ルーラ王国王都【レンハイム】
〝音楽の都〟とも名高い、この地には、多くの大望を胸に抱く若者が集まった。
芸術的才能――とりわけ、音楽家の庇護に熱心なこの国では、腕さえ認められれば、ありふれた身分のものであろうとも、上流階級同様の扱いを受けることができる。
当然ながら、その中で
王都南西部は、まさに音楽文化の醸造所となっていた。
劇場音楽家が多く暮らすほか、各地渡り歩いてきた若き才人が、入れ替わり立ち替わり訪れては、人知れず去ってゆく。
一日を通して、極彩色の旋律が奏でられ、自由奔放な恋人とのひとときに花を添え、一家言あるつもりの批評家たちの自尊心をくすぐってみせる。
街の南西部の中心に位置する一つの
光の射さない舞台袖には、一人の青年が控えていた。
男が耳を
今、客席は声を出すことは叶わなくとも、大粒の涙を流し、この瞬間、ここに存在することを神に感謝する観客で、
彼は曇空のような
肩先まで襟足が伸ばされた赤銅色の髪が、宝石のような汗とともに宙を舞い、きめ細やかな白い肌は、熱を帯びて徐々に
音を支配するわけでもなければ、
彼にとって音は、ともに楽しみ、喜び、悲しみ、泣き、そして踊る〝
――「座長、お時間です」
〝コトン〟と、グラスに氷が落とされたかのように響いた声に男――ロレンツォの思考は、一瞬で
もう少し、この特別な時間に
次は、こちらが観客を
「あぁ、わかった」
彼は、酒場の女性から人好きのすると評判の微笑みを、口元に浮かべてみせると、壁に掛けてあった
「お待ちください、服が乱れています」
目前で、せっせと
自分と四つしか変わらない彼女に、今やすっかりと世話になってしまっている。
彼女は最後にマントの
「座長、
彼は
それと同時に、
ジレから白銀の懐中時計を取り出して
「さぁ、行こうか。
◆◇◆◇
「ひっく、あぁ……? なんだ! 男じゃねぇか! 綺麗な女の奇術師は、いねぇのか!?」
「ママ、見て! 小鳥さんだよー!」
「こら! 待ちなさい! もうショーが始まってるのよ〜」
そして、それを大声で
帽子から
無名で、腕も至って平凡。
そんな奇術師の舞台を観に来る者など、ほとんど居ないのだ。
◆◇◆◇
劇場の外――。
喧騒とともに隣の劇場――ベルコーレ座の扉から興奮の冷めぬ観客達が出てきた。
ルーラ王国王都【レンハイム】で最たる伝統を持つ劇場から、目と鼻の先にある地震が来れば、一瞬の
――「まだ、こんなことをしているの?」
どこか、研ぎ澄まされた
「ビーチェ、君か」
ベアトリーチェ・グラツィアーニ。
ベルコーレ座を拠点とする〝国王歌劇団〟の歌姫であり、ロレンツォが中退した音楽院の同級生だ。
先ほどの
彼女は腕を組み、ラツィオ座を一瞥した
「ロロ、考えなおしなさい。あなたには才能があるわ。今からでも音楽の道に戻るべきよ」
「今は、
「ロロ……」
彼女らしくもなく、声音は精気を感じさせず、ロロの勘違いでないのならば、それは淋しげな響きを含んでいた。
その秀眉も今は、わずかに下がり、瞳には憂いの色が滲んでいるように思える。
ロレンツォは、彼女が心根の善良な得難い友人であることを理解していた。
同時に一人の音楽に携わっていた者としては、彼女には深い敬意も抱いている。
今も変わらず気にかけてくれる旧友に心中で感謝しつつ、彼女の友情に報いるには、喜ばしい報告をするほかないと思えた。
「今日の歌、素晴らしかった。次の公演は、僕も見に行かせてもらおう」
「ロロ、待って――!」
足を止め、振り返った彼の
その瞳に秘められた何かを感じ取ったのか、ベアトリーチェは左手を腰に当て、諦観を滲ませた苦笑を浮かべる。
小さな嘆息とともに、「
「今日はエイプリルフール――この国風に言うと
「後者は、
「えぇ、魔法や