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第18話 目には見えない幸せ 手に入れたくて

 窓を開けても風が全然吹いてこない。ジリジリと窓から差し込む太陽が眩しくて暑かった。猛暑と言われるくらいの気温でエアコンが無いと熱中症になると天気予報士が警告するくらいだった。和室四畳半の部屋では、女の子が2人、首にネッククーラーをつけて、うちわ片手に涼んでいたが、額から出る汗は止まらなかった。


千陽ちあき、暑いねぇ。スポーツドリンクってもう、買ってないよね?」


小学4年生の長女、愛華まなかは、小学1年生の妹、千陽とともに過ごしていた。シングルマザーでいつも母親の麗子れいこは朝から晩まで仕事をしていて、家にいることは少なかった。買い物もろくにできず、冷蔵庫の中はバターや梅干しなどの長期保存できるものしか入っていなかった。


 千陽は、おもむろに冷蔵庫を開けるが、代わり映えしない中身にうんざりしていた。


「うん。買ってないよ。最後にスポーツドリンクを見たのは2週間前だと思う」

「そっか……」


 あおぐうちわもとまるくらいがっかりする。2人の水分補給は氷もない水道水を水筒に入れて飲んでいた。

 コップを洗うのは嫌だと母親の麗子の指導で、水筒を使っていた。水筒は、必ず学校に持っていくため、使いやすい方だった。氷は麗子に入れてもらうことで安心感を得るためにあえていれなかった。


「ねぇねぇ。姉ちゃん。これ、見てよ。最近、見てるんだけどさ」

「えー、怪しいもんじゃなくて?」


 エアコンもつけられない部屋の中、汗を大量にかきながら、2人の楽しみはスマホでライブ配信を見ることだった。母のお古のスマホを使わせてもらっていた。暇つぶしはそれくらいしかない。電話もテレビもないからだ。


「夢見響子さんっていう占い師さんだよ」

「へぇ。当たるの?」

「そう、結構当たってる。ブレスレット欲しいなぁって思って……」

「本当だ、可愛いね。青と黄色の組み合わせは私の好きなやつだ!」

「買ってもいいかなぁ。金運爆上がりするって書いてるもん。お母さんも喜ぶでしょう?」

「……当たる占い師さんだもんね。うん。買おうよ。買おう!」


 姉妹は、完全に信用してしまっていた。貧乏な家に少しでも幸運が来るようにと、母親名義で既にクレジットカード登録していたサイトで金運爆上げブレスレット2万円するものをワンタップで購入した。悪いと思うことなく、お金持ちになれるなら大丈夫だと浅はかな思いだった。


「きっと、お母さん喜ぶね!」

「うん、そうだよね」


 両手を繋いでジャンプした。狭い部屋の中で2人の気持ちが跳ねあがる。ほんの小さな出来事が大惨事になるとは思わなかった。


―――1週間後、注文して届くのを楽しみにしていたブレスレットが家に届いた。母の麗子は、今日も仕事だったが、置き配登録していたため、受けポストの中にスポッと入った。留守番をしていた2人は、その音に敏感に反応した。顔を見合わせて、驚く。


「今の聞いた?」

「届いたね?」


早速、届いた封筒を開ける。幸運ブレスレットは、メッセージとともに封入されてあった。テンションが爆上がったのは間違いない。


「つけてみようかな」

「うん、つけてみて。次、わたしね」

「うん」


 先に愛華がつけた。ずっしり重みを感じるが、金運が上がるほどのことではないなぁと首をかしげる。すぐに千陽も腕につけてみた。シャラシャラとこすれる音が楽しくなった。


「可愛いし、いい音するね」

「そ、そうかなぁ」


 愛華は、現物に触れてみて不審がった。これはもしかしてと背筋がひんやりする。千陽は全然気にもせず、スマホで腕につけたブレスレットを写真で撮って見せた。


「可愛い!!」


 盛り上がっていると、不意に玄関のドアが開いた。体調を崩した母の麗子が早退してきたようだ。


「ただいまぁ~……。ごめんね、今日、お母さん具合悪いからお弁当買ってきたよ。からあげって好きだったよね?」


 荷物をドサッと置いて、2人の様子を伺った。学校から帰って来てランドセルや文具が乱雑に置かれていた。途中でやめたであろうt宿題も散らかっている。千陽の腕にはキラキラと輝くブレスレットがつけられていた。


「あ、あれ? 千陽。それ、どうしたの? 学校で作ったものにしては大きくない? ビーズじゃないよね……」


 麗子はあまりにも飛び上がって喜んでいる千陽が気になって、そばに駆け寄った。千陽はニコニコしながら、ブレスレットを母に渡す。


「お母さん、これで私たち、大金持ちだね!!」

「……え?! どういうこと?」

「……あ。うーんと」


 騙されたんじゃないかと気づき始めた愛華は、ボソボソと入手先を伝えた。その話を聞いてすぐに、母麗子の額の筋が伸びていくのが分かった。


「はぁ?! ふざけるんじゃないわよ。毎日毎日、汗水垂らして働いて手に入れたお金を簡単に使わないでよ! 何が、金運、幸運よ。そんなの嘘に決まっているでしょう。そんな運勢が本当にあったら、こんな所に住んでるわけないから!」


 母麗子は、持っていたブレスレットを両手いっぱいに引きちぎった。これで本当に大金持ちになれるなら、子供に不自由な思いさせてない。現実にそんなのはすぐ無理なのはわかっていた。


「ちょっと、スマホ返して!! あんたたちに貸した私はバカだった。カード登録、いつしていたんだっけ」

 愛華は震える手でそっとスマホを手渡した。千陽は泣きついて、母にしがみつく。


「やだやだ。スマホ使えなくなるのいやだ。宿題終わったあとの楽しみ無くなるよ! やめてよ」

「離して。ちょっと、うざいから。くっついてくるじゃないわよ!」


 力いっぱい振り切って、千陽を引き離そうとした瞬間、千陽はテーブルに頭をぶつけた。大量の血が流れ落ちる。スマホ画面を見ていた麗子は床を見ていない。

愛華が気づいて、介抱する。千陽の声を聞くことはなかった。


「千陽、千陽。大丈夫??」

「え、何、何? はぁ?! 何やってるのよ。家に病院代金払えるお金あると思ってるの?! 起きて、起きて」


 大量出血だというのに、母は、お金のことしか考えていない。テレビもない部屋の中、スマホが唯一の外部との接触ツールだった。それを奪おうとした母に千陽が執着して許せなかった。暑い部屋の中でしがみつかれた母は嫌がることしかできない。


 ブレスレット一つで、母の麗子は、次女である千陽の命を奪ってしまった。

 麗子は騙した占い師を許すことはできなかった。



―――颯真は、夢見響子のブレスレットで不幸になった人たちの思いを指先から響子の額へと届けた。


 走馬灯のように映し出されたそれぞれの出来事に響子は、後悔の念にあふれていた。響子の涙は止まらず、床に体を伏した。


「人に本当の幸せを願うことができなかった。私への罰なのね……きっと」


 窓につるされたサンキャッチャーが、キラリと光った。

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