殺伐としたむさ苦しい男たちが集まる警察署内の1室では、今日もまた『未解決殺人事件会議』の準備に追われていた。固定電話やパソコンを次々にデスクに運び入れていた。たくさんのスタッフが段ボールに入れた書類ファイルをそれぞれの刑事にいきわたるように並べられている。
捜査一課の課長の
所轄刑事の
―――2日前の夕方、中島 颯真は、占星術師の夢見響子の言動に心底人間としての恥だと感じた。
『人に本当の幸せを願うことができなかった。私への罰なのね……きっと』
と言ったかと思うと、にやにやと嘲笑い始めた。
『罰……罰を受けたって言うの? この私が? チャンチャラおかしい話ね。笑っちゃう。神様に守られてる私が罰を受けるなんて、ありえないわ!? ……私、知ってる。知ってるの。あなた、ダークワーカーって言うんでしょ」
コウモリの紫苑とともに夢見響子の前に姿を現したダークワーカーである中島 颯真は、拍子抜けした顔をしてジャンプして後退した。紫苑も動揺を隠せない。
「颯真、気をつけろ。こいつ、何かおかしい」
「言われなくても分かってる……」
小瓶に入れて詰めて置いたコウモリの紫苑の透明な粉を体全体にまき散らした。夢見響子は口角を上げて、お見通しと言いたそうな顔をして指をパッチン鳴らした。すると、どこから湧き出て来たのか、所狭しと部屋の中一面に白いハツカネズミがチューチューと鳴きながら増えていく。透明の姿であったが、足元はネズミだらけ。どう動くか迷っていると、紫苑の両足で颯真は体を持ち上げられた。
「おっと……助かった。ありがとな」
「余裕かましてる場合じゃないぞ。颯真!」
「姿を消したって、私には見えるのよ!!」
夢見響子の左手に水晶、右手にはたくさんの天然石の数珠を持っていた。両目が赤く光り出す。ハツカネズミたちは、 赤く光る夢見響子の体にまとわりついている。
「な……き、気持ち悪い!?」
「ひよるな!? 立ち向かえよ」
ハツカネズミが夢見響子の体に纏わりついて、いなくなった床の上に颯真が左手をついて体勢を整える。紫苑は、空中を旋回した。
「今が絶好チャンス……ネズミと一緒にお
颯真は、持っていたバタフライナイフを片手に、夢見響子をネズミごと切り刻んだ。あまりにも簡単に刺すことができて、手ごたえを感じなかった。こんなに簡単で良かったのかと疑問符を浮かべる。パタリと仰向けにネズミごと倒れていく夢見響子を見た。眠ったように目をつむっていたが、どこか無機質だった。
「……ライトワーカー? ん。違う。グレーワーカー……確か。そういうやつがいるって、誰かが言っていた気がした」
「確かに良く見ると、このネズミたちの色が白いかと思ったけど、灰色だよ。よくわかったなぁ、颯真。光加減で変わるみたいだ」
「とりあえず、俺の仕事は終わっただろ?」
「……うん、たぶん。顔にまで傷、つける必要なかったじゃないの?」
「たまには、遊んでみてもいいかなって。かっこいいだろ。オベリスクマーク」
夢見響子の顔に焼き印のようにナイフでつけられたマークは、まるでタトゥーのようだった。それが、致命傷になるとは颯真も思っていない。でも、確かに心肺停止になっている。
「行こうぜ。ほら。閻魔様に報告だろ?」
「待てよぉ。俺のおやつ忘れないでくれよ」
虹色の丸く作られた審判の間に続く異次元空間に颯真とコウモリの紫苑は吸い込まれていく。2人が立ち去ったあと、夢見響子の眼球がぱっちりと開いただなんて夢にも思わなかっただろう。周りにいたハツカネズミたちは、肩を寄せ合って、夢見響子に纏わりついた。しばらくして熱を帯び、蘇生を行った。
大きく肺が膨らむのがわかるくらいに夢見響子の胸が動いていた。
―――高田 史騎は、ぶちぶちと文句を言う阿部 義昭の写真を無理やりつかみ、写真の違和感に気づいた。勘の鋭い彼の目には何が映ったのだろうか。その時はまだ刑事たちにとって誰も知り得ない情報だった。