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壮行式典と不穏な言葉

 翌朝。

 俺は『切り込み隊』千人を従えて、城門前に立っていた。


 当然だが、ここにいるのは『切り込み隊』だけではなく、ガーランド帝国軍第一師団から第三師団までの一万五千人の兵である。ちなみに、俺の所属しているのは第三師団だ。

 今から俺たちは戦争に赴く。

 だが国家というのは面倒なもので、戦争行ってきまーす、と出発するわけにはいかないのだ。大抵こういった大規模な作戦の前には、壮行式典という謎の行事がある。


「隊長」


「おう、レイン」


「間もなく皇帝陛下からの、壮行のお言葉があります」


「ああ」


 壮行式典――つまるところ、この国のトップである皇帝陛下よりお言葉が与えられる式典だ。

 正直、俺が皇帝陛下を見る機会は、この壮行式典くらいである。師団長くらいになると、一応戦勝報告の際に宮廷へ赴くらしいけれど、俺はあくまで大隊長だ。余程の手柄を上げない限り、皇帝への目通りなんてない。

 そして当然、お偉いさんの言葉であるため、さぞ難しい言葉で色々言ってくれるのだ。俺に理解できない感じで。


「昨夜は、よく休めましたか?」


「正直、興奮してなかなか寝付けなかった」


 レインの質問に、俺は首を振る。

 何せ俺は、この戦争が終わったらジュリアと結婚するのだ。そして昨日、大まかな作戦を聞いた上で(内容は聞いてないけど)、敵がアリオス王国だということも分かった。

 彼我の戦力差は倍ほどあるが、それでも精強なガーランドの職業軍人たちだ、まず負けはないだろう。

 だから、終わってからのジュリアとの結婚生活を妄想していたら、興奮して全く寝付けなかったのである。

 そんな俺の言葉に対して、ふふっ、とレインが笑った。


「いえ、レイン安心しました」


「おいおい。何で隊長が寝不足で安心するんだよ」


「戦争に赴く前日というのは、やはり何度味わっても興奮が冷めてくれないものですから。隊長もやはり人間だったということですね」


「何に安心してくれてんだよお前」


 俺が人間だってことに安心してんじゃねぇし。

 というか、俺はジュリアとの結婚生活を妄想して興奮してしまっただけであって、戦争に興奮してるわけじゃないから。レインお前、どんな変態だよ。

 戦争なんて、行きたくないのが誰しもの本音だろうに。


「おっと……出てきましたよ」


 ざわざわと、喧噪が騒がしくなってくる。

 それは当然、天上人である皇帝陛下が姿を現したからだ。勿論、俺は皇帝の顔なんて覚えていないため、多分皇帝が現れたからだろうと思う。

 そして、皇帝が現れたことは分かったけど、皇帝の名前って何だっけ。

 まぁ、俺にお声がかかることはまずないし、気にしなくていいか。


「静粛に」


 多分皇帝だろう老人の隣――デュラン総将軍が一言告げるだけで、しん、とざわめきが静まりかえる。

 皇帝の前だから静かに、とかではなく純粋に軍部というのは、上の命令には絶対服従なのだ。デュラン総将軍が静かにしろと命じたのだから、それに従うのは軍人の常である。


「これより、皇帝陛下より諸君にお言葉を与えられる。ありがたく拝聴するように」


「はっ!」


 皇帝陛下のお言葉の何がありがたいのかは、俺にはさっぱり分からない。

 だがとりあえず、周りが「はっ!」と言うのに合わせておいた。

 そして、デュラン総将軍が一歩下がって、次に老人――皇帝が、全軍を睥睨する。


「当代皇帝、ルーファウス・フォン・ガーランドである」


 まず、自己紹介から始まった。

 そして、名前を聞いて「あー、それそれ」という感情も浮かんでこない。むしろそんな名前だったっけ、という感じだ。

 こほん、と皇帝が咳払いをして、鋭い眼差しで全軍を見る。


「此度、諸君ら精強なるガーランドの兵たちを、戦地へ送る。これより攻めるアリオス王国は、何度となく我が国へ攻めてきた仇敵である。諸君らには、長く苦しい戦いを強いることになるだろう」


「……ん?」


 皇帝の言葉に、俺は眉を寄せる。

 確かにアリオス王国は、何度となくガーランドと小競り合いをしている国だ。だが今まで、国際情勢とかもあって決着がつかず、未だに関係は最悪である。

 そんなアリオス王国に引導を渡すために、今回は攻め込むのだ。

 兵力の差は倍ほどあるが、それでも民兵を徴兵するアリオス王国に対し、こちらは常日頃から訓練を怠っていない職業軍人である。それほど大した差にはならないだろう、とレインは読んでいた。

 だから、それほど長く苦しい戦いを強いられることはないと思うのだが――。


「されど、余は信じている。我らが精強なるガーランドの勇者たちは、必ずやこの大陸を席捲し、勝利を齎し、誇り高く凱旋すると」


 それほど大きな声ではないが、全軍に響く声。

 中には、涙を流している兵もいた。そんなに皇帝の言葉が嬉しいのだろうか。

 そして、全軍に向けてばっ、と掌を翳す皇帝。

 ちょっとふらついてるよ。無理すんな爺さん。


「精強なるガーランドの勇者たちよ。その心に存在するガーランド魂でもって、敵国を必ずや蹂躙せよ!」


「おうっ!!」


「余が求めるは勝利のみ! この大陸をガーランドの旗に染めよ! 我が国に逆らう、全ての敵国に鉄槌を! 屍の先に、我らがガーランドの栄光がある! 進め! 勇者たちよっ!!」


「おぉぉぉぉぉぉっ!!!」


「……え、え? ちょい待って?」


 激しい鬨の声に、かき消される俺の疑問。

 今、皇帝が言ったこと、皆聞いてたのか?


「さぁ、隊長! 行きましょう!」


「おい、レイン……?」


 皇帝は、確かに言った。『大陸をガーランドの旗に染めよ』と。『全ての敵国に鉄槌を』と。

 つまり、大陸を支配しろ、ってことじゃね?

 総将軍が「行くぞっ!!」と出発の指示を出し、先頭の兵が動き始める。


 この大陸に存在する、ガーランド帝国の仮想敵国は八国。

 現在、友好的な関係を築いているのは二国。

 いや、まさかなんだけどさ。


 その全部倒すまで帰れません、とかないよね?

 ないよね?

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