ここは魔物が闊歩し、魔王が闇を統べる国。
クレイドはそこで生きるアンダーテイカー(葬送士)だ。
今日もいつもと変わりなく依頼された死体から魂を抜き出し、永遠の眠りを与える。
……小声で文句を言いながら。
「まったくこんなつまらない仕事を寄越すなんてどれだけ人手不足なんだ。私である必要はないだろう」
死者を埋葬するのが、この男ーーークレイドの仕事だが、彼が行うのはただの葬儀ではない。
彼が本来埋葬するのは『運命』だ。
「最近まるで本領発揮出来てない。この調子だと普通のアンダーテイカーとして一生を終えそうなんだが」
深く掘った穴に亡骸を納めたクレイドは、両手を合わせて目を閉じた。
「これより、黄昏の帳にて終辞を捧ぐ」
その言葉を合図に、掘り返した土がふわりと宙に浮く。
「名を持ちし者よ、魂を風に、骨を土に。大地と闇は役目を終えた者を受け入れる」
ドサドサと音をたて、棺の上に土の塊が降り注ぐ。それは詠唱が終わると同時に、目の前にこんもりとした墓を作った。
「よし、任務完了」
クレイドは大きなシャベルを持って巨大な墓地のはずれにある家に戻った。
子供の頃から暮らしているこの家は、見た目は古いが中は綺麗に整えられており、余計なものは何もない。
だが、そのシンプルさがクレイドの気に入りで、父が亡くなった今もこの場所で一人暮らしている。
整然と並んだ僅かな食器と畳まれた服の類い、それに棚にきちんと詰め込まれた大量の本。部屋の中にあるのはたったそれだけだ。
「今夜も湯を浴びて寝るとするか」
クレイドは黒いマントを脱いできちんとフックに掛ける。そして部屋の端に設られている大きな桶の水を魔法でお湯に変えた。
「そろそろ熱い風呂が気持ちいい時期になって来たな」
独り言を言いながらクレイドは桶に身を沈める。体を綺麗にするだけなら魔法で事足りるが、以前旅をしていた時に寄った街で「オンセン」という名の湯に浸かってからすっかりこれがお気に入りになっていた。
「……誰か来たな」
今、浸かったところだったのに無粋な奴だ。
クレイドは眉間に皺を寄せて桶から立ち上がる。そして一瞬で体を乾かして真っ黒なマントを羽織った。
ドンドン!!
「……何事だ。それにしてもそんなに乱暴に叩いたらドアが……」
バキ!!
「ああ」
やられた。
絶対に弁償させよう。
「助けて!!」
壊れた板の隙間から若い男の顔が見える。
「待て」
クレイドが(半壊の)ドアを開けると若い男は荒い息を吐きながら背負っていた死体をドサリと床に置いた。
……その死体からは立派なツノが二本生えている。
「おい、魔物を持ち込むな。私は人間しか見送らない……いやただの魔物じゃない。まさか魔王?」
「魔王じゃない!この人は勇者だ!」
「勇者?ツノが生えてるが?」
「元勇者なんだ!それが……魔王になってしまった」
ああ、そう言うことか。
こいつも被害者なんだな。
哀れに思い、転がっている男を見ると、彼は大きな目を見開いてクレイドを見つめ返していた。
それは魔王らしく真っ赤に輝いている。
「……びっくりした。まだ生きてるのか」
だがこの傷だと恐らく時間の問題だろう。いかに魔王とて致命傷を負えば死ぬのだ。