アリオス王国との戦は、順調に終わりを迎えた。
王族は全面降伏を約束し、第一師団、第二師団がそれぞれ別のアリオス王国拠点へと派遣され、制圧ならびに治安維持を行う形で配備された。そして今回、最も活躍した第三師団は一旦、皇帝陛下へと報告をするために帰還するよう指示を受けた。
つまり、これで戦争は終わりということだ。
俺はこのままガーランド帝都へ戻り、今後の『切り込み隊』の未来をレインに託し、田舎に戻ってジュリアと静かに暮らす――そんな未来が待っている。
ふんふーん、と思わず鼻歌が漏れてしまう。
「しっかし、これで隊長が引退ですかい」
「引退するにゃ、若いですぜ。隊長」
「なぁに。これからは、田舎で静かに暮らしていくさ」
これから帝都へ向けて、俺たちは出発する。
そのための準備を行い、大体の荷物は纏まったところだ。まぁ荷物っていっても、朝まで騒いでた分を回収するくらいのものだが。
ちなみにレインとマリオンはさっさと寝てしまって、朝まで騒いでいたのは俺とナッシュ、グランドくらいのものだった。
「ふぁぁ……クッソ眠いんすけど」
「俺より先に寝といて何言ってんだよ、マリオン」
「朝まで騒いで、ちょっと寝て元気いっぱいな隊長がおかしいんすよ……」
「ナッシュもグランドも元気だぞ」
「ウワバミ連中と比べないで欲しいっす」
欠伸をしながら、荷物を背負うマリオン。
少し離れた位置で、隊員たちに指示を飛ばしているレインもまた、眠そうな様子だった。俺からすれば僅かな量しか飲んでいなかったように思えたが、レインからすれば多い酒量だったらしい。
「さぁ、それでは第三師団、帰還するぞ!」
「おぉっ!!」
マティルダ師団長の言葉に、全員が嬉しそうに拳を上げる。
無事、この戦いも戦死者はゼロで終わった。負傷者はいるけれど、今後に差し支えるような傷を負った者はいないらしい。
とはいえ、帰還も軍の中で順番があり、『切り込み隊』が帰還するのは最後だ。常にまず、安全な位置にいる部隊から帰還することになる。このあたりも、軍は実力主義だと言いながら、貴族に阿っているところだ。
「ギルフォード」
「……ん? どうかしましたか、師団長」
しかし、そんな帰還の軍――その先頭にいるはずの、マティルダ師団長が何故か、俺の近くまでやってきた。
「ええ……悪いけどギルフォード。今回の帰還、『切り込み隊』の一部は残しておいて欲しいの」
「……へ? どうしたんすか?」
「少し、東の方がきな臭いらしいわ。デュラン総将軍から、師団長の私と『切り込み隊』の一部……百名ほど、この地に残しておいて欲しいとのことよ」
「マジすか……」
東の方――アリオス王国の同盟国だった、メイルード王国だ。
国の規模としてはアリオス王国と同程度だが、兵の練度はメイルード王国の方が上だと言われている。アリオス王国が徴兵して装備を与えただけの民兵を採用しているのと異なり、こちらは職業軍人が大勢いるのだ。ガーランド帝国と同じように。
そして、東側――アリオス王族が逃げようとしたベルー港都は、南東部にある。そしてその南東部は、第二師団が派遣されているはずだ。
「メイルード王国が、この機を突いて攻めてくる可能性は高いわ。何せ我々は、アリオス王国を陥落させた。同盟国が落とされている以上、メイルード王国がこちらと戦争を起こす大義名分は十分だからね」
「む……」
「諜報からの報告では、メイルード王国はアリオス王国の危機に、敢えて動かなかったのではないか、とも言われているわ。ガーランド帝国とアリオス王国をまずぶつけておいて、アリオス王国が勝てば良し、ガーランド帝国が勝てば、疲弊した軍を攻めて漁夫の利を得る――確かに、ありえない可能性ではないでしょう?」
「……」
何を言っているかはさっぱり分からないが、とりあえず危険だということは分かった。
アリオス王国との戦争が終わったっていうのに、次はメイルード王国かよ。
やっと戦争が終わったから、俺帰れると思ったのに。
「まぁ実質、アリオス王国との戦は十日ほどで片付いたし、糧秣にもまだ余裕があるわ。だから、一部の兵だけを残して帰還させよ、って総将軍からの指示よ」
「……参考までに俺は」
「ギルフォードは残るべし。これも総将軍からの指示ね」
「……」
だろうと思った。
いつもいつも、総将軍は俺にばかり無理難題を吹っ掛けてくるんだから。
まぁ、俺も最後の戦争だ。アリオス王国との戦いは十日程度で終わったわけだし、もう少し奉公しろ、って言うなら仕方ない。
そのうち帰還させてもらえる日を待つとしよう。
「それで、『切り込み隊』は誰を残す?」
「……そうすね。ナッシュとグランド、それにマリオンのいる第一中隊だけでいいです。あいつらさえいれば、多分どうにかなると思うんで」
「レインちゃんはどうする?」
「……」
小さな副官の姿を、心に描く。
レインは決して、戦闘力に優れているわけではない。作戦立案、兵の指揮に長けた者だ。
この、僅かな兵を残して帰還するような状況で、彼女を置いておくわけにはいくまい。
「帰還させてやってください。ここからは、野郎だけで頑張りますんで」
「分かったわ。本人にそう伝えておく」
「ええ」
はぁ、と大きく溜息。
ようやく戦争が終わったと思ったのに、帰れないとか最悪だ。
「あ、そうだ。師団長」
「どうしたの?」
「その……手紙とか、出してもいいすか? その……妻に」
妻に。(キリッ)
やばい、俺かっこよくない?
「機密に関わることさえ書かないなら、大丈夫よ。一応、出す前に検閲は入るけど」
「愛の言葉をめちゃくちゃ並べても大丈夫ですか?」
「検閲は私が担当するわ。検閲官が倒れそうだから」
「了解です」
まぁ、とりあえず待機と言われているわけだし。
折角だから、ジュリアに手紙を書いてみることにしよう。
大丈夫だ、安心してくれジュリア。
少し遅れるかもしれないけど。
俺、この戦争が終わったらちゃんと帰るから。