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作戦成功

 アリオス王国の国王夫妻を、俺はあっさりと無力化して捕縛した。

 当然ながら、国王夫妻のいる部屋にいた護衛の兵士三名も、既に始末済みである。さすがに王族を殺すわけにはいかない、と国王、王妃の二名に対しては気絶と捕縛で済ませているが、護衛の兵士はきっちり首をへし折っている。下手に、こういった場面で温情を与えてもいいことにならない、ということは経験則で知っているのだ。

 あとは、ここからどうすればいいか、なのだが。

 俺、レオナから「国王夫婦を捕縛しろ」という指示は受けているんだけど、それ以上聞いていない。

 もしかしたら言っていたのかもしれないけど、正直レオナのあの格好、男と話をするのに絶対に向かない格好だって。俺、何回チラ見したことか。細いんだけど、出てるところはそれなりに出て――って何言ってんだよ俺!


「はぁ……」


 駄目だ駄目だ。

 俺はこの戦争が終わったら、最愛のジュリアと結婚するんだ。そんな立場にありながら、他の女性に対してそんな色目を使うなんて最悪の人間だ。

 まぁ、レオナは自分で勝手に出しているわけだし、勝手に出しているのをちょっとチラ見したからって怒ったりするとか、そんな理不尽な真似はしないと思うけど。

 いや、駄目だ。

 自分で勝手に出している場合でも、下手な男が見ていたら「何見てんだよ! てめぇに見せるために出してんじゃねぇんだよ!」と理不尽なことを言ってくるのが女という生き物なのだ。

 つまり俺が出来ることは、今後なるべくレオナの方を見ないこと――。


「首尾は問題ないようだな」


「――っ!!」


「さほど驚くな。私だ」


 背後から突然掛けられた声に、思い切り振り返る。

 当然ながらそこに立っていたのは、簀巻きにした人間二人を抱えたレオナだった。恐らく、話の中にいた王子と王女なのだろう。細い腕だというのに、人間二人を抱えてふらついている様子はない。

 まぁ、あの王城の壁――俺の身長の倍ほどの高さのあれを飛び越えたらしいし(実際に飛ぶところは見てないけど)、身体能力は高いのだろう。できれば、うちの『切り込み隊』に欲しい逸材である。

 暗部の人間だし、引き抜きは多分出来ないだろうなぁ。


「こっちは大丈夫だ。アリオス国王夫婦は、無力化して縛ってる。この後は、どうするんだ?」


「あとは私に任せておけ。王族が抜け道として使っている隠し部屋があるから、そこで私が捕縛したままで待機しておく。お前は王城から抜け出して、そのまま西門の方へ向かって門を開けろ。ガーランド軍が王城を占拠次第、王族を引き渡す手筈だ」


「なるほど」


 確かに、逃げ出そうとした王族を捕らえるという作戦だったわけだから、これで終わりでいいんだろう。

 あとは問題なく、ガーランド軍にこの王都を陥落してもらえば、それでいい。

 俺は早く王都の西門に向かって、さっさとガーランド軍を王都の中に誘導すればいいということか。


「分かった。ありがとう、レオナ」


「……礼を言うのはこちらだ。お前が来てくれなければ、任務は失敗していたかもしれん。お前のことは、上司に伝えておく」


「……ああ。それじゃ」


 隠し部屋とやらに運ぶべきかとも考えたが、それはむしろ邪魔になるだろう。

 レオナは隠密のプロであるし、今この場から隠し部屋まで、誰にも見つからずに通る道順も把握しているのだと思う。

 だからむしろ、俺が今できること――それは西門に向かって走り、門を開いてガーランド軍を招き入れ、混乱を起こすことなのだ。

 まぁ、上司に伝えられたところで、どうせ俺はこの戦争が終わったら結婚するわけだから、どうでもいい。


「……」


 こっそりと国王の部屋を抜け出して、廊下を走る。

 俺が騒ぎを起こすと、それだけでレオナに飛び火する可能性がある。つまり、俺は誰にも見つかることなく、王城から外に出なければならない。

 どうすれば――そう一瞬悩むけれど、窓の外の景色を見て笑みが浮かんだ。


 どうせこれから、街の中は混乱する。

 だったら、その混乱が多少早かったところで、問題はないだろう。少なくとも、王城の中で騒ぎが起きない限り、俺が侵入したことまでは分からないだろうし。

 廊下は今のところ、人通りがない。

 ならば、今しかチャンスはない――。


「ふ、ぅっ……!」


 俺がいるのは、四階だ。

 眼下に見える建物は、民家や公共施設など石造りのものが多い。だがその中には、少なからず木造のものもある。

 石の上にそのまま着地すれば、俺の両足は砕かれるだろう。だが、木造ならば俺の落ちてきた勢いを、少しは弱めてくれるはずだ。

 そう、考えている時間すら惜しい――!


「ぬんっ!!」


 俺は王城の四階――その窓の突起を。

 思い切り蹴飛ばして、空に飛び立った。

 当然、俺の背中に羽など生えていない。翼が生まれる気配もない。だから俺の体は、重力に従って落ちるだけだ。

 落ちるまでの間、蹴り飛ばした勢いで体を運び、王城の敷地から飛び出し。

 次第に、地面が近付く。

 自分の頭を全力で腕で囲んで防御し、体を丸めて衝撃を最低限に。

 そして――爆音。

 俺の背中に、みしみしと激しい痛み。


「ぎゃああああああ!?」


「爆発っ!? 何があった!?」


「人がっ!! 人が降ってきたっ!!」


 一瞬、遠くなりそうだった意識。

 だけれど、俺の目論見は成功してくれた。俺の到着した位置は、王城からすぐの距離にある民家――木造のそれだった。

 あー、痛てて。そう背中をさすって、俺は起き上がる。

 恐らく、民家の主であろう老人が、そんな俺を見て腰を抜かしていた。


「は、はわ……? ど、どうして……?」


「ああ、爺さん悪いな。まぁ、皆殺しにはしねぇと思うから」


「は……?」


「どけどけぇっ!!」


 爆発に、集まってきた民衆。

 その囲いを抜けて、俺は西門へと向けてひた走る。

 今の俺は、簡素な麻の服を着ているだけの男だ。そこにガーランド帝国の印はないし、ガーランドでも田舎育ちの俺は、それほどガーランド風の顔はしていない。だから俺のことを、王城に侵入したガーランド帝国の者だと思う人間はいないだろう。

 大通りであろう、人通りの多い道をひた走る。

 それは壁に近付くにつれ、次第に人通りをなくしてゆく。さすがに、現状の最前線である城の門扉に、一般人は近付けていないのだろう。道を閉鎖していた軍人が、思い切り邁進してきた俺に驚愕の表情を浮かべていた。


「な、なっ!? だ、誰か来るぞっ!!」


「こっ、ここは通行禁止だっ!!」


「知るかぁぁぁぁぁぁっ!!」


 通行禁止の看板を突き飛ばし、防いでいた兵を弾き飛ばし。

 俺はひたすらに西門へ向けて駆け。


「あ、あれはっ!!」


「ガーランドの死神だ!!」


「なんで街の中に!?」


「どけぇぇぇぇぇっ!!」


 俺は、思いきり大地を蹴って飛び上がり。

 壁一つ向こうに、ガーランドの精兵たちがいてくれることを祈って。


 扉を、蹴り飛ばして開けた。

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