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騎魔を求む少女 1

「あたしは、リン。リン・ノーウェル。エルトの街から来たわ」


「……僕は、ソラです」


 東の広場から僅かに離れた道を、ソラは少女――リンと並んで歩いていた。

 どうしてこうなった、と思わないでもない。こんなことなら、ケルピーを売った直後に帰れば良かった、と。

 何故か騎魔屋の店先でもめていたリンはソラに目をつけ、そのまま立ち去ろうとしたソラの後をついてきたのだ。


「あなた、魔物売りでしょ。だったら魔物を、あたしに売りなさい」


「僕は、カルロスさんの店と専属契約を結んでいるんですよ。だから、他の相手には売れないんです」


「いいじゃないの、それくらい。あいつが買い取るより、ちょっとくらい多めに出すわよ」


「そういう問題じゃないんですけどね……」


 はぁ、とソラは溜息を吐く。

 そして、いつの間にか連れのように隣を歩いているリンに対して、目を向けた。


「さっき、カルロスさんにも言われたでしょう。僕はただ、魔物を捕まえて売っているだけです。そこから調教する方法も知りませんし、従わせる方法も分かりません。それでもいいなら売りますけど、さっきも言ったように、その魔物があなたを襲うかもしれませんよ」


「だったらどうして、あなたのことは襲わないのよ」


「僕は、主従関係を構築して捕まえました。つまり今、あのケルピーの主人は僕なんです。だから襲われません。調教というのは、捕まえた魔物売りから他の人物に主人が替わっても、ちゃんと騎魔として従うようにする方法です。僕には、その方法が分かりません」


「むぅ……」


 ソラの魔物を捕獲する方法は、極めてシンプルだ。

 完全に身動きできない状況を構築し、沈静の香を使用している間に、どちらが上かを魔物に示す。魔物がそんな上下関係を受け入れ、ソラの言葉に従うようになるまで根比べを行うのだ。

 危険度の高い魔物の場合だと、それに応じて相手の自尊心も高い。そのため上下関係を受け入れるのに時間がかかり、数日かかることだって珍しくない。ケルピーは比較的、人間に従いやすい魔物であるため、一日もかからずに捕まえられただけだ。


「ですから、おとなしく騎魔屋から購入することをお勧めします。仮に僕があなたに騎魔を売ったとして、その騎魔があなたを食い殺すことがあったとしても、責任とれませんから」


「……」


「話が以上なら、僕は帰ります。ちなみに、一番安いバイコーンなら金貨四枚くらいで買えますよ」


「……」


 リンの足が止まる。

 ようやく解放されたか、とソラは安堵の溜息を吐いて、自宅へと戻る。ソラは魔物売りとして二年活動しており、他の冒険者と異なりハンに小さな家を購入しているのだ。宿屋を利用していると、アレス、ベルガが寛げないというのが大きな理由の一つである。

 しかし、リンはきっ、とソラを睨み付けるように見据えてきた。


「それでもいいわ! あたしは騎魔が欲しいの!」


「へ?」


「もしも、あたしが食い殺されても、何の文句も言わないわ! あたしの持ってる、金貨一枚と小金貨五枚で、騎魔を売って!」


「い、いや、それは……」


 断言するリンに、ソラはたじろぐ。

 さすがに自分が食い殺されてもいいとか、そんなこと言われても困る。ソラからすれば、そんなもの魔物を野に放つことと同じだ。リンが食べられるだけならばまだしも、もしもハンの街の中で暴れ始めた場合、無辜の人々にも被害が出るだろう。

 それを分かって調教していない騎魔を売るなど、ソラが街の人々を害するようなものだ。


「お願いしますっ!」


「い、いや……ちょ、あ、頭上げてくださいっ!」


 ついには膝をつき、思い切り頭を下げてくるリン。

 おい、なんだなんだ、と周りから注目され、視線が集まる。傍から見れば、男が女に土下座をさせているという図だ。さすがに、そんな状況が長引くのはソラとしても勘弁してほしかった。

 とにかく今は、この状況から脱却しなければ。


「分かりました! 分かりましたから、立ってください!」


「ほんと!?」


「どうにか、しますよ……」


 ぱぁっ、と笑顔になり立ち上がるリン。

 ソラはあくまで魔物売りであり、調教師ではない。ちゃんと人に慣れ、主人の言うことを聞く騎魔をリンに与える方法は、ソラには分からない。

 最悪、カルロスに頼み込んでバイコーンあたりを、物凄く値下げしてもらうことしかできないだろう。ソラが自分の懐から、その損失を補填する形で。


「とにかく、ここは人目がありますから。ついてきてください」


「じゃああたし、グリフィンがいいわ! グリフィンみたいな、空を飛べる騎魔! ペガサスでもいいわよ!」


「この期に及んで、種類まで指定するんですか」


 とんだ疫病神を拾った――そう絶望しながら、ソラはリンを連れて家路へと急いだ。












「どうぞ、座ってください」


「うん……ここ、あなたの家?」


「そうです」


 ハンの街の北にある、住宅街の一角。

 そこにある家が、ソラが自分の稼ぎで購入した自宅だ。二階建ての一階はリビング、二階は寝室というシンプルな構造であり、家族三人くらいで暮らすのが丁度いい大きさだろう。

 今、この家に住んでいるのはソラ、アレス、ベルガの三人だ。


「ベルガ、お茶を淹れて」


「……」


 ベルガは答えず、無言でキッチンへと向かう。

 そしてテーブルを挟んで対面しているソファへと、リンが腰掛けた。人の家だというのに、何の遠慮もなさそうに。


「あっちの鎧の人、お父様?」


「血は繋がっていないけど、家族みたいなものです」


「ふぅん。あなたも事情があるのね」


 中身は魔物です、とソラは答えずに腕を組む。

 とりあえず、彼女の事情を訊くことからはじめよう、と思ったのだ。それほど騎魔を求める理由は何なのか。


「それで、ええと……」


「あたしはリン・ノーウェルよ」


「さっきも聞きました……リンさんですね。姓があるということは、貴族の生まれですか?」


「うん。エルトの街の首長が、あたしのお父様よ」


「なるほど」


 一つの街を治める首長は、貴族がなるのが普通だ。

 恐らくいい家に生まれたのだと、そう思ってはいたのだが。


「それで、そんな貴族のお嬢さんが、どうして騎魔を求めるんですか?」


「ええ」


 リンは、そんなソラの問いに対して。

 さほど豊満でもない胸を張って、堂々と答えた。


「あたし、家出してきたの」


「……は?」

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