋がることになるだろう。変にそう感じてしまう石塚 文雄はうんうん腕を組んで頷いていた。


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