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第3話普賢菩薩の悩み事

一連の事件に決着がつこうとしていたその夜。

溜まったいた疲れを取ろうと、20時を過ぎた途端、3人は一斉に寝る用意をし始める。早々と眠りに就き、明日は何事もなかったかのような清々しい朝を迎えたい・・・

そう考えた3人ー縹宝、枡河虹介、そして普賢菩薩は、畳に敷かれた3枚の布団から、各々好きな場所を選んで眠る事にした。

それはきっと、他の仲間も同じ思いのはずである。

それだけ、今日1日は誰も体験出来ない程の量を、全員で助け合いながら乗り越えたのだから・・・

さて、虹介は入り口の近くに、普賢は1番奥へ、そして宝は2人に挟まれる形で寝場所を陣取る。

暫くの間、3人は日中の出来事を思い返し、興奮して寝付けなかったが、いつしか話題もついたらしく・・・

いつしか宝達は、静かな寝息を立てて眠ってしまったようだった。

真夜中ー時間にして2時近くだろうか?

奥で寝ているはずの普賢が、徐ろに瞼を開く。

まだ寝惚けている感覚が、彼の体を支配しているようで、普賢は頭の片隅で何故自分が彼等と一緒になって眠っていた理由を、ゆっくりと考え始めた。

やがて、1つの答えに辿り着く。

(あっ、そうか・・・望ちゃんがここにいていいって言ってくれたからだ)

“大切な事を忘れてた”と、小声で呟いた彼は、天上から隣でぐっすりと眠っている宝へと視線を移した。

「望ちゃん・・・起きてる?」

普賢は宝が狸寝入りしていることを期待しながら、甘えた声で読んでみる。

しかし、案の定答えはなかった。

「・・・望ちゃん、あのね?」

そう言って、モゾモゾと音を立てて、布団から這い出た普賢は、宝の顔が見えるように、正座をしたまま両手を畳に押しつけ、前屈みになる。

話しかけようとしたが、彼の愛しい顔が目の奥に映し出された途端、思わず口籠もってしまった。

「僕、話さなくちゃいけない事があるんだ」

暫くの沈黙の後、ようやく彼は声を絞り出し出す。

そして、再び心の奥から湧き上がる衝動が、彼の決意を鈍らせた。

(何かを決めて遂行する事は、こんなにも苦しいものなのか・・・)

“いつもは物事を簡単に決められる僕なのに”

(3千年ーアノトキーの事も・・・君の為なら、すんなり決められた)

“君を生かす為なら、僕の命など犠牲してもいいって思って、死を選んだのに・・・”

しかし、それは大きな間違いだと気づいたのは、彼が菩薩として活動し始めた頃。

普賢は毎日修行を兼ねて、迷える人々を救ってきた。その中で、かつて自分と同じ行動をした者や、生き残ったその家族・友人の悲痛な叫びを聞くうちに、ふと我に返る。

やっと・・・自分が宝に対して、やってはいけなかったことに気づいた。

「ううん、これは望ちゃんにも気づけなかった策略だね」

(嬉しい誤算ってこういう事をいうのかな?)

普賢は辛い気持ちを胸から吐き出すように、

思いを言葉に乗せる。

それでもまだ動揺が治まらず、浅く早い呼吸を繰り返した。

ややあって、呼吸が落ち着いた頃。

「僕・・・お釈迦様を含む如来様達全員に、大きな仕事を託されたんだ。

それはそれで凄い事なんだけど・・・」

普賢は再び言葉を呑み込み、宝の顔を見つめる。

彼は相変わらず静かに寝ていた。

寝返りも打たない程、熟睡しているらしい。

ホッと胸を撫で下ろし、普賢はいつもよりも真面目な顔付きになる。

そして、大きく深呼吸をしてゆっくりと口を開いた。

「その人は自分の願いを叶える為に、昇ってはいけない神界へ行ってしまった人間でね。

実は僕、その人を近くで見ているんだ。

それで、この重大な任務を託されたんだよ」

普賢はそう言って、自嘲気味に笑う。

「彼も彼なりに罰を自ら望むように受けていて、それに乗じて更に罰を与えるのはどうかと、僕自身はそう思うんだけど・・・」

“どうやら如来様達の考えはまるっきり違うらしい”と今彼が持っている情報を、分かり易く説明した。

詳しくはまだ時期尚早と言って教えてくれないけど、何故かジョカ様もこの任務に協力してくれる事になっている」

“そう言い切って“ふぅ・・・”と、息を吐き出した普賢は、もう後戻りは出来ないと悟ったようで・・・

“ぐいっ”と、身を乗り出して、宝の顔に近づいた彼は

「僕は、望ちゃんの1番大切な人を奪いに行く!」

と、決意新たにそう言い切った。

「やっと、言えた・・・」

普賢は、今にも消えそうな声で呟き、音を立てずに立ち上がる。

「望ちゃん、僕を封神計画に参加させてくれて有難う」

“とても楽しかった”と、笑顔で言った普賢は、知らぬ間に零れ落ちた涙を、手の甲で拭い

「もう、次の仕事へ行かなきゃいけないから、ここで別れるね」

と、言葉を付け足す。

そして、思い出したかのように

「僕を菩薩に任命してくれて有難う」

と、嬉しそうに告げて、そっと姿を消した。

「わしにとって大切な者を奪うだと?」

“一体それは誰の事だ?”

いつから目が覚めていたのだろうか?

宝はもういない普賢に向けて、届かない疑問を投げかけた。


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