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第9話:怖かったですか?

 某日20時30分頃


ピンポーン


 インターホンの音が部屋に鳴り響いた。誰かが来る予定はなく、宅配を頼んだ覚えもない。


ドンドンドンドンドンドンドンドンドン


 突然、殴るように玄関の扉が叩かれた。


ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン

ドンドンドンドンドンドンドンドンドン

『いますかー!? いますかー!?』


 鳴り響く音に混じって男性の声も聞こえた。


「これはただ事ではない」と私は思った。


 近所の人がクレームを言いに来たのかもしれない。しかしこの時、私は大きな音を出していたわけではなかった。


 怒鳴られる可能性も考えながら、ドアスコープに目を近づける。外に20〜30代くらいのマスクをした男性が立っていた。


 私は恐る恐る扉を開けた。男性は予想に反して、マスク越しにでもわかるほどの笑顔を作っている。


『ガスと水道の検針票を一緒にできるんですけど、しませんか?』


 なんだ、ただの訪問営業か。しかもわざわざ夜にやってきて、扉を激しく叩いてまで伝える要件ではない。


 少し腹が立ってきたが、揉め事を起こすのも面倒なので遠回しに断った。


『いま検針票ってありますか? 持ってきてくれませんか?』


 営業の男性は引かない。すぐに用意できないと伝えても、


『何時間でも待つんで大丈夫です。』


 と笑顔で答える。そういう問題ではなく、こちらは早く帰ってもらいたいのだ。


 時間も遅いし、とりあえず別日にしてもらえないかと提案すると、男性は、


『では、いつがいいですか? 決めておかないと、ボク県外から来てるんで、無駄足になっちゃうんですよね』


 と言って次のアポイントを取ろうとする。数分ほど話してわかったのは、この男性はお客さんの事情を一切考慮していないということ。行動・発言全てが自分主体なのだ。


 この手のタイプの人と絡み続けるのは、振り回されるばかりでしんどい。はっきり断らなければならないと思い、私は検針票を一緒にしないと何か問題が起きるのか聞いた。男性は、


『しなくても大丈夫なんですけど、地球温暖化の防止に貢献できるので……』


 と答えた。


 何を言っても無駄だと思い「うちは結構です」とハッキリ断った。


 私は過去に営業をやっていた経験があり、営業マンの気持ちはよくわかる。ハッキリ断られるのは精神的につらい。だから訪問営業が来た時は出来るだけ傷つけないよう断ることにしているのだが、今回は例外だった。


 男性は納得してくれた様子。20分におよぶ玄関先での攻防が終わろうとしていた。安堵した私だったが、男性はトドメを刺すように笑顔で一言放った。


『お客さんいい人そうなんで聞きたいんですけどボクの営業怖かったですか?』


 自覚していた。彼の営業スタイルはお客さんを恐怖させるものだと自覚していたのだ。


 私はどう答えるべきか迷った。正直に「怖かった」と伝えたら、彼はどんな行動をとるだろう。自分主体で動いている人だから、何をしでかすかわからない。


『怖かったですかそうですか……ならこれも怖いのかなぁっ!?』


 と言いながらスレッジハンマーで頭を殴ってくるかもしれない。いろんな考えが脳内を駆け巡ったが、私は「怖くなかった」と答えた。


『いやいや正直に答えてください怖かったですか怖かったですよね今後のボクのためなんで怖かったですよね』


 怖すぎる。今までいろんな訪問営業とやり合ってきたが、過去イチの恐ろしさだ。


 それでも「怖くなかった」と答えると、男性は満足したのかようやく帰っていった。帰り際もマスクの下の笑顔は全く崩れていなかった。

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