気づいたら病院にいた。
自分の身を包んでいる貫頭衣。腕につながれた点滴。
静まり返った病室。窓から差し込む月明かり。
「ようやっと起きた?」
声のした方を向けばバイト先のオーナーの娘さん。
彼女の顔を見て数瞬。
「ヤバ!仕事どうなりましたか!?」
「落ち着いて、金沢君。
仕事は残った人でやっつけたから」
仕事は終わってしまったらしい。
本日の給料は恐らくカウントされないだろう。
頭の中のソロバンを弾いて思わず溜息。
無理している自覚はあった。
それでも少しでも多く稼ぐ為に頑張ったが倒れてしまったので収入無し。それどころか治療費でマイナスだ。
思わずため息が出ると彼女もため息。
「金沢君、無理しすぎ。
夢があるからって無理しても続かないよ」
「…そうっすね。
ちょっとだけバイトの頻度減らして休憩の時間に当てます」
「金沢君。君、いつも何時間働いているの?」
「大体……20時間くらいですね。
実労働は19時間くらいですけど」
「18!?バカじゃないの」
「いや、大丈夫っすよ。
残業ない仕事ですし一つは風呂屋の番頭なんで座ったままで半分寝てても稼げますから」
「馬鹿!!
アンタの夢にどのくらいお金がかかるのか知らないけどそんな無理な方法で稼いでたら死ぬわよ」
「死ぬのは勘弁ですけどこれはしゃあないんです。
おふくろの借金を返す為ですから。
それに後2月もすれば完全完済できるんで待ってらんないんですよ」
「…それならそこからは仕事の時間を減らして普通に生活できるんだよね」
「え、何言ってるんですか?
いつも言ってるじゃないっすか。
俺は自分の店を持つって」
「…狂ってる。
あんた、そんな働き方辞めた方が良いって」
怯えるような娘さんの目。
その瞳が自分の心にグッと突き刺さった。
たぶん彼女は本気で俺の事を気遣ってくれているのだろう。
だが、それではダメだ。
ダメだ。
これを言えば彼女に嫌われる事間違いないだろう。
だが、とても有効で現実的な一言。
「じゃああんたが俺の生活を保障してくれるんですか?
それなら今の働き方辞めますけどそうじゃないならあんたに俺の生活を邪魔する権利ないっすよね」
彼女は目を見開いて俺を見ていた。
これで良い。
後二月はオーナーの店で働かせてもらわないといけないがこれで彼女は手を引いてくれるだろう。
「と、いう訳で俺の働き方にあんま口出さないでもらわないで良いすか?」
「分かった。
ならあんたの時給上げるように父さんに掛け合ってみるから少し休みなさい」
「…ハァ?」
…なんか別方面のアプローチが飛んできた。
「金沢君が本気なのは私も父さんも良く分かってるし、夢を見ているだけじゃなくて計画があって理論値を本気で突き進んでいるのは知っている。
父さんは経営者だから私情で勝手に給料は上げないけど私が交渉すれば二、三時間あなたの睡眠時間を作ってあげるわ」
「…怖!?」
唯より怖い物はない。
明らかヤバそうな取引に心の底から恐怖を感じた。
彼女は軽く手を組んで前のめりになりながら言う。
「あのね、私も経営者を目指しているの。
貴方から見たら大分温く働いている様に見えるかもしれないけどこれは本気。
だからこそ後数カ月の毎日の3時間、大学の時間を削ってあなたの為に私が働くのは本気よ」
「何が目的っすか」
「人材集めよ。
あなたみたいに本気で働ける人を仲間に加えたい。
私の提案を飲めばあなたは無理しなくて済むし私はあなたに恩が売れる。
winwinでしょ」
ニコリと笑う彼女。
素晴らしい提案---と思いきや罠に気づいて気を引き締めた。
「安く見られたものっすね。
確かにその提案魅力的っすけどそれ何の利益も無いじゃないっすか」
「あら、かなり譲歩していると思うのだけれど」
「いえ、その提案俺の労働時間が休息時間に変わっているだけで『利益』出てないっすよね。
プラスマイナスで見たら確かにプラスですけどその3時間使って他の仕事したらあんた怒るでしょ」
「それは当然ね」
「あんたに大きな恩を売っている割に思ったより利益が出ていない。
もうちょっとどうにかならないですか?」
彼女はポカンとしてから嬉しそうに小さく笑って組んでいた手を解き口元を隠す。
「貴方ホントに最高!
確かにそうね。
ならこうしましょう。
私があなたの彼女になってあげる。
さっき言った条件に加えて手料理を二カ月間作ってあげるのと同時に借金を返済し終えたらお父さんから学んでいる経営の知識を一緒に勉強していきましょう」
彼女は笑いながら言うが目の奥底が笑っていない。
絶対俺をものにするという捕食者のような目。
―――だがこれ以上の好待遇は無いし『先生』が消えたことによって抜けていた『経営』の為のテクニックも手に入れる事が出来る。
考える。
欲しい物はある。
相手のメリットも分かる。
そして俺から渡せるメリットも見えた―――が
「1点いいすか?」
「何?」
「コレ単純な話なんすけど俺と付き合って楽しいっすか?
恐らく俺遊ばずずっと仕事してるっすよ」
「楽しくなかったらその時は捨てるわ。
でも今まであった中であなた以上に真剣な人もいなかった。
恋愛面で面白くなくてもあなたと一緒にいて得られるものはきっとあるって確信してる」
「…さいですか」
そこまで言われてしまえば断る理由も無い。
恋人らしくなかったらその時だ。
「それじゃあよろしくお願いします、宮前さん」
「雄太君、彼女を名前呼びする気?」
…
……
オーナーの娘さんって名前なんだっけ!?